第十二章 魔呼びの峡谷 第四話 始祖の魔界士
カナリアは息を飲み男を見る。
「とんでもない奴が来たわよ......みんな絶対手を出さないで!」
「わかりました...リークさんこれを、少しでも魔力を回復してください」
ルーナがリークに駆け寄り球を握らせる。
すると球から魔力がすごい勢いでリークに流れ込む。
「ありがとうルーナ...」
ニヤリと笑みを浮かべる男がじわりじわりと距離を縮めながら歩いてくる。
ルーナとモニカはカナリアの横に並ぶ。
「カナリアさん、逃げますか?」
「もう遅い...この距離はあいつの魔法の射程圏内よ」
モニカが男を見ながら呟く。
「あの不気味な奴は一体...」
「あいつの名前はキフラ、最初に作られた魔界士よ。
だけどノワールに飼われてはいないわ、
手に負えないのよ...人格が破綻してるから」
「やはりリークさんを狙って?
こんなタイミングで...」
ルーナがリークをちらっと見る。
リークの魔力がかなり回復しているが、
球からはまだ魔力が流れ続けている。
「あいつは何も考えていないわ。
もう逃げられない......」
遠くを歩く男はしゃがむと地面に手をつく。
次の瞬間、カナリア達は戦慄する。
「あはは!面白い物を持ってるね君達!」
男はニヤリと笑いながら横たわるリークの横に座っている。
カナリアはゆっくりとリークの横に座る男の方を向く。
「う...そ......この距離を一瞬で...まさか光の...」
「ざぁーんねーん!魔界士ってさ、魔法陣の歪みを通れるって知ってた?あははは」
男はカナリアを指さして笑う。
「魔法陣の...歪み?」
「そうそう!なーんも知らないんだね!
まぁ...そんな事どうでもいいや」
男はリークを冷たい眼差しで見つめる。
「君......もしかして異物じゃないの?
気持ち悪い魔力出しちゃってさ......。
あは!あはははは!」
「あんたね...」
カナリアが口を開こうとした瞬間、
キフラは急に立ち上がり叫ぶ。
「黙れよ!!お前も異物だろ!
...その脚に纏わりついてるもの......こいつと同じだよね!!」
ルーナとモニカは体を小刻みに震わせ、カナリアの後ろに隠れる。
「くっ...だとしたら何なのかしら?」
カナリアは警戒しつつ会話を続ける。
「あ?お前らもこいつもどうでもいいよ。
ぼ、く、は!これをもらいにき、た、の!
あはははは!」
キフラはリークの握る球をそっと取ると、
上に掲げる。
「何これ何これ!!いっちばん気持ち悪いよ!」
「ク...クラリアスの秘宝が...」
ルーナがぼそっと呟くと、キフラの眼球がルーナの方を向く。
「ククク!クラリアスだってさ!
あーそうか......あはははは!
あのゴミ野郎...何やらかすつもりなんだよ!!あはははは!」
キフラは急に腹を抱えて笑い出し、やがて動きを止める。
「さて...用ができたな...。
悪いけどこ・れ!...もらってくから」
キフラはリークの横に再び座ると、
リークのおでこをつつく。
「気分をよくしてくれたお礼に!
