君の仮装に乾杯(十一)
「す、すまなかった……本当に、すまなかった。日本に来て
男が懺悔を始めると、ハルカは渋々といった感じで技を解除した。
すると
「良いのでござる。これからも、我らを罵ってくれても構わぬ。だが共にはあと嬢を愛することだけは、許してくれまいか?」
「お嫌でなければ、貴殿の理想のはあと像も聞かせていただきたいでござる。そして、彼女と出会った経緯なども。わかり合えずとも、語り合えることはたくさんあるはずでござる」
二人に抱き起こされながら、男は呆然と問うた。
「斯様な目に遭わせてしまったというのに、拙者を許してくれるのでござるか? 拙者を、同志と受け止めてくださるのでござるか……?」
板垣さんと君枝さんは、揃ってイタキモく笑い、男の手をそれぞれ握り締めた。
「当たり前でござる! これからもよろしくでござる!」
「そうとも! 今日この時より、貴殿は我らの友でござる!」
ウホホーーーイ!!
二人が男を新たな仲間と認定した瞬間、けたたましい歓声が轟いた。
そしてハルカに投げ寄越されるは――――彼らの愛の証である、ゴリウンチ。
事件が解決すると、彼らは必ずこの行動を取る。ちなみにゴリラにとってウンチの投擲は、求愛を示すのだそうな。
しかしウンチはハルカの身に触れるか触れないかのところで霧散し、輝きながら空へと昇っていく。
これは、実らなかった恋の悲しい煌めき。
そう、百を超えるゴリラ達はハルカを心から愛しているのだ――――前世で美しきメスゴリラだった頃から人間に生まれ変わった今も尚、守護霊として彼女を守り続けるほどに。
僕は、彼らにハルカを託された。彼女を生涯愛し、必ず幸せにしてくれと。
何故なら僕は、メスゴリラだった彼女が種を超えて愛した者の生まれ変わりだそうだから。
でも、本当はそんなの関係ない。前世の僕がどうだったかは知らないけれど、今の僕はハルカを心から大切に思っている。たとえ彼らに反対されたとしても、この気持ちだけは変わらない。
特殊メイクを施して360度どこから眺めても完璧ゴリラなハルカだって、可愛く見えるくらいだもん。
そのゴリハルカは、三人の友情の誕生に女の子座りして感涙している。こういう時は傍に寄り添って肩を抱けば惚れ直してもらえそうだけど……そうとわかっていても、今だけはそれができなかった。
というのも。
「ひいい! 何じゃこりゃ!? くっさー! ぎゃあ、目に入っ……口にもおおおおお! おげえええええ!!」
吸血鬼男が、激しく泣き喚く。しかしハルカに散々痛めつけられたせいで足腰が立たないらしく、逃げることすらできない。
おまけに――――ドレスを纏った半透明の女性達が姿を現し、落ちたウンチを拾って男に擦り付け始めたから地獄も地獄、阿鼻叫喚ウンチ地獄だ。
『あたくしだけって言ったくせに、この嘘つき!』
『同時進行で他の女の血も吸ってたなんて、最低よ!』
『結婚してくれるという言葉を信じて、お金を貸した私がバカだったわ!』
『貧乏だっていうから家まで建ててやったのに、ギャンブルで破産して潰すなんて……死んでも許さないわよ!?』
――――どうやら彼女達は、悲鳴を上げていたわけじゃなかったらしい。あれは夥しい怨嗟の声だったようだ。
そっか……この吸血鬼男は、女性達を殺してはいなかったのか。代わりにとんでもないダメ男で、凄まじい恨みを買っていたみたいけど。
でもこのウンチ攻撃に懲りて彼が心を入れ替えてくれれば、きっと女性達も満足して天に昇ることができるだろう。
「ごめんなさいごめんなさい、ごべんだざい! お願いだからもうやめて! もう二度と浪費も女遊びもギャンブルもしないからあああ! ウンチ、臭いのーー! ウンチ、やなのーー!!」
「ど、どうしたでござる?」
「ウンチなど、どこにも見当たらぬが?」
怒涛のゴリウンチ攻撃に泣いて詫び倒す男とは違い、板垣さんと君枝さんは不思議そうに首を傾げるばかりだ。
見れば彼らも、ウンチを綺麗に弾いている。オバケに嫌われる体質のせいか、ウンチにまで嫌われてるのか……僕としては後者に賭けたいけど、多分ゴリラが見えないせいじゃないかと思う。
そうなんだよね……あのゴリウンチ、ハルカには当たらないけどオバケゴリラが見える人にはベシベシ当たるみたいなんだ。
僕も何度か食らったけど、くっさいわきったないわ、洗っても洗ってもなかなか臭いが取れないわで地獄だったよ。自分にしか臭いは察知できないといっても、丸一日ウンコ臭が漂い続けるって地味に辛かったなぁ。
しかも今日のゴリラ達、ウンチ投げタイムがやたら長い。ハルカが前世の姿に戻ったみたいで、すごく嬉しかったんだろう。顔を真っ赤にして、無理矢理排出してる奴もいたし。
あんまり無茶して、お尻が痛くなっても知らないよ?
