君の仮装に乾杯(結)
「えっ、一緒に住んでるんですか!?」
目の前に並ぶ、イタいオカッパ眼鏡とキモい太っちょ坊っちゃんカットという二人の先輩に向けて、僕は驚きの声を放った。
「うむ、聞けば生家も取り壊され日本に流れ着いたものの、ずっと浮浪者同然の生活をしていたそうでな。身分証も持たなければ所持品もあの衣服のみという、非常に不憫な境遇で苦労していたようでござる」
優雅に紅茶を啜りながら、オカッパ眼鏡の
「板垣殿のご実家は、数多くの物件を所有しておるからな。この家もずっと持て余しておったらしく、我らが趣味に使う場として譲り受けたのでござる。部屋もたくさん空いているし、それならここに住んでいただこうということになったのでござる」
お茶菓子を摘みながら、太っちょ坊っちゃんカットの
ひょええ……趣味でこんな立派な家を自由に使わせてもらえるって、すごすぎるよ。友達といっても、格差を感じるなぁ。
例の男は、コスプレの準備に使った板垣さんの別宅にて掃除係兼管理人として雇われることになったそうだ。一応、彼は吸血鬼だから近付くのは危険だと訴えたものの、二人は僕がまだ厨二病を拗らせているのだと勘違いしていて、全く聞き入れてくれなかった。
一緒に暮らして、彼に変なところがあるとわかっても、だよ?
日中は全く活動できない点については、
「日光アレルギーなのであろう。ならば夜型になるのは仕方ないでござる」
と、全く気にしていないようだ。
また血の滴る生肉やトマトジュースくらいしか口にできない点についても、
「好き嫌いが激しいようだが、本人も頑張っているでござる。最近は焼いた肉を食べられるようになったし、ニンジンジュースも飲めるようになったでござる」
と、これまた好意的な解釈をしている。
「皆さぁん、お茶のお代わりはいかがでござりまするか〜?」
噂をすれば何とやら、吸血鬼男――ドラコ・ヴラディスラウスさんが現れた。
今はまだ日が差している時間帯なので、マスクにサングラスに帽子に手袋と、完全防備である。はっきり言って、不審者にしか見えない。
「ドラコ殿、お茶の淹れ方がかなり上達したでござるなー」
「手作りのお菓子も、様になってきたでござる。ドラコ殿は何でも飲み込みが早いでござる」
二人に褒められ、ドラコさんは軽く俯いて頭を掻いた。見えないけど、多分照れているんだろう。
彼からはもう、女性達の気配も声も消え失せていた。どうやら皆、心を入れ替えた彼に満足して無事に昇天してくれたみたいだ。
「あ、あの
僕が出されたものにほとんど手を付けていないことに気付き、ドラコさんが慌てて駆け寄ってくる。
「い、いえ、そんなことは」
「気に入らない点があれば何なりと仰ってくださりませでござる! すぐ新たに作り直しますでござりまするゆえ! そ、それにしても今日もイケメンでござりますな!? 漲るお魚感がピチピチフレッシュで眩しいでござるです!!」
ドラコさんが必死に媚びを売ってくるのは、僕に手出しするとどうなるかを存分に思い知ったせいだ。
「…………あれぇ、その人ぉ、だぁぁれぇぇぇ?」
「ぎえっ!?」
最も遭遇したくなかったであろう人の声に、ドラコさんは飛び上がった。
「おお、
「うん、リョウくんのアパートの監視カメラ、高性能なやつと取り替えて隠しカメラも増やして来たから。で、お前、誰なのぉ……? サングラスとマスクなんかで顔隠してるのはぁ、リョウくんに色目使ってるのをぉ、あたしに知られないようにするためかなぁ……?」
ドラコさんの肩をがっしり掴み、ハルカが背後から耳元に囁く。
同時刻に講義が終わったのに、先に行っていてと僕に告げて一時間ほど遅れてきた理由はそれだったのか。そっかぁ、部屋の監視カメラ、また増やされたんだ……こんなの、誰も相手しないっていうのに。
「その方は、ドラコさんでござる。芳埜殿も覚えておるだろう? 先週、ハロウィンのコスプレ大会で飛び入り参加してくれた」
「左様。我らと同じ、
板垣さんと君枝さんの説明が終わる前に、ハルカはドラコさんの顔からサングラスとマスクを取り払っていた。
「ああ、こいつなぁ……見覚えあるような気がするわぁ……。で、何ぃ? リョウくんに近付きたいがあまり、イタキモに取り入ったのかぁ……?」
ダメだ、早くも闇化していらっしゃる!
