第十一章 悲嘆なる結末の先 第四話 魔神の巣窟
リークは自室の椅子に腰をかける。
「ありがとう...助かったよ」
カナリアがリークの手を離すと、静かにベッドに座る。
「いいえ、あたしの事黙っててくれたお礼。
少しあなたに話しておきたい事もあるしね」
「僕に何を?」
「そうね...まず簡単な自己紹介ね、あたしはカナリア。
モルドールからさらに東にあるガイアの台地にある天の森林から来たの、平和な所よ」
「聞いたことないな、なんでまたこんな戦地へ?」
リークは頭を上げてカナリアを見つめる。
「最初は時の部屋の時計の針を動かした者を探しにね。
司書ではないかと思ったけど、子供の頃あなたに本を渡した時に気づいたわ。
それからは大図書館によく出入りしているの」
「どうして僕を?」
「大地の声を聞いたからよ。
時進みし後、汝これを探し、共に闇に挑まん。
大地の女神のお告げと村長が言っていたわね。
司書には隠しているけど、そろそろ話さないとって思っていたところでレーミアさんの監視役に遣われたわけ。
最近司書の動向が不穏なのよ、まだ話さずに様子をうかがっているところにあなた達がやって来たというところかしら」
「そうだったのか、僕も師匠の事はよく知らないんだ。
幼いときに師匠に拾われてずっと一緒に里で暮らしてはいたけど、
師匠はずっと禁書庫の奥の自室で一冊の分厚い本を読んでたから...四六時中一緒にいた訳じゃないんだ。
大樹の精霊と遊んでた時間の方が長いかもな」
リークはそう言うとうつ向き悲しそうな表情になる。
「本ねえ......その本をあなたは見たことがあるの?」
カナリアは考える素振りをする。
「本自体を目にしたことはない、読んでる後ろ姿を見ていただけさ。
その本は師匠がいつも持ち歩いて」
「しっ......誰か来るわね。
話はまた今度、あたしはもう行くわ」
カナリアが立ち上がり出口に向かう。
コンコンとドアを叩く音が聞こえる。
「若君入りますよ」
ガチャとドアを開けて、レーミアが部屋を覗く。
「おやおや、カナリアもここにいましたか」
「はい、落ち着かれた様子なので昼食の準備に戻る所でした。
では私はこれで失礼します。
一応リーク様の食事もご用意致しますので、ご気分が優れましたら食堂にいらっしゃいますよう」
そういうとカナリアは部屋を出ていく。
レーミアがカナリアの後ろ姿を見届け中に入る。
「真面目なんですが...そこはかとなくミステリアスな娘ですね。
さてと、さっきの様子ですと何か思い出されたみたいですが......」
「まぁ...断片的にだけど、一瞬昔の出来事が浮かんだんです。
どこか懐かしい母のような人が殺されそうに...。
無我夢中で手を伸ばしました......。
それから僕の意識が光の中に消えました、そのあとの事はわかりません...」
「なるほどそうですか...司書の事も気になりますが、セレネの魔力の反応が薄れているのも気になる所ですね。
私も一度セイレーンを訪ねようかと思ってましてね」
「はい、レーミアさんがセイレーンに行ってくれれば心強いです。
セレネさんは怖い人だけど、必要な人だと思います」
「おっと、私は手出ししませんよ。ですがまぁ...セレネが必要な事はその通りです。
何せ四大精霊のウンディーネと契約してますのでね、セイレーンがいよいよとなるとウンディーネが何をしでかすかわかったものじゃない」
リークはレーミアの顔を見る。
「セレネさんはもう、立てない体だとか......」
「なんと...ノワールはそこまで戦力を蓄えていましたか。
彼一人でもたいそうな強さだというのに、ブラハムがあちらにいますからね。
ともあれまずは、戦いに慣れていただかないと戦地には送れませんね。
では、少し休んで昼食後に再会といきましょうか。
私は少し外出しますのでよろしく頼みますよ」
レーミアはそう言うと部屋をあとにした。
「...少し眠ろうかな」
リークは呟きとベッドに横になり目を閉じる。
輝く光の中を右手を伸ばし少年は駆ける。
鼓動はしだいに速くなり。
視界が狭くなっていく。
もっと...もっと速く!
