第十二章 魔呼びの峡谷 第一話 決別

薄暗い世界

リークはアシェラの背中を追い走りつづけている

距離が縮まり

やがて背中にそっと触れる


リークはゆっくりと瞼を持ち上げる。

よく見た天井、レーミアの屋敷の自室にいることがわかった。

リークはゆっくりと上体を起こす。


「......なんで...ここに」


「私が運んだ、皆は今地底城から引き返している頃だろう」


声のする方に視線を移すと、そこには一回り大きくなった時のルーシュが椅子に腰をかけている。


「師匠...その姿は」


「小僧の足の治療に力を使った。

気にするな、本に力を返せばすぐ元に戻る」


「右足?...この感覚は右手と同じ......」


「気づいたか。それはサラの弟子を助けた代償じゃ」


「そうだ!アシェラは!」


「安ずるな、あやつは傷一つ負ってはいない」


リークが険しい表情でルーシュを見る。


「僕は...一体何を...?」


ルーシュが椅子に背中を預けると、ゆっくりと目を閉じる。


「お前の父フォーカスの魔法の式句には、

時を超える光というのがある。

それを小僧も受け継いでおろうが...それをフォーカスは一番怖れていた。

その光の魔法が光速を超え、この世ならざる速度に達した時、世界の理に反する結果をもたらす。

小僧はその瞬間過去に遡り、未来のあやつの結末をねじ曲げた。

それによってサラの弟子はボルグの攻撃を受けてはいない。

分からぬか...ボルグの火球を受けて吹き飛んだのは小僧の足じゃ」


「そんなことが......でも僕の足はここに確かに...」


リークが自分の足を見つめる。


「そう......吹き飛んだのは確かじゃ。

だが小僧が理の壁の向こうから戻る時、

その足が無くなるのは理を反する。

ゆえに形だけは残ったということじゃ。

サラの弟子も傷は負ってはおらぬが服は鮮血に染まり破れたままじゃ」


「でも、この右手も右足もちゃんと動くのは?」


「それはクロノスの意思が小僧の手足を繋ぎ止めているからに過ぎん。

ノワールの野望を打ち砕き、クロノスが描く未来に進んだ時はやがて動かなくなるじゃろう。

森羅万象の力......これはこの世界を創造したとされる二つの神がもたらす力であり、

一つはクロノス、もう一つはガイア。

クロノスとは時を司り、ガイアとは天地の全てを指す。

二つの神の意思と契約した小僧は、この森羅万象の力を使えるということじゃ。

そしてこの力が無意識に働き、手足を動かしておるということじゃ」


「そう...ですか、だから自分の物ではないような違和感があるんですね。

なぜリオメルは触れただけで気づいて......」


「あやつは神官、死者を弔う役目もある。

小僧の手に触れたとあれば、それが死しているものだと感づいても不思議はない」


「そうですか......」


リークがうつむき黙り込むと、

コンコンとドア叩く音の後にレーミアが入ってくる。


「お久しぶりですね大図書館の司書ルーシュ。

お話は終わりましたかな」


ルーシュはドアの方を向きレーミアを睨む。


「貴様何を企んでこんな事をしてくれたのじゃ」


「いやいや、ボルグの討伐は彼ら自身が決めた事でしょう。

それに私のもとに送り込んだあの娘に、あなたも出し抜かれたようですが?

