第十一章 悲嘆なる結末の先 第五話 白亜の女王の覚醒

黒く焦げた大地の真ん中に大穴が空いている。

一行はネルストに着く。

周囲を調べ降りられそうな場所を探し、頑丈なロープを垂らしてゆっくりと降りる。

一番最初にシャルマが降り、リークが最後に降りる。


「結界が無ければ俺は煙で移動できるのだがな...いざ足を使うとなると面倒だ」


シャルマが悪態をつきながら辺りを見回す。


「よっと、日頃歩かないからそういうことになるんだよ」


リークもロープを降りると、カナリアの後ろにつき小声で話かける。


「入り口見つけたって言ってたじゃないか...」


カナリアはそっぽを向き小声で返す。


「あれは嘘よ、ああでも言わなければあんた一人で行ったでしょ?」


「おや?何ひそひそ話してるんですかあ?」


急にアシェラが振り返りじとっとリークを見つめる。


「何でもございません。ここからは危険ですので私が先頭を進みましょう、皆様くれぐも注意しながらお進みください」


カナリアが無表情に戻ると、先頭を進み始める。

シャルマとエイラ、シルファとアシェラとエリヌスがそれに続く。

リオメルは少し待って離れて歩くと、リークに並ぶ。


「お前あの侍女と何か話しましたか?

司書の手の者となるとお前の動向も司書に筒抜けでは?」


「それが......話すとややこしいんだよなあ...

まぁ詳しい事情は追って話すとしてカナリアは僕の味方...だと思う」


リークが頭をポリポリ掻きながら説明をすると、

リオメルは怪訝そうな顔で返してくる。


「どういうことですか、はっきりしませんね。

つまり司書の所へも間者として潜り込んでいると?」


「まぁ...そういうことになるんだろうな」


「信用して大丈夫なのですか?お前ノワールに命を狙われているのでしょう?