...土産をやるよ、じゃあねお嬢ちゃんたち!あはははは!」
キフラの座っている場所に魔法陣が現れ、
キフラは魔法陣に飲み込まれ消えていった。
しばらくの静寂が流れて、リークがゆっくりと起き上がる。
リークの額からは汗が流れ、顔は真っ青になっている。
「なんて奴だ......恐怖で体を動かすことすらできないなんて...」
「運が...よかったとしか...」
カナリア達も力が抜け座り込む。
カナリアの後ろでルーナが心配そうに呟く。
「でも...切り札が...」
「何言ってるの、命があるだけで奇跡よ。
とにかく少し休みましょう。
ところであんた頭つつかれてたけど平気なの?」
「ああ...一瞬で魔力が全快した......それと、あいつが言ってた魔法陣の歪み...それの情報を頭に流し込んできた。
味方...ではないだろうが、敵じゃないのか?」
「あいつは敵味方の概念なんて持っていないわよ。
ただ自分の思うままに殺し、救うだけ。
話が通じない分ある意味一番恐ろしい奴だわ」
「とにかく少し休もう、イースとミースも無事だったんだ...」
イースとミースはリークにしがみつき顔をふせ震えている。
「そうね...火を炊きましょ」
「では私達が薪を集めてきましょう。
イースとミースをお願いできますか?」
「いや、ダメだ。
君達は狙われてるかもしれないんだ、
僕とルーナで行こう。
モニカはカナリアと一緒に二人を頼む」
リークはイースとミースの肩にそっと手を置くと、ゆっくり立ち上がる。
ルーナも立ち上がると、リークに並ぶ。
「足を引っ張ってすみません。
あの時も助けてもらったのに...」
リークとルーナが森に向かい歩き始める。
森に入ってすぐの所で二人は枝を広い集める。
「リークさん...テムプスに向かう理由を訪ねてもいいですか?」
「......僕の止まった針を動かすためさ」
「針...?」
「まぁ着けばわかるさ」
「私はてっきりセイレーンに戦争に向かっているのだと思っていました」
「師匠は外の世界の事を僕には一切話した事が無かった。
ただ、時が来たらテムプスに向かえと......そして里を出たものの色々大変な旅になっちゃったな」
「そうでしたか...」
「さあもう行こう。皆が待ってる」
リークは枝を抱えて森の出口に向かう。
その後ろ姿をしばらくぼんやり眺めてから、
ルーナは駆け足で後を追う。
「遅かったわね、もう二人とも落ち着いてるわよ」
リークとルーナは枝を並べて魔法で火を点ける。
「久しぶりだね、イースにミース」
リークは笑顔で二人の頭を撫でる。
「また助けてもらってありがとうです!」
「ありがとうです!」
「イース、ミース無事で何よりでした。
長老には私が連絡しますので、任務をはずれて私達と共に来てもらいます」
「そうなんですか?それはどういう...」
イースとミースが不思議そうにルーナを見上げる。
「次の任務ですよ、リークさんの護衛です」
ルーナが笑顔でそういうと、二人は元気よく返す。
「わかりました!がんばります!」
「がんばります!」
リークはルーナの耳元に顔を近づけ小声で話しかける。
「君の正体は伏せているのか?」
「...はい、モニカの事も...」
ルーナが小声で返すとモニカの隣に座る。
「さて、六人ともなれば十分な食糧の確保も必要になるわね。
少し休んだらトリュアに入りましょ」
カナリアがリークの隣に座りリークの瞳を見つめる。
「......その目の事で後で少し話があるの」
「...わかった」
リークが焚き火を見つめながら返事をすると、
カナリアはこつんとリークの肩を小突く。
「あの...トリュア城内に私の家がありますので今夜はそこでお休みになりませんか?」
「助かるよルーナ。この人は野宿すると死ぬらしいんだ、ははは」
リークが笑顔でルーナに返すと、カナリアが地面についたリークの手の指を押しつける。
「っ!!」
「あら?まさか女性に岩を枕にして寝ろって言ってんじゃないでしょうね?
