第十二章 魔呼びの峡谷 第二話 影の勢力

風が勢いを増し、峡谷に吸い込まれていく。

二人は峡谷の入り口に立ち一本道の先を見つめる。


「なんにも見えないな、夜が明けるまで入らないべきか......」


リークが考えていると、隣に立つカナリアが肩を落とす。


「あのね、あんた野宿って言っても何も持っていないじゃない。

地面で寝ろっていうの?」


「そうだよ、他に何か方法があるなら聞いておこうかな」


「それならこのまま峡谷に入るわよ。

どうせここ昼も薄暗いんだし」


「この暗さは危険じゃないか?」


「ここで寝てても危険でしょ。

何かあったら全力で逃げればいいじゃない」


「はぁ、そうだな。

じゃあ行くとするか」


リークは面倒くさそうに返事をすると、

篝火を前に向け進み始める。


「ちょっとあんたねぇ!待ちなさいよもう!」


カナリアも小走りにリークの後を追う。

峡谷内は外から中央に向かい風が吹き、

中央でぶつかると空に向かって抜けるという不思議な現象を起こしているようだ。

風に混ざった魔力も同様に中心に集まっている。

峡谷に入りしばらくすると、

次第に魔力が濃くなってくる。

篝火を前に進むリークが呟く。


「だんだん魔力が濃くなってきたな...」


「そうね...あんたが言ってた何者かっていうのはまだ遠くにいるの?」


「どうだろうな...もう少し進んでみないと何とも......」


不意に前方から魔力の気配が強くなると、

カナリアがすかさずリークの前に出る。


「壁岩!」


カナリアが地に手をつけ叫ぶと、

地面から岩の壁がそそりたつ。


「誰かから攻撃されたわよ?

どこにいるかわからないの?」


「やむを得ないか...。

我に眠るは古の始祖が魔術、古文書よ力を示せ」


右目に古文書が現れると、リークは暗闇を凝視する。


「かなり距離があるけど、一人見つけた。

今のところ次の攻撃を仕掛けてくる気配はない......ぐっ!」


右目がズキズキと痛みだすと、

パリーンという音とともに古文書の魔法陣が消える。


「今の音は何!?」


カナリアがさっと振り返りリークを見つめる。


「ああ...古文書に代償を支払わないと強制的に消えてしまうのさ、

まぁこれだけ使えるだけでもかなり助かるけどな。

さてと、どうしたもんか......」


「そうね...相手もおそらく見えてはいない......見えていれば次の攻撃を仕掛けてくるはずよ。

しばらくじっとして様子を伺いましょう」


「そうだな...」


リークとカナリアは壁に背をもたれ座る。


「......敵だとしたらおかしいな、追撃に来ないなんて」


「そうねぇ...あれで倒した...なんて思ってはいないはずよ。

それにしても風が強いわね、こんなに寒いとは思わなかった」


カナリアが身震いするのを見て、

リークがローブを脱ぎカナリアの足に被せる。


「それ着ていなよ、僕は平気だからな」


カナリアがリークの顔をしばらくじっと見つめると、ローブを羽織り再び座る。


「あったかい...まさか果ての里のローブを着られる日がくるなんてね...」


ボソッと呟くカナリアをリークが不思議そうに見つめる。


「そのローブがどうかしたのか?」


「いえ、なんでもないわ。

それよりどう?相手の出方は」


リークが再び目に魔法陣を宿し遠くを見る。


「おかしいな!誰もいない」


「そんなはずないわ、向こうに抜けるにしてもこんな短時間じゃ無理だもの。

とりあえず進んでみる?近づいてみないとわからないわね」


「ああそうだな...下手に魔法は使わない方がいいな、位置を特定されると厄介だ」


「そうね、慎重に行きましょ」


「右側に寄って歩こう、あとは運次第だな」


「じゃあ左側を歩きましょ、あんたの運がいいとは思えないから」


「あのなぁ...まぁいいけどさ」


リークとカナリアは左端の壁沿いをゆっくり進んでいく。


「ここら辺から篝火を消して進もう。

これを点けてちゃただの的になる」


「ええそうね。

あたし後ろにいるから魔力が近づいたら強く握って」


カナリアはリークの真後ろにつくと、

リークの左手を後ろに引っ張り握る。


「わかった。じゃあ消すよ」


リークは篝火を地面に擦り消化すると、

ゆっくりと歩を進める。

進むにつれて次第に魔力が濃くなっていく。

あと少しで真ん中付近に近づく頃、

リークがカナリアの手を強く握りしめ立ち止まる。

カナリアがリークの耳元で囁く。


「ちょっと、どうしたのよ?」


「待って......なんか微かに違う風の音が聞こえないか?