ノワールの差し金だとしたらどうするんですか。

魔神の討伐どころか、魔神と結託してこちらを全滅させようとするかもしれませんよ?」


「僕は信じるよ、僕を殺すなら寝てる間に殺せただろうしな」


「お前、部屋開けっ放しなんですか?」


「い...いやそういうわけじゃ...まぁ仕掛けてこないとなると違うということだよ」


リークは苦笑いで返すと、リオメルがさらに睨み付けてくる。


「やっぱり私お前の事よくわかってきましたよ。

どうせ夜一緒の部屋に居たとかでしょう」


「はぁ...ご名答...」


「まぁお前が何をしようが勝手ですが、皆お前の身を安じているという事は覚えておきなさい。

それで?彼女はなんと?」


「ここに来るのを止められると思ったけど......どうやら彼女は一人では無理だと判断しているらしい。

助かると言っていたよ、死にたくないともね」


「なるほど......まともな話ですね、ですが今回の件で司書が彼女を咎めるのではないですか?」


「そうだよな、そこんとこはまだなにも聞いていないけど......探しものも見つかったしそろそろ司書の所を離れるつもりだと思うよ」


話ながら歩いていると、前の六人が立ち止まっているので慌てて止まる。

カナリアが洞窟を覗きこんでいる。


「皆様、ここから暗く狭くなってますので一列でついてきてください」


「じゃあ最後尾は僕が行こう、皆は間に。

敵がいても慌てず対処しよう」


リークがそういうとシルファが浮かない表情で返してくる。


「でも魔法は使えないわよ?戦えるのはアシェラだけじゃないの?」


「あたしに任せなさい!ズバズバっとやっちゃいますよお」


「頼もしいですね。では皆様、足下に注意しながらいらっしゃってください」


カナリアが洞窟に入っていくと、間隔をあけずにシャルマとエイラが続く。


「エリ行きましょうか、私たちは真ん中を歩きましょう。

いざとなれば結界を作り、少しでも魔法を使えるようにしないと」


「は、はいリオ...頑張る」


リオメルとエリヌスも続く。


「さ、行きましょうよ。シルファさんはあたしにまかせなさーい」


アシェラがシルファを引っ張り続く。

リークもそれに続いて洞窟に入っていく。

洞窟を右往左往してかなり時間が経つ。

洞窟内がどんどん暑くなっていく。


「はぁ...先頭は何も音沙汰無いけど大丈夫なのかな......」


リークが息を切らして呟くと、前を歩くシルファから返事が来る。


「はぁはぁ...ごめんなさい、私が遅れててアシェラとちょっと距離が空いてるのよ」


「いや、無理はしなくていい。このままのペースで進もう」


洞窟内の足下がどんどん険しくなっていく。

リークはシルファに並ぶと、肩に手を添えて歩く手助けをする。


「ありがとう......なんだか久しぶりな気がする、ずっとばたばたしてたもんね」


シルファがうつむき赤らめた顔を隠す。


「そう...だな、無事に帰れたらゆっくり話でもしよう。

いろいろ話さないといけない事もあるし」


しばらく歩いていると、遅れていた距離が一気に縮まる。

どうやら何かあったらしい。

アシェラの姿が近くなってくると、話し声が聞こえてくる。


「皆様、この先の出口の先に広い場所が見えますが...」


「ああ、どうやら魔神がいるな。俺でも気配がわかるくらいな殺気だぞ」


「うふふ。アシェラさんを先頭にしないと戦えないわよ?」


エイラがアシェラの顔を見る。


「あーはいはい、切り込むのは得意ですよ。

ではあたしが先頭に、リークさん支援をお願いします」


「ああ、剣を持っているのは僕たちだけだからな。

僕が次に行こう」


「皆待ってください、ここまで異論はありませんが、私とエリを後衛に回してくれませんか。

特にエリは結界を張れます。相殺とまではいきませんがエリの結界内では少しでも魔法が使えるようになるはずです」


リオメルがそういうと、シャルマが頷く。


「ああそれがいいな。ではリークの次に俺とエイラが行こう。

シルファは後ろの方がいい」


「ごめんね...私あんまり動けなくて」


「うふふ、大丈夫よ。あなたは切り札」


エイラがシルファの頬を撫でると、シャルマの隣につく。


「では皆様進みます。

アシェラ様は私の後に続いてください」


カナリアがそういうと、前に進んでいく。

洞窟を進んでしばらくすると、明るくなってくる。

全員洞窟を出ると、辺りを見回す。

そこは広いドーム状の空間で、真ん中には大きな岩がある。


「......だいぶ潜ったみたいだな」


リークがボソッと呟くと、カナリアが小声で返す。


「ええ...気をつけて、あの岩がある所...すごく嫌な感じがするわ」


「ちょっと二人とも!なんでそんなに親しげなんですか!」


アシェラもリークの隣でなぜか小声で話しかけてくる。


「今そんな...」


リークが言葉を返そうとした瞬間、凄まじい爆音とともに岩が砕け散る。

飛び散った岩からでできたのは、全身赤い鎧のような体をした魔神。

頭から二本の角が生え、厳つい顔の魔神はゆっくりと目を開く。


「ははははは!ようこそ我が城へ。

我が名はボルグ、我を楽しませよ!」


ボルグが両手を掲げると、空中に大きな魔法陣が現れる。

アシェラが黒鉄の柄を握ると駆け出す。


「さぁ行きますよ!先制のチャンスは逃せません!」


「ああ!......蜉蝣、力を貸してくれ...」


リークも駆け出すと蜉蝣刃羽を抜く。


「エリ!やりましょう!」

「はい!」

リオメルとエリヌスが両手を前に出し唱える。