「ええと、ここで終わり、でいいの、かな……で候?」
ウンチ投げパーティーが終わり、吸血鬼男が今度こそ失神したのを確認すると、司会役のせいらコス女子が恐る恐る板垣さんと君枝さんに話しかけた。
「お、終わりでござる……えらく時間をオーバーして、申し訳ない」
「ちょっと調子に乗って、やりすぎたでござる……その、締めに例の合言葉だけ、言わせてもらえぬか?」
僕がどうでもいいことに感心している間に、二人は男の両脇を抱えて立ち上がり、ステージから遠巻きになっていた観客達に懇願した。
途端にわっと人々がステージに押し寄せてくる。オーケーの合図だ。
不意にモサッとした感触が手に触れ、僕は飛び上がりかけた。見ると、ゴリハルカが僕の手を握っている。
「ね、リョウくん……このコスプレ、どうかな?」
直球で尋ねられ、僕は言葉に詰まった。
申し訳ないけど、正直に言うとメイドさんとか魔女っ子とかゴシックロリィタとか、そういう女の子らしい仮装に期待していたから。
「リョウくん、『ゴリラが大好き』って言ってたでしょ? だから、あたしなりに頑張ってみたの。リョウくんって、あんまり自分の好きなものを言わないから……それを聞いて、ハロウィンは必ずリョウくん好みのカッコイイゴリラをやろうと思ってたの」
そういえば、そんなことをポロリと零した気がする。
確か、お盆の時だったか。
僕が漏らした些細な一言を、ハルカはしっかりと覚えててくれた。そして、こんなにも大事に胸に刻んでおいてくれた。僕に喜んでもらいたい、その一心で。
込み上げる愛しさに堪らなくなって、僕はぎゅっとハルカの手を握り返した。
「あ、ありがとう、ハルカ。すごく、気に入ったよ。僕が大好きなゴリラは、強くて優しくて賢くて最高にカッコイイけど……ハルカの仮装はそれにプラスして可愛いまで兼ね備えてて、理想の上を突き抜けたよ。こんな素敵なコスプレ見るの、初めてだ」
噛まずに賞賛できた安心感に浸る僕に、小さなか細い声が良かった、と一言だけ返してきた。
チラッと視線を向けてみると、逞しいゴリラな横顔には恥ずかしそうな乙女の表情が滲んでいる。
ああ、姿がゴリラでも人間でも関係ない!
ハルカは世界で一番可愛い、最高の彼女だ!!
「ではキュンプリ名物のあの台詞、いくでござる!」
「皆様も我らと是非ご一緒に、お願いするでござる!」
二人の掛け声に、大勢の観客が了承の歓声を上げた。
「『キラメキ
キュンプリの熱い決め台詞を、この場にいた全員で声の限りに叫び――――こうして、僕達のコスプレイベントは終了した。
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