闇に堕ちしハルカの再来に怯え、ドラコさんは白い顔をブンブンと横に振った。
「めめめ滅相もございませんでござる! 芳埜殿に楯突こうなど、これっぽっちも思ってませんでござりまする!」
「ふぅぅぅん……? じゃあ何で顔を隠してたのぉ……? やましいことがあるからじゃないのぉぉぉ……?」
「ちちち違うでござる! 拙者、日光が苦手なのでござる! そ、そうだ、この際ですからご覧に入れますでござる!!」
するとドラコさんは何と、西日が差し込む窓際に自らダイブして――。
「ぬえええええええ!!」
そして、雄叫びと共に灰になってしまった。
さらさらと降り落ちる灰を眺めながら、ハルカは一つ溜息を落とした。
「ああ、日光アレルギーってやつだったんだ。疑ってごめんね。そうだ、今度オススメのUVカットグッズプレゼントするよ。ジェルタイプとミルクタイプ、どっちが好み?」
今度も好みも何も、死んじゃいましたよ……。
しかしそっと立ち上がった板垣さんと君枝さんが窓の両サイドから遮光カーテンを閉めると、とんでもないことが起こった。
「……いえいえ、ご理解いただけて何よりでござりまする! やっぱりミルクタイプでござるかな? ジェルタイプは軽くて落ちやすいせいで、斑に灰になったことがあるのでござりまするよー!」
灰からあっという間に元の姿に戻ったドラコさんは、そう言って屈託なく笑った。
いやいや……これ、どう見ても日光アレルギーとは違うでしょ……。しかも灰になってもすぐ元通りって、普通におかしいでしょ……。
なのにそう思っているのは、悲しいことにこの場では僕だけらしい。ドラコさんの奇妙な生態も、三人は全く気にならないみたいだ。『セイント・イービル・サイト』と厨二病極まりないネーミングを施された、僕の霊感体質と同じく。
満場一致で、僕達は例のコスプレ大会で優勝を果たした。他の人達より大幅にアピールタイムが長かったけれど、参加者も誰一人として文句を言わず、むしろ『コスプレとマジックの融合なんてすごいものを見せてくれてありがとう!』と盛大に勘違いされたまま、盛大に感謝された。
今日は、皆揃っての優勝祝い。
念願の優勝商品、温泉旅行ペアチケット二組を前に、大いに盛り上がった。
ドラコさんは留守番すると申し出たけれど、板垣さんと君枝さんはそれを許さず、彼の分は二人が自腹を切って払って三人で行くんだって。
そして、僕はハルカと二人で…………ムフフフフフ。
いろんなことが起こったけれど、初のコスプレはとても楽しかった。おかげでキュンプリにも興味が出てきたので、ハルカと二人でDVDを一から観ている。まだ途中だけど、親友の二人があれだけハマるのも無理はないなっていうくらい面白い。食わず嫌いは良くないよね。
愛は、絆を結ぶ。
自称数百年生きているというドラコさんは、孤独の中を救われた。板垣さんと君枝さんには、想いを語らえる仲間が増えた。僕はハルカの外見以上に中身の可愛さに惚れたんだと改めて噛み締め、ハルカはハロウィンのコスプレ用に手掛けた特殊メイクに目覚めたらしく、将来はそっちの道に行くのもいいかな、と考え始めているようだ。
皆さん、今年のハロウィンはどう過ごされますか?
機会があるなら、一日だけ普段と違う自分になってみてどうでしょう? いつもと違う自分になるって、すごく新鮮で意外とハマりますよ。
それに好みのコスプレをすることで、素敵な同志との出会いも期待できます。
ただし、それが人間であるという保証はありません。
けれど相手が何であれ、できたら優しく接してあげてほしいです。同じキャラや作品を愛するオタクには、性別も国境も種族も関係ないんですから。
たとえハロウィンにうっかり紛れ込んだ人外であっても、手を取り合い萌えを語ってみると、実は良い仲間になれるかもしれません。
【君の仮装に乾杯】了
霊感体質な僕と束縛気質な彼女 節トキ @10ki-33o
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