......ほら...少しだけ」


リークとカナリアが聞き耳をたてていると、

大きな風の吹く音に微かに甲高いピューという音が聞こえてくる。


「この音......どこかに風が吸い込まれている音かしら...」


「ああ、どこかに入り口らしき場所があるはずだ。

音がする方を探ってみよう」


リークは耳を澄ませて音のする方へ歩いていくと右端の壁に突き当たる。

壁沿いに進んでいくと、次第に音が近づいてくる。

壁に手を触れてみると、僅かに不自然な段差がある事に気づく。


「なぁカナリア...ここの壁ちょっと変じゃないか?」


「え?ちょっと待ってね」


カナリアが壁に手を充てる。


「ここの壁、穴があるわ......中が所々空洞になってるみたい...ちょっとそこの段を左に押してみて」


「ん?ここか?やってみるよ」


リークは段になった壁を思いきり押してみると、徐々に壁が動き始める。


「おい、壁が動き始めたぞ」


壁に人が通れる程の穴が開くと、壁の動きが止まる。


「ここから風が吸い込まれていたのね、中に入るわよ」


「ちょっと待て危険じゃないか?」


「あんたここまで来て入らない調べないつもり?それに開けちゃったんだから向こうも気づいてるかもしれないじゃない」


「それはそうかもしれないけど......あーもうわかったよ」


リークは集光の剣を抜くと前方に向ける。

腕輪が輝き始めると、集光の剣の切っ先に光が集まる。


「これで少しは明るくなるだろ。

さぁ中に入るぞ」


「なにその便利な剣、まぁいいわ行きましょ」


リークが穴に入ると前を照らす。

手を握りすぐ後ろをカナリアが歩く。


「階段になってる、地下に向かってるみたいだぞ」


リークがゆっくりと階段を降りて行く。

しばらく降りと、通路に出て左右に別れている。


「左か右かどっちにする?」


「あんたならどっちにするのよ」


「またそれか、まぁ僕なら右だな」


「じゃあ左に進みましょ」


「へいへい」


リークは左に曲がると、壁沿いを慎重に進む。

しばらく進むと、遠くに扉が見えてくる。


「ほーらこっちじゃない。

あの怪しい扉、絶対何かあるわよ」


「そうかもしれないけど......待ち伏せされてるかもしれないぞ?」


「だとしてもここがあたしの有利な場所に変わりはないわ、任せなさい」


リークとカナリアが扉の前に着き、カナリアが地に手をつける。


「......中はかなり広いわね、行くわよ。

魔法を使ったら突入して。

右手にいずるは大地の法、地の槍!」


ズドンと衝撃音が聞こえてくるのと同時に、

扉の向こうから何者かの声が聞こえてくる。


「これはなんです!?」


「どう考えても奇襲でしょ!さっきの気配、やっぱりそうだったのよ!」


リークは扉を開け中に突入する。


「我に宿りし光の力、閃光よ輝け」


凄まじい光が迸ると、扉の中の様子が一瞬見える。

ドーム状の空間の中心まで走り集光の剣を構える。

二人の何者かは目を塞ぎ壁際に逃げる。


「目をやられた!ルーナ、あんたは!?」


「こちらもです!モニカ、結界を!

わたしが雷で仕留めます!」


二人の会話を聞いてふと引っ掛かり、

リークは叫ぶ。


「待て待て!今ルーナって言ったか!?」


「......閃光にこの声、まさかリークさんですか!?」


ルーナは壁に手をつき顔をこちらを向ける。


「そうだ、攻撃をやめてくれないか」


リークが剣を向けたまま答えると、背後にいるもう一人が叫ぶ。


「何やってるのルーナ!早く始末しないとあたしたちが......」


「待って下さいモニカ!この方はどちらにも属していません。

殺さなくても...それに私達の敵う人では」


「うるさい!