紳士な男はそんなこと言わないわよね?」
「痛いな悪かったよ」
カナリアがリークの指を押しつける手を避ける。
「まぁ泊まる所があるなら有り難いわ、
お邪魔させてもらいましょ」
「じゃあそろそろ行くか。
ルーナ、案内頼めるかな?」
「はい。ではモニカお願いします」
「わかったわ、皆ついて来て」
ルーナとモニカが立ち上がると、
トリュアの城壁の北側に向かい歩き始める。
イースとミースが二人を追い、カナリアが立ち上がる。
リークも火を消し立ち上がると、その場を後にする。
トリュアの城壁の北側に着くと、ルーナとモニカが二人で壁に魔法陣を描き始める。
「私達二人の魔法陣が鍵になってるので、
誰も侵入できないようになっています。
安心して眠れますよ」
ルーナが魔法陣を描き終わると、
そっと壁を押す。
すると壁が扉のように開き、入り口が現れる。
「この壁の裏側に私達の家がひっついてるの。さぁついてきて」
モニカが先に入り口に入っていくと、
皆もそれに続く。
壁の中を過ぎると、膝より少し高いくらいの出口が見えてくる。
リークはしゃがんで最後に出口をくぐると、
振り返り見上げる。
「これは...暖炉?」
「ええ、見た目は暖炉にして魔法で通路を塞げば覗いても誰も気づかないわ」
リークが出たあと、モニカが暖炉の奥に魔法をかける。
「なるほど...よくできてるな」
「リークさん、寝室は二階に二部屋しかないのでリークさんが一つ使ってください。
案内します」
ルーナがそういうと、近くにある螺旋階段を登り始める。
リークはルーナの後ろをついていく。
「けど残り全員一部屋じゃ窮屈じゃないか?」
「安心していいわよ、あたしもあんたの部屋でいいから」
「へ?」
不意に後ろから声がしてルーナとリークが振り返ると、
リークの後ろをカナリアがついてきている。
「あの......カナリアさんってリークさんの何なんですか?」
ルーナは訝しそうにリークに視線を向ける。
「何って、もちろん何でも」
「あら、こないだ一緒に寝たじゃない」
「はい!?」
ルーナが驚きカナリアを見た後にリークに視線を戻す。
「リークさんってシルファさんの事好きなんじゃ......」
「はいはいちょっとからかっただけよ。
さ、早く行った行った」
カナリアがリークを後ろから押して促すと、
ルーナも押されて進み始める。
「で、でもやっぱり一緒に寝るんじゃないですか!」
そんなやり取りをしながらも、部屋の前に着くとルーナはドアを開ける。
「...どうぞごゆっくり。シルファさんに会ったら言いつけますからね」
ルーナがじとっとリークを睨むと、
一階に降りていく。
「......僕は被害者だぞ...」
リークが呆然と呟くと、カナリアが背中を思い切り叩く。
「さ、入れ入れ!もう諦めなさい」
「ダメだ!君はきっとまた余計な事を企んで...」
カナリアはリークを部屋に押し込むと、
明かりをつけてベッドに座る。
「へぇー綺麗にしてるじゃない」
「それで?話って何?」
リークは近くの椅子に腰をかけると、
カナリアと向かい合う。
「あんたさっきあたしが目を見た時...古文書の魔法陣は魔力を喰らってたわよ......。
違うんじゃなかったの?」
「あれか......実はああなったのはさっきが初めてだ、理由はわからないがあれを使うのは控えるよ」
「そうしてもらいたいわね......あんたがあれに暴走させられたら私達の誰も止められないわよ。
さっきは間に合ったけど......その力で一人でも殺しちゃうと、もう...」
「戻れなくなる......か。
師匠はなぜあれを制御できるんだ...」
「あんたルーシュが制御できているなんて思い違いよ。
あの人は元々殺戮をしてきた、殲滅の魔神とルインとか呼ばれてたくらいに...。
あの人は古文書なんてなくても殺す事を躊躇ったりはしないわ」
「そう......かもしれないな」
リークがうつ向くと、カナリアはベッドに横になる。
「とにかくもう使わないこと、もう休みましょ...明日早朝から街に出て支度しなきゃ......」
カナリアは呼吸を整えると、ゆっくりと寝息をたて始める。
カナリアにそっと布団をかけると、
リークは窓に近付き夜空を眺める。
「シルファ......無事セイレーンに着いてくれ」
最果ての國の魔法使い しろくま外伝 @sirokumagaiden
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最果ての國の魔法使いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます