第十二章 魔呼びの峡谷 第三話 魔弾球

「実はここに来たのは、これを完成させるためなんです」


ルーナが腰につけている小さな袋を外すと、

中身をリーク達に見せる。


「これは魔弾球と言って大量の魔力を蓄積する事ができます。

使い方は様々で、破壊すると大規模な爆発魔法を引き起こしたりします。

あるいは所持しているだけで魔力の回復を促進したり治癒力が向上したりととても貴重な物なのです。

以前バシリスクの戦いでリークさんに救われた時、わたしの回復が異常に早かったのはこれのおかげなんです。

そしてこれを完成させてセイレーンに向かえとの指示だったのですが......」


リークは鋭い目つきでルーナを見る。


「弱ったセイレーンとノワールの軍勢もろとも吹き飛ばせ...と?」


緊迫した空気にすかさずモニカが割ってはいる。


「仕方ないのよ...彼に逆らうと私達はカラムに売られ奴隷になる...あの国は地獄......」


しばらく黙って聞いていたカナリアが口を開く。


「カラムねぇ...カラムと繋がりがあるといえば彼というのはスフィードの事ね。

クラリアス帝国最強の魔法使い、彼の情報は少なく得体の知れない人物ね」


「そのスフィードってのが何者かはどうでもいい。

問題はさっき話していたイースとミースの事だが...」


リークがルーナに続きを促すように見る。


「ええ...イースとミースは今深淵の森の長の命令でトリュアの城国に派遣されてます。

おそらくノワールの軍勢の侵攻に対する備えなのでしょうが、あの子達にはスフィードが監視をつけているはずなんです。

私達の裏切りに気づけばあの子達が......早く合流しなければ」


それを聞いていたカナリアが考える素振りをする。


「うーん、トリュアはテムプスまでの途中にあるわね。

ついでにその子達も連れていきましょ。

あと、一応その球を完成させましょ。

いざというときの切り札になるわ」


「はい...あと少し魔力を集めれば完成します。

この空洞には峡谷から集まってくる大量の魔力がありますので」


「よし、じゃあしばらくここで休憩を取ろう」


リークは地面に寝転ぶと、近くの岩を枕にする。


「ちょっとあんた......本当に何も持ってないのね...」


「だったらなんだって言うんだよ」


リークはそういうと目を閉じる。


「カナリアさん、よかったらわたしの敷物を使って」


モニカが肩に掛けている鞄から大きめの布を取り出し、カナリアの前に広げる。


「ありがと」


カナリアは敷物に座ると、小声でリークに話しかける。


「全部思い出したら......あんたは今のままでいられるの?」


「......さあね、ただ...自分の事を知らないのは怖い。

それだけのことさ」


「そうね......その時が来てもあんたはあんたの意思で動くのよ」


リークは上体を起こしカナリアを見る。


「......全てを思い出したとしても、僕の目的は変わらないさ」


「リークさん、球が完成したみたいです。

もう出発できます」


ルーナが赤く輝いている球を袋に入れると腰にぶら下げる。


「よし、じゃあ出発しよう」


「ええ、トリュアはこの峡谷を抜け荒野の道標を北に進むと見えてくるわ」


リーク達は洞窟を抜けて峡谷に出ると、

北に向かい進む。


「しかしこう真っ暗で先が見えないのは大変だな」


リークが集光の剣を前に向け先頭を歩く。

後ろを歩くカナリアが不機嫌そうに答える。


「ダメよ、野宿なんて絶対しないんだから。

それに急いだ方がいいわ、こちらに監視がついていればルーナさんの仲間が危ないし」


「そうだな、今のところ何も気配はしないが一応探してみようか。

ちょっと剣を頼む」


リークはカナリアに剣を渡すと、耳元に指で魔法陣を描き始める。


「ちょっと、こんな魔力が濃い場所で感知の魔法なんてあてにならないわよ?」


「感知の魔法ならな。

ムーサの加護をお与え下さい」


リークは魔法陣を耳に当てると、すっと吸い込まれていく。


「あんたそれって......」


「そう、司書の歴史書だ。

さて、誰もいなければいいけど...」


リークの耳にあらゆる音の振動が伝わると、

広範囲の地形状況が頭に浮かんでくる。

どんどん遠くまで広がり続け、峡谷の出口を過ぎた頃、一つの人影を捉える。


「凶報だ、監視がついていたぞ。

今北に向かい走っている最中だ」


「何ですって!?まずいわね、距離はどのくらいなの?」


「三キロは離れてる、仕方ない僕が先にいこう」


「先にってちょっとあんたね...」


「我に宿りし光の力、その速さは時を超える。

彼方を照らす光の道よ、駆けよ閃光!」


リークの前方に大きな光の魔法陣が現れると、一瞬で一直線に遥か先の方まで伸びる。

リークが光の中に飛び込むと、跡形もなく全てが消え去る。


「まったくもう!何してるの追うわよ!」


カナリアが走り出し、ルーナとモニカもそれに続く。



一心不乱に走り続ける男


「あいつら...変なやつらと接触していたな。

早くスフィード閣下に報告しないと俺の命が...」


その時、男の背後から閃光が直撃する。


「な...なんだこの光は!」


男は反射的に目を閉じると、小石につまずき転ぶ。


「ぐっ!......何だ今のは...ひっ!」


上体を起こしゆっくり目を開くと、そこには栗色の髪の青年が立っている。

リークは男を見下ろすと、ゆっくりと口を開く。


「お前はスフィードの差し金か?」


「お、お前はあいつらと一緒にいた...どうやって追い付いて!

だめだ...閣下に殺される......あああぁ!」


男はリークめがけて魔法陣を発動させる。


峡谷を抜け、走り続ける三人。

先頭を走るカナリアが呟く。


「嫌な予感がするわね...みんな、あたしは一足先に行くから後から追い付いてね」


「はい!すぐに追いつきます!」


「森羅万象の力よ、我が脚となれ」


カナリアは凄まじい速さで駆け始める。



魔法陣から氷の針がリーク目掛けて飛翔する。


「......やむを得ないな、消えてもらおう」


リークの目が輝くと同時に、横から一つの人影が飛び込んでくる。


「くっ...ちょっと!何やってんのあんた!」


リークにぶつかり、リークの目を押さえるとそのまま二人は吹き飛び転がる。


「あんたそんなに簡単に...!」


カナリアが上体を起こしリークの目を凝視する。

するとリークの右目に古文書の魔法陣がうっすら浮かびあがっている。


「使い過ぎたのね......しっかりなさい!」


カナリアが自分を虚ろに見つめるリークの顔をおもいっきり叩く。

古文書の魔法陣がゆっくり消えていくと、

リークは目を見開き答える。


「カナリア......今何が...」


リークが唖然とカナリアを見つめていると、

横から男の声が聞こえてくる。


「あんたら、一体なんなんだ!

あいつらとはどういう関係なんだ!」


カナリアがリークの頬にそっと手を触れると、男の方に歩き出す。


「話は後よ。

さて、帝国の子犬ちゃん。

あたしはね、お前みたいな死に損ないの金魚のフンみたいなのが一番嫌いなのよ。

質問だけに答えなさい」


「だ、黙れ!お前みた...」


「...地の槍、貫け」


カナリアが指をパチンと鳴らすと男の身体すれすれに地面から土の棘が突き出る。


「ひっ!...わ、わかった!