土の塊は汝を打ち砕く!」


モニカは地に手をつき唱えるが、何事も起こらない。


「なんで......これはどういう...」


モニカが唖然としていると、コツコツと一つの足音が扉をくぐり入ってくる。


「あたしのがいる限りこの周辺で地の魔法は使えないわよ。

右手にいずるは大地の法、鎖岩」


カナリアが地に手をつけると、

地面から鎖が現れ二人の手足を縛る。


「さぁ、観念しなさい」


「カナリア、あんまり乱暴は...。

ルーナ、悪いけど君達の目はしばらく見えない...ここで何をしていたのか話してくれ」


「それは......言えません...」


「あのね、あんたたち生かすも殺すもあたし次第なのよ」


カナリアが鎖で縛る力を強める。


「痛い...」


ルーナが地面に押さえつけられ、

声をもらす。


「待てカナリア。ルーナ、君の命は奪いたくない。

君はノワールの仲間なのか?」


「いえ、ノワールの仲間ではありません...」


「話せる範囲で何か言えることはないのか?」


リークがカナリアを制して続ける。


「......私達はモルドールからさらに東の国、クラリアス帝国から来ています」


「クラリアス...聞いたことないな...」


「あんたクラリアス帝国を知らないの?

高位の魔法使いはいないけど、兵器の技術は高い国よ。

最近は目立った動きはなかったようだけど...何か企んでるわね」


カナリアが考える素振りをしながらルーナを見つめる。


「セイレーンとノワールの戦争......得をするのは...」


カナリアが会話を続けると、ルーナの表情が一瞬強張ったのをカナリアは見逃さなかった。


「なるほどね...リーク、クラリアス帝国はこの戦争で周辺の国力が低下した時を狙っているわ。

こいつらを逃がせば厄介な事になるわよ」


カナリアがそういうと、今まで黙っていたモニカが叫ぶ。


「ルーナ!あの人に殺されるわよ!

結界を張って!もう逃げる所なんてないんだから!」


「モニカ......」


「待てルーナ、今逃げるとか言ったな......本意じゃないなら僕に協力してくれ。

安全は保証する」


「ちょっとあんたね...」


カナリアがやれやれと肩を落とす。


「ルーナ!騙されちゃダメ!こいつらもあたしたちを利用するだけよ!」


モニカが叫ぶと、リークはモニカの方を見る。


「モニカって言ったか、この条件をのまなければ君に明日は来ない。

選ぶんだ、僕に協力し生き残るのか......クラリアス帝国に操られ今ここで命を落とすのか」


「くっ......」


モニカが歯を食い縛る。

ルーナが小さい声でリークに呟く。


「協力すれば...帝国からも解放してくれますか?」


「ルーナもモニカも魔法使いだ...安全な場所がないなら里に来ればいい」


「ちょっとあんたね、里には......まぁいいわ、あたしも協力する代わりに見返りをちょうだい」


「見返り?お金ならないぞ」


「はあ?そんなもの要らないわよ。

ったく、あたしも里に連れていくこと」


「君、昔里に来ていたじゃないか。

勝手に来ればいいだろ」


「あのときはルーシュの招待があったから行けたのよ。

里には里の紋章を持つ者しか入れないんだから。

それで?あんたたちどうするのよ?」


カナリアがルーナを見る。


「......わかりました、リークさんを信じましょう。

あの...これいつまで見えないんです?」


「もうしばらくだけだよ。

じゃあ二人には一緒にテムプスに同行してもらおう」


「テムプス?あそこはすでに廃墟と化してるのでは?」


ルーナがそういうと、壁にもたれ座りこむ。


「ええそうね、けどそれは別にいいのよ」


カナリアは岩の鎖をほどく。


「廃墟になってるのか......それでも僕はあの塔に...」


リークが少しうつむくと、ルーナがそっと目を開く。


「何か......訳ありの様子ですね、わかりました。

微力ながらご同行させていただきましょう」


モニカもそっと目を開くとルーナに駆け寄る。


「ルーナ......あの子たちは?クラリアス帝国から刺客がくるわよ...」


「イース、ミース......」


ルーナがうつむき呟く。

リークはルーナに歩み寄ると、手を差し出す。


「何が起こってるのか説明してくれ。

僕にできることなら協力しよう」


「ちょっとあんたね、あんまり自分から危険に突っ込むのやめてくれない?まったく。

さぁ、あなたもしばらくよろしくね」


カナリアもモニカに手を差し出す。


「......わたしはモニカ、クラリアス帝国第六位魔法士。よろしく」


「ルーナです。クラリアス帝国第三位魔法士です」


「最果ての國のリーク、よろしくね」


「ガイアの神子カナリアよ、あたしの素性は他言無用でよろしくね」


ルーナは唖然と二人を眺めると、

ぼそぼそと声をもらす。


「最果ての國......テムプス...ガイアの神子......これはただ事ではないようですね」


「鋭いわね、この男についていくと道は険しいわよ」


リークとカナリアは二人の手を引き立ち上がらせる。

リークはルーナとモニカを見る。


「さぁ、まずは話を聞こうか」














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