ただ者ではない存在......というのは考え過ぎでしょうかね」


「カナリアの事は誤算ではあったが...あの娘のことなどどうでもよい。

小僧が無事にテムプスに着けば何も問題は無かったのじゃ...それに」


ルーシュは急に顔色を変え立ち上がる。


「貴様との話はまたじゃ。

セレネ......死ぬなよ...」


ルーシュは呟き、黒い梟に変化すると窓から飛び去っていく。


「やれやれ、行ってしまわれましたね。

セイレーンに何か...いや今はそれよりも、

ボルグの討伐お疲れ様です若君。

いいものを見せていただいたお礼に、面白い情報をあげましょうか。

テムプスに向かう際には、ここから北に魔呼びの峡谷を通るとよいでしょう。

予期せぬ再会があるやもしれませんよ。

では私はこれで」


レーミアはドアから出ると一礼する。


「ああそうそう、私はしばらく戻りませんので屋敷は自由に使うとよいでしょう」


そう言うとレーミアはドアを閉める。

リークは小窓から外を眺め呟く。


「そうか...みんな無事か。だけどもう......」


ゆっくりと目を閉じアシェラの笑顔を思い出す。


「......よし」


再び目を開くと、リークはベッドから立ち上がる。


カナリアが皆を引き連れ、屋敷の入り口まで戻ってくる。


「皆様、リーク様のご様子を伺いますのでしばらく自室にて待機していただきます。

後程食堂にお呼びいたしますので」


「ええ......わかった。

ルーシュさんも一緒にいるみたいだし大丈夫よね...」


シルファが浮かない表情で屋敷に入っていく。

皆それぞれ次々に自室に戻っていくのを確認してから、カナリアはリークの部屋に向かう。

コンコンとノックをしてからドアを開ける。


「失礼いたします。体の具合はいかが......」


カナリアが部屋に入ると、ベッドに座っているレーミアの姿が見える。


「やぁ、討伐お疲れ様。

彼はもういないよ、先刻司書と共に東の国境線の方からセイレーンに向かうと言ってね」


レーミアはベッドから立ち上がると、ドアの前に立つカナリアとすれ違い様に肩にそっと手を置く。


「屋敷の管理は君に任せよう。

間違っても皆を北に向かわせない事だ、

彼は東の国境線に向かったのだから...。

ではお別れだカナリア」


レーミアは肩から手を離すと部屋を出て行った。

しばらく無言でベッドを見つめてから、カナリアはドアの方にふり返る。


「......あのバカっ!」


カナリアは全員の部屋を訪ね、食堂へと召集をかける。

全員食堂に集まり座ると、カナリアが席を立ち声をかける。


「皆様お疲れの所お集まりいただきありがとうございます」


「それはいいんですけど、リークさんの容態はどうなんです?」


アシェラが険しい表情でカナリアを見る。

シルファも深刻そうにカナリアを見て続く。


「そうね...まさか集まったのってリークの......」


「はい。リーク様の事ですが、容態の事ではございません。

はっきり申し上げますと彼はもうこの屋敷を発ちました。

レーミア様のお話ですと、司書と共に東の国境線を抜けセイレーンに向かわれたと...私達が戻る前の事でしょう」


口を閉ざしていたリオメルが席を立つ。


「なんですって?司書は彼にテムプスに向かえと言っていたのでしょう?

なぜ急にセイレーンに...」


シャルマも腕を組み続く


「そうだ、それにあの女はリークを危険に晒すような真似はしないと思うがな」


「おそらく......セレネ様に命の危機が...」


カナリアが瞼を閉じる。

その様子を見たシャルマが席を立ち、

食堂の出口に向かう。


「なるほど...セイレーンの守護者が死ねばノワールの勝利も同然、焦ってリークを連れて行ったわけか。なら話は早い、今からでも出発するぞエイラ」


「そうね、うふふ。ここでのんびり過ごす意味も無いかしら」


エイラも席を立つとシャルマに続き食堂を出る。


「行きましょう皆さん」


アシェラがそう言うと、残りの全員が席を立つ。


「あなたはどうするの?カナリアさん」


シルファがカナリアを見て言うと、

カナリアは瞼を閉じたまま返す。


「私は屋敷の管理をとレーミア様から指示が出ておりますので、皆さんお気をつけて行ってらっしゃいませ」


「そう......皆行きましょ」


シルファがそう言うと、アシェラとエリヌスもシルファに続き食堂を後にする。


「......あなた司書とはもう関係ないのでしょう?

レーミアさんの監視を続ける意味もないはず...なのになぜまだそのような芝居を続けているのですか」


残ったリオメルがカナリアを険しい表情で見つめる。

カナリアはゆっくりと目を開けると、リオメルを細目でスッと睨む。


「それ以上私の素性を詮索してみなさい...今ここで命を絶つわよ」


「......話になりませんね。これで失礼させてもらいます」


リオメルもキリッと睨みつけると食堂を出る。

静かになった食堂でしばらく座ってからため息をつく。


「はぁ...まったく面倒なんだから...。

おそらくレーミアが言っていたのは魔呼びの峡谷の事ね...わざとあんな言い方をしたという事は私だけに彼を追わせるため......だとしたら私の正体に気づいて......