話す!俺はただあいつらを見張れと言わ......ぐ...かはっ!」


男は急に胸を押さえると、そのまま後ろに倒れる。


「ちょっと...何よ......」


カナリアが唖然と見ていると、ルーナとモニカが追いつき、

男の前で立ち止まる。

モニカが男の胸に触れると、魔法陣が浮かび上がる。


「これは......死の契約だわ。

おそらく帝国もしくはスフィードの事を話そうとすると命を奪うように仕掛けられている......」


「ひどい......」


ルーナが目を反らす。


「やられたわね、こいつが死んだことは術者にはわかるはず。

だとしたら急がないとまずいわ」


カナリアがリークに近づくと手を差し出す。


「すぐに行かないと......あんた立てる?」


「ああ......大丈夫だ急ごう」


リークが立ち上がると、四人は走り出す。

カナリアと並んで走るリークは、

カナリアに小声で呟く。


「カナリア......さっきはありがとう」


カナリアは横目でちらっとリークを見ると、前に向き直る。


「しっかりなさい、ここからはあんたがちゃんと戦えないと勝てない敵だらけだと思いなさい。

古文書ごときに喰われる程度ならあたしが殺してやるわよ」


「はは、それは怖い話だな」


リークは苦笑いで返すと、前に向き直る。


荒野に出ると遥か先に城壁が見えてくる。


「見えたわ、トリュアの城よ」


「あれが...城内はやけに明るいな、

城門は真っ暗だけど中に入れるのか?」


話を聞いていたルーナは後ろを走りながら答える。


「隠し通路を用意しています、警備が厳しいので私達はどのみち城門からは入れませんから」


「なるほど、案内頼む」


しばらく走り続けていると、城門が近づいてくる。


「リークさん城壁を左に迂回してください」


「わかった!」


リークは城壁の左側に大回りに走る。

しばらく走っていると、数人の人影が走っているのが視界に入る。


「みんな、誰かいるぞ」


「......この魔力はイースとミースです!交戦してます!」


後ろのルーナが叫ぶ。


「ギリギリ間に合ったか。

このまま突っ込む!」


リークは蜉蝣刃羽を抜く。

シャーンという音と共にリークは加速する。


「森羅万象の力よ、風よ砲となれ!」


ばふっと音がすると、風がリークを後ろから吹き飛ばす。

六人の人影が見え、二人が四人に追われているのを確認すると四人の方に飛翔する。


「月の型、円月陣!」


四人のど真ん中に斬り込みながら着地する。

円を描くように剣を振り抜くが、

四人は俊敏にかわし距離をとる。


「右手にいずるは大地の法、地縛葬!」


カナリアが背後から二人を狙い唱える。

地面が盛り上がり二人を飲み込む。

一人が魔法でもう一人を吹き飛ばし、

一人が地に飲み込まれる。


「なんて連携...かなりの手練れね...」


「イース!ミース!」


ルーナが二人に向かい走っていくと、二人は立ち止まり振り返る。


「ルーナ!この方たちは味方ですか?」


イースが叫ぶと、ルーナが二人に追いつく。


「ええ大丈夫よ、敵の真ん中に降りた人はリークさんよ」


「あの果ての里の?」


「里の?」


「ええ、陣形を整えて攻撃に回りましょう」


「ルーナ、わたしも行けるわよ」


モニカもルーナに追いつく。


「モニカ姉さん!」


「姉さん!」


リークが敵のど真ん中に降りたのには理由があった。

一つは攻撃が当たれば一気に倒せるということ。

一つは敵の力量を瞬時に測れるということ。

そしてもう一つは、敵の狙いを全て自分にひきつけるため。

敵からすると、囲まれたリークが一番仕留めやすい獲物になるからだ。


「ルピ!ロペ!女は後回しだ、剣士を始末する。

第三陣形、籠を作るぞ」


「承知した」


「了解」


男たちはたんたんと会話すると、三方向からリークに迫る。


「......リーク!やるわよ!」


「今だ!頼む!」


カナリアが叫ぶと、リークが返す。

カナリアは地に手を触れ唱える。


「右手にいずるは大地の法、監獄!」


地面から土が盛り上がると、敵三人を含めリークを包み込む。


「いいわ!今よ!」


「我に宿りし光の力、輝け!」


リークが唱えると、土の塊の中で閃光が炸裂する。


「ぐあ!!目が!」


男達の叫び声とともにリークの声が聞こえる。


「よし!いいぞカナリア!」


カナリアはリークの声を聞くと、土の塊のドームを壊す。


「鎖岩!」


地面から岩の鎖が三人を巻き付け、一つに縛り上げる。


カナリアは飛び込んでいくと、右手をつき出す。


「牢獄葬!」


右手が岩の鎖に触れると、男達の動きが止まる。


「あ......あ....」


男達は目を見開き口を小刻みに動かしている。


「うまくいったか......くそ...」


リークは片膝をつき息を荒げる。


「ちょっとどうしたの!」


カナリアが駆け寄りリークの目を覗き込む。


「また......目が...」


カナリアが呟くと、リークがカナリアの目を見る。


「君も適応してるんだ...この目は覗くな」


リークがそういうと、うっすら浮かび上がりそうな魔法陣から目をそらす。


「......そうね、でもなんで今...」


「魔力が極端に減ると、こいつが前に出たがる。

前まではこんな事は無かったんだけど、記憶が戻り始めてからだな......」


「ルーナ!モニカ!そいつらをお願い!

頭に直接精神攻撃をするわよ。

ちょっと痛むかもしれないけど、医療魔術は使えないから勘弁してね」


カナリアがリークの頭に触れると、リークの目が見開き魔法陣が消え去る。


「ぐっ!あああ......」


魔法陣が消えたのを確認すると、さっと手を離す。


「よく我慢できたわね。ちょっと横になりなさい」


カナリアがリークを寝かせると、ルーナ達の方へ駆け寄る。


「どう!?ちょっとは大人しくなったかしら?」


「いえ......それが、三人とも自害しました...舌を噛みきって......」


「なんてこと......牢獄葬の精神攻撃を上回る意思力で自殺って......」


カナリアが唖然と見ていると、モニカが隣で呟く。


「自殺じゃない......これも死の契約だわ、あの外道が...!」


「イース、ミース見ない方がいいです。

リークさんの傍に行っていなさい」


ルーナはそういうと顔を反らし目を閉じる。


「カナリア...嫌な気配がする!北の方角から......注意するんだ」


リークが声を絞りだし叫ぶ。

カナリアが北方を凝視し、最大限に魔力を高め感知する。


「魔界士......ちっ!こんなときに!」


遠くから荒野を歩く男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる












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