「「我らに触れる魔の力よ、その理を拒絶する!」」


ドーム状の空間に緑色の魔力が満ち溢れる。


「皆さん!少しですが魔法が使えるはずです!」


リオメルが叫ぶと、シャルマとカナリアがリークに続き走り出す。


「水は重なり写すは虚影」


エイラがシルファ、エリヌス、リオメルの前にたち、

魔法で包み込む。


「ははははは!小賢しい魔法で我に挑むか!」


魔神がこちらを見ると魔法を発動させる。

その寸前に、アシェラが仕掛ける。


「抜刀術弍式、破魔の太刀」


バリーン


神速の抜刀は魔神の頭上の魔法陣を破壊する。


「蜉蝣円舞月の型三日月!」


リークは踏み込み飛翔する。


「ほう!だが遅い!」


魔神が右手をリークに向ける。

その瞬間シャルマが疾風のごとくリークに体当たりをすると、

そのまま横に飛ぶ。

その瞬間魔神の右手から凄まじい炎が吹き飛んでくる。


「右手にいずるは大地の法、壁岩!」


カナリアが炎の前に立ち、地に手をつけると壁が現れる。

壁が炎を遮ると、炎はぷすぷすと音をたてて消える。


「ほう...少しは骨のあるやつがおるのう。

ではこれはどうかな?」


魔神が左手を地につけ唱える。


「焼き尽くせ、紅蓮の火柱」


「まずい!皆下がって!」


カナリアが叫ぶと、シャルマがリークを抱え後方に飛ぶ。


「右手にいずるは大地の法、地縛葬!」


あちこちで地面が隆起すると、吹き出る火柱を飲み込む。


シャルマが中間で着地するとリークを降ろす。


「俺の風も移動にしか役立たん、まともに近づくこともできんぞ。

下がれ猪娘!」


「隙ありです!決めますよ!」


黒鉄を鞘に納めると、

虎鉄の柄を握り神速の突進で魔神に迫る。


「虎ノ門奥伝。死界、絶空」


ドクン


アシェラの殺気がドーム内を満たす。

ぎりぎりと音をたてて刀身が姿を表す。

魔神がぴくっと体を震わせると、ゆっくりとアシェラの方を向く。

それを見たカナリアが叫ぶ


「ダメよ!!今そいつの間合いに...!」


「貴様...我に近づくなど...不愉快よ」


魔神の瞳が輝くと魔法陣が現れ、破裂音とともに真紅の炎が弾丸となりアシェラの右肩を直撃する。


「がっ...は!」


アシェラの右肩を直撃した弾丸は、右胸部分からごっそりとえぐり壁にぶつかると消える。

ゆっくりと流れる時間。

リークは目を見開き凝視する。

後方でシルファの叫び声が聞こえる。


「そんな!......アシェラー!!!」


「リークしっかりしろ!!下がるぞ!」


シャルマがリークの腕を掴む。

カナリアはそのまま火柱を防いでいる。

ゆっくりと流れる時間。

リークの虚ろな目には右胸から腕を吹き飛ばされ、

鮮血を散らしながら飛ばされるアシェラが写る。



こんなことに......

僕のせいでこんな事に......

アシェラ...どうして君が...



「リーク!」

「あなたも下がりなさい!」

カナリアとシルファの声がうっすら聞こえては消えていく。

リークの全身がうっすらと輝き、次第に増していく。



こんなのは...こんなのは...

僕は...認めない!



不意にどこかから男の声が聞こえてくる。


そうだな

こんな理不尽は嫌だ

だとしたらどうすればいい

超えるのさ

何もかも

あらゆる森羅万象を超えろ



「く......そおぉぉぉ!!」


リークの全身が輝き光に包まれ、その光がアシェラと魔神に放たれる。

リークは地を蹴り全力で加速する。

光は魔神とアシェラを包み、魔神とアシェラの動きが止まる。


もっと...もっと速く!超えろ!


リークが光の中を疾駆する。

何も見えない光輝く空間。

右手を伸ばし疾駆し続ける。

意識が徐々に消えていく。


気がつくと、辺り一面光の中で倒れている。


「まさか俺達以外にここに来るやつがいるとはな」

「ふふふ、そうね。でもまだ若いわね」

「はは、そうだな。起きろ青年」


リークがゆっくりと起き上がると、木製の椅子に座る二つの人影がみえる。

二人とも白銀のローブを羽織り、一人は金髪の背の高い男。

もう一人は銀髪の美しい女性。


「あの......ここは」


「よくやった青年、君の望みは叶うだろう。

だが代償は大きいかもな、さぁもう行け間に合わなくなるぞ」


「うふふ、行ってらっしゃい。また会えるといいわね」


銀髪の女性が立ち上がり近づいてくると、そっとリークの目を手で塞ぐ。

意識が徐々に戻ってくると同時に、光がゆっくりと消えていく。

リークは走りながらアシェラを抱き抱えると、壁にぶつかり地面に倒れる。


「リークさん!しっかりしてくださいリークさん!」


アシェラが起き上がりリークを揺さぶる。

ふと足を見ると、リークの右足が鮮血に染まっている。


「いやあああああああ!」


アシェラがリークを抱き締め泣き叫ぶ。


「今......何が起こって...猪娘は確かに...」


絶句して見つめるシャルマたち。


「くっ...やっぱりあんたじゃないのよ...」


カナリアが火柱を防ぎながら横目でリークを見る。

シルファも険しい顔でリークを見つめ呟く。


「あの時と同じだわ...」


「ほう?魔法使いに我らのような化け物もいるとはな」

魔神がちらりとリークに注意を向けた瞬間、凄まじい風が吹き荒れる。


「あはははは!面白い!

さすが若君です!

さぁ皆さん、私から最高の贈り物を受け取りなさい」


レーミアの声が響くと、風の壁はドーム状に拡がり、

ボルグの結界を完全に無効化する。


「これは僥幸...