何にしても急がないと、峡谷までに追いつかないと大変だわ」


カナリアは支度をして漆黒のマントを羽織ると、屋敷を出て振り返る。


「管理は任せる...か、面倒くさいわね。

右手にいずるは大地の法、壁岩」


カナリアが地に手をつけ唱えると、屋敷の周囲を高い岩が取り囲む。

北の方に向き呟く。


「さ、急ぐわよ。

森羅万象の力よ、我が足となれ」


カナリアが地面を蹴り、凄まじい速さで駆け出した。

陽が落ちて暗くなってからも走り続けていると、遠くに峡谷が見えてくる。


「間に合わなかったのね......あれは!?」


じっと目を凝らして見ると、峡谷の手前に一つ小さな篝火が見える。


「きっとあれだわ」


さらに加速して行くと、徐々に篝火が近くなってくる。

一つの人影は篝火の前に座っている。

速度をゆるめ様子を見ながら進んでいると、

篝火に手をあてて座るリークの姿がはっきりと見えてくる。

歩をゆるめ篝火の前に立つと、リークがゆっくりと顔を上げる。


「......何で追いつけたんだ、ずっと走り続けて来たんだぞ」


カナリアはしゃがんで篝火に手をあてる。


「追いつけるわよ、だってあたしも走り続けて来たもの」


「皆を屋敷に置いてきたのか...」


「いいえ、あんたのお友達は皆出て行ったわよ。

レーミアの指示で東に向かわせたわ......どういう意図かはわからないけどね」


「それで、何で君がここに?レーミアさんの指示できたのか?」


「そうじゃないけど、魔呼びの峡谷に入るんでしょ?

あそこで迷いこんだら出られないわよ?

言ったでしょ、あんたが死ぬと困るって」


「迷うって...道はまっすぐじゃないか、僕をなんだと」


「まぁ行けばわかるってば。

それで?ここで何してるわけ?」


カナリアが篝火越しにリークを見る。


「それが......ここからと向こう側から、峡谷に流れ込んでる魔力があるだろ?

それが峡谷内のどこかに集中してから消えているんだけど、

どうも何者かがそれに関わってるっぽくて」


「あんた峡谷内の様子をどうやって感知したの?

魔力が入り乱れていてそんな事できないはずよ?」


「あー......君は禁書の古文書を読んだことはあるかい?」


「まさかあんた!やめなさい、あれに喰われたらもう戻れなくなるわよ」


「その反応だと無いみたいだな、良かった。

まぁ僕は古文書の魔法は少ししか使えないわけだけど、

そのかわり古文書に喰われることもないんだ。

それでちょっと力を使ってみたら、中の様子を少しだけ感知できたわけだけど......」


「どう対処しようか迷っていた?」


「まぁ......そんなところかな。

気になるのはレーミアさんが言っていた、予期せぬ再会だな」


「予期せぬ再会?あんたの知り合いが峡谷で何かしているかも...ということ?」


「ああ......ジーロ...じゃないよな...」


リークが篝火を見つめながら呟く。


「ジーロねえ...司書から聞いたわよ、メリアの石をいじくって遊んでる奴でしょ?」


「そんな言い方!」


「あんたねえ...メリアの石はオモチャじゃないの、

私たちのような半人前がそれをどうこうできる力はないのよ。

呪術だろうがなんだろうがね。

メリアが石を作った本当の理由、あんた知ってる?

世界を牛耳るためでもなんでもないの。

ただ彼女自身がただの人間で在りたかった...そう願って作ったものよ。

それを勘違いして勝手に騒いでる輩のことなんてどうでもいいのよ」


「まぁ僕も...伝説を全てそのまま信じてる訳ではないけど...。

とにかく峡谷に入ってみないとな」


リークは立ち上がると篝火を松明に移す。


「絶対あたしから離れないでよ?

あたしだって一人になると危ないんだから」


カナリアも立ち上がる。


「あのなぁ...わかったよもう」


リークはため息をつくと峡谷に向かい歩き始める。


「なによその面倒くさそうな顔は」


カナリアもリークに並び顔を覗きこむ。


「なんでもないよ。

でも素がそれでよくあんな芝居ができるもんだね」


「あらそれは褒められてるのかしらね」


「はいはい......」


リークは歩を早めて前を行く。


「なによ!あんたやっぱり面倒くさがってるじゃない!」


カナリアも小走りにリークを追いかける。


徐々に近づく峡谷の入り口をじっと見つめるリーク。


真っ暗に続く闇の中から感じる魔力に


胸騒ぎがするリークであった












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