君の仮装に乾杯(十)
「ほう……貴様、乙女か。しかも、純潔の芳しい香りがするぞ。そのような仮装で隠しているが、相当の美女と見た」
しかし相手は人外のモンスター、蹴りを一発食らった程度では倒れず、また彼女の纏う暗黒のオーラにも怯まず、
「フン、丁度良い。イタキモい男共の血を摂取したせいで、弱っておったのだ。我が身を清め、我が身の中で力の糧になるが良い!」
男が、蝙蝠をゴリハルカに向けて飛ばす。
「ハルカ、危ないっ!」
慌てて僕は、いつもより二回り以上ゴツくなった彼女の身の前に出て、ショボ細い体で盾となった。
「ウホーイ、ウホッ!」
が、蝙蝠は弾き飛ばされた。軽やかに舞った、ゴリラ達の手足によって。
僕の見ている前で、ゴリラ達は可愛らしい踊りを披露するように、次々と蝙蝠を叩き落としていく。
あれ……この動き、どこかで見たことあるぞ?
「ぬ……バカな! はあと殿の必殺技の一つ『はあと♡スプラッシュ』だと!? しかも細かな所作まで完璧ではないか!」
男が驚きに目を瞠る。
そう、それ! 分身した敵の小人侍をやっつける時に
「ウホー、ウホウ!」
僕達に飛んできた蝙蝠を全て始末したところで、隣にいたゴリラが僕の手を取り、ステッキを高く掲げさせた。
すると手品みたいに、ステッキの先端から赤いハート型の光が飛び出したではないか。
ハートの光は真っ直ぐに男へと進み、彼の周囲を取り巻いていた蝙蝠達を次々に撃ち落としていく。
「こ、これはまさか……!?」
「間違いない……『はあと♡フラッシュ』でござる!」
蝙蝠の支えを失い、男が再びステージに墜落する。
「ぐわあああ! 何故だ!? 何故貴様らのようにイタくキモくブサく、おまけにゴリラというはあと殿とは似ても似つかぬ風貌で、彼女の力を発揮できるのだ!? 解せぬ!!」
それでもまだ闘志は削がれていないようで、男は即座に立ち上がり、尚もゴリハルカ目掛けて突進してきた。
が、側にいたゴリラに足を引っ掛けられてすぐ転んだ。
「リョウくん、これ貸して!!」
それを確認すると、ハルカは僕からステッキを奪い取り、男の元にナックルウォーキングでのしのしと駆け寄った。
いや……ここでそんなに成り切らなくても。二足歩行でも良かったんじゃないかな? 普通に喋ってるわけだし。
「じゃあ、締めといきますかぁぁぁぁ…………!!」
真・闇ゴリハルカは、この様子を見守る全ての者の背筋を砕くほど恐ろしい声で宣言し――――魔法のステッキを斜め上に掲げ、ピースサインのように人差指と中指だけを立てた反対側の手を、ぐっと胸元に寄せた。
輝夜はあとが魔法少女に変身する、通称『さむらい♡へんげん』と呼ばれる動作時の決めポーズだ。
「『はあと♡ゴミッシュ』!」
そう叫び、ハルカはステッキを男の後頭部に叩き込んだ。もちろん、はあとの技にそんなものはない。
「『はあと♡死ねッシュ』!」
そう叫び、ハルカはステッキで男の腹部を滅多打ちにした。もちろん、はあとの技にそんなものはない。
「『はあと♡二度と面見せるなッシュ』!」
ステッキが折れてしまったので、ハルカはマウントポジションから男の顔面に拳を何度も何度も振り下ろした。もちろん、はあとの技に……以下略。
「『はあと♡生まれ変わってもまた殺してやるッシュ』!」
拳で散々殴り尽くすと、ハルカはぐったりした男を巴投げした。さらにゴリラが受け止めて投げ返してくれたので、ラリアットでまた跳ね飛ばす。それもゴリラが返しラリアットするを繰り返し、暴力の応酬はGIF画像の無限リピートのように続いた。もちろん、はあとの……以下略。
「『はあと♡人の男に手出しするクズは魂までも殲滅してくれるわッシュ』!」
ゴリラが誤って男を空高くに放り出したが、ハルカはそれをチャンスと受け取り、自らも驚異的な跳躍力で飛んだ。
そして、決まったーー! パイルドライバーだーー!! もちろん……以下略。
「
「この者も、十分に反省したはずでござる」
男が白目を剥いて気を失ってもまだ怒りは収まらなかったようで、ロメロ・スペシャル……吊り天井固めなる技で責め苛み続けるハルカに、板垣さんと君枝さんが声をかけた。
「何だぁぁぁぁ、てめえらぁぁぁぁ……こいつを庇おうってのかぁぁぁぁん?」
美少女の面影まるでナッシングのゴリラ面にも、初めて遭遇するであろう真・闇ハルカの凄絶な闇オーラにも負けず、二人はしっかりと頷いた。
「この者は、拙者共の同志なのでござる。すれ違った瞬間、わかったのでござる。彼は我らと同じく、輝夜はあと嬢を心から愛する者なのだと」
そう言って板垣さんは、化粧が剥げて斑に白くなったイタい顔に微笑みを浮かべてみせた。
そうか……イベント前に彼らが感じたという匂いは、悪霊や人外の類を察知したんじゃなかったんだ。キュンプリの推しを探し当てる、嗅覚が働いたというだけだったのか。
「離れていても、彼のはあと嬢への愛は痛いほど伝わってきたでござる。我らの仮装がお気に召さなかったのか、それとも同担拒否というやつなのかまでは知らぬ。しかし彼が拙者共を嫌おうと、同志として守ってあげたいのでござる」
口紅が盛大に削げて、枯れ果てた食肉植物のようにキモい口から、君枝さんも男を擁護する言葉を発する。
この二人は見た目こそ激しくイタキモいけれど、本当に心優しくて懐の広い素敵な人達なのだ。こんな僕までも、救ってくれたほどに。
それを仰向けに下から持ち上げられた状態で聞いていた男は――――静かに、涙を流し始めた。
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