あのね、それから
新吉
第1話
彼女は離していた。
荷物をまとめていた。
手放すもの、手放さないもの。
捨てるもの、持っていくもの。
いつものように部屋をのぞく。
それに気づいた彼女が窓を開ける。
「花さ、ないなあって思ったでしょ?」
「あれ根っこやられちゃったんだよね」
「そうそう、引っ越すの」
「見放すのかって?まあそうだね」
彼女は話さない。
話してくれている気もするんだけれど。いつも誰にも話さないことを、話せないことを彼女には打ち明けられる。なんだかのんびりとした姿に目が離せない。なんだか慰めるような声が耳から離れない。
「しつこいなあ、もう」
彼女は離さない。いつもうつむいて四角い何かに一喜一憂する。まあいいけど、今度はいったいどんな男に引っかかったの?その四角いのは離さないの?嫌なものじゃないの?放り投げてしまわないの?
「これ?これはねえ、そうだね。離さない」
彼女は話さない。狙ってきたから慌てて抱える。これはだいじなものなのよ。充電したままだと狙われてしまう。彼女が動いた拍子に鈴が鳴る。私がつけたのではない鈴。そこから私は勝手にその猫をりんちゃんと名付けた。私がつけた名前。嫌な顔したからね、この人とはお別れするのよ、新しい人を見つけたからね。その人からの連絡がわからないと困るの。
「にゃー」
彼女は離せない。四角いのは彼女が持っていってしまった、ぶらーんとゆれるあの紐が悪いのよ。まあいいわ。次はどんなヒトがここに来るのか。ヒトのいない部屋なんて花のない花壇みたいにがらんどうだから。からかいがいがないのよね。
またね
彼女は話せない。
だけどまたね、と言われたみたいで少し嬉しくなった。こんな変人に付き合って返事してくれてありがとうね。またねりんちゃん、もうここに戻ってくることはないけど。
離せないものなんてない
そんなことない
話せないものはある
そんなことはない
その時の気分で変わるから
重いを離さないまま
想いを話さないまま
沈まずに落ち込みすぎず
軽やかに猫のように
てきとうに相づちを打ってもいい
ちりりん
あのね、それから 新吉 @bottiti
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