右手にいずるは大地の法、汝を戒めよ!

鎖岩、監獄!」


カナリアが唱えると、岩の鎖が魔神の手足を縛り、

岩が壁から飛んでくると魔神を包んでいく。


「みんな今よ!!」


カナリアが叫ぶとシャルマが疾駆する。


「毒霧よ、喰らえ!」


毒の煙が岩の隙間から中に入っていく。


「エリ、私も出ます。

はぁっ!

脚に鋼を、神槍!」


リオメルが飛翔すると岩の中央に全力の蹴りを放つ。

岩ごし魔神を吹き飛ばすと、壁にぶつかり粉々に砕け散る。

魔神がゆっくりと立ち上がろうとする。


「水は重なり、写すは虚影。

万華鏡、明鏡止水」


エイラが唱えると、魔神を透明な鏡が包み込む。

魔神が虚空を見つめ固まると、ぶつぶつと呟く。


「ほう、これは面白い。

まるで死んでいるかのようだ...だが......」


魔神の体が震え始めると、鏡が一つずつ割れていく。

カナリアがそれを見ると、舌打ちをして振り返る。


「シルファ!最後のチャンスよ!リリアじゃないと勝てないわ!」


「でも!私じゃ...」


シルファが悔しそうに歯噛みしてうつ向く。


「いい加減にして!!やらなきゃみんな死ぬだけよ!」


カナリアが苛立ちを露にして叫ぶ。


「......やるわよ、やってやるわよ。

我が血を廻る祖の魔力、吹雪の姫が告ぐ。

白亜の魔山、その姿を見せる者なり」


シルファの体が震え、青白く輝き出す。


すっと意識が途切れる

ゆっくりと目を開けると、白銀の山の頂上、

一人佇むリリアの隣に立っている。

リリアは遠くを見つめたままゆっくり口を開く。


「しつこい奴よ......。

のう小娘、全てを屠ってきたこの白銀の山が......美しく見えるか?」


「そうね......私には悲しく見えるわ...けど。

そうね、あなたは孤独じゃない。

だって私がいるもの。

私はあなたを信じる...。あなたは私だけを信じて...」


シルファも白銀の山並みを見つめながら呟く。


「......ならば妾の力を少し見せよう。その目に焼き付けるといい」


青白い輝きが増していき、青白いローブがシルファを包み込む。

とどまることなく魔力は膨れ上がり、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


「さぁ...魔山の凍てつく風よ」


瞳が青白く輝き始めると、魔神を睨む。


魔神が体を震わせると、全ての鏡を割る。

ゆっくりとリリアを見ると、顔が強張る。


「女王リリア......貴様よもやそのような下等種族に...」


リリアが宙に浮くと右手を魔神に向ける。


「小童が、妾の目を汚すな」


「き...貴様ああああ!」


ボルグが叫ぶと、吹雪が吹き荒れる。


「白亜の魔山の眷族たちよ、顕現せよ。

永久氷結」


凄まじい吹雪が魔神を包み一瞬で凍らせると、リリアが氷の槍を放ち爆散させる。

リリアが地に降りると、スッと輝きが消える。


「...や......やったわ」


シルファが手を震わせ呟く。

しばらくの静寂が過ぎ、カナリアが叫ぶ。


「......彼を!かなり重症のはずよ!」


全員が一斉にリークの方を見ると、アシェラが抱き締めたままか細い声を漏らす。


「...リークさんが......息を...」


カナリアが全速力でリークに駆け寄ると、リークの口に息を吹き込む。

口を離したあとそっと口に耳を充てる。


「大丈夫、微かに息をしてるわ。

私が人工呼吸を続けるから、誰か魔力を分けて。

多分魔力も使いきってる」


「それは私が!」


シルファが駆け寄ってきてリークの額に手を充てて魔力を分ける。

全員がリークの所に集まると、リオメルが手を握る。


「お前こんな所で死んでる場合じゃないでしょう!」


「くそ!俺たちに何かできる事はないのか」


シャルマが拳を握り立ち尽くしていると、リークの足に一羽の梟が止まり

やがて姿を変える。

栗色の長い髪の女性はリークと同じローブを羽織り、

いくつもの本が肩の付近を浮遊している。


「そうじゃ...お前たちにできる事は何もない......。

私のたった一人の家族をこんなにしおって......」


古文書の文字を宿す目からは一筋の涙が流れ落ち、

悲しげな表情で見下ろすルーシュ。


カナリアはそういう彼女の一面を初めて目の当たりにした。









































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る