あらゆる理不尽を飛び超えるんだ!
「リーク!起きなさい!
いい加減にしないと...」
罵声が聞こえ、リークはゆっくり目を開ける。
そこには拳を振りかぶったリオメルの姿がある。
「わ!!待った待った!起きたから!」
リークが慌てて手を上げると、リオメルは不機嫌そうに拳を下げリークを睨み付ける。
「なんで私がお前を起こしに来なくてはならないんですかまったく、子供じゃあるまいし自分で起きなさい!
行きますよ、みんな食堂で待っているんですから」
リオメルはふんと鼻を鳴らすと、ドアを開けっ放してすたすたと歩き去っていった。
「ふぅ、危なかった」
リークはほっとため息をつくと、食堂に向かった。
全員食事が済むと、それぞれ闘技場と三階に分かれる。
リークはアシェラを相手に左手の剣の稽古をひたすらに。
シルファは幾度もリリアにコンタクトを取るも、リリアが拒絶し続けたまま時間が過ぎていく。
カナリアが三人の監督係として、長椅子から様子を見ている。
しばらくして扉が少し開くと、レーミアが姿を現す。
「うん、しっかりやっていますね。
姫君どうですか?リリアからなにか反応は?」
レーミアは魔法陣の中央の椅子に座るシルファの所に来ると、椅子の背もたれに手を置く。
「それが...あれから全然リリアの所に行けなくて......力もそれほど引き出せない状況です」
「いきなり踏み込んだのがまずかったですかね......まぁ根気よく続ける他ないでしょう。
若君とお嬢さんはどうですか?」
レーミアが剣を交える二人を見る。
「まだ左手じゃ思い通りに剣を振れないな」
「いやいや最初よりは全然いい動きになったじゃないですかあ!
それよりリークさんなんでわざわざ左手で剣を?」
「それは......まぁ右手が使えなくなったときのためかな、さ続けよう」
「のぞむところです!」
それから四日間、リーク達は戦闘訓練に励んだ。
五日目の夕食、最後の訓練を終え食卓を囲んでいる。
カナリアが全ての食事を運び終えると、
一番奥の席に座るレーミアが声をかける。
「諸君!五日にわたる訓練、ご苦労様でした。
これより最後の晩餐といたしましょう。
みなそれぞれ素晴らしい成長を見せてくれましたので、私は誇らしい限りですよ」
レーミアの隣に座るシャルマがふんと鼻を鳴らす
「まぁ俺はかなり魔力を上げられたが、猪娘は変化がうかがえんな」
「はあ?ケンカ売ってるんですか?悪いけどそんな挑発には乗りませんよ、ふん」
「なんだ、つまらなくなったじゃないか」
シャルマがクスクスと笑う。
シルファが食事をつつきながら落ち込んだ声で言う。
「わたしが一番何も成長していないかも......」
「シルファも、リリアの魔力を多く引き出せるようになったじゃない。うふふ」
エイラがシルファの太ももをそっと撫でる。
「結局...あれからリリアには会えないままだけどね」
「エリも私もずいぶん強くなった気がします。
レーミアさん今日までご指導ありがとうございました」
リオメルが食事を止めお辞儀をする。
「いえいえ、私は何もしていませんよ。
あなたたちが勝手に強くなったのですよ」
「......みんな聞いて欲しい。
明日の朝僕は、ネルストに向かってボルグを倒す。
すごく危険な戦いになるから、ここに残ってくれても構わない。
だけど......もし皆が戦いに参加してくれるなら、力を貸して欲しい」
リークは席を立つと深く頭を下げる。
レーミアとカナリアを除き、皆がキョトンとリークを見つめる。
リオメルが最初に口を開く。
「お前の思い上がりは大したものですね。
当然皆行くでしょう、それでも倒せるかどうかわからないというのに」
リオメルはそう言うと食事を再会する。
皆もうんうんと、食事を再会する。
ふと視線が気になり、カナリアの方を見る。
カナリアと一瞬目が合うと、すっと目を細め厨房に入っていった。
レーミアが両手を上げる。
「では皆さん、明日の健闘を祈ります!」
食事を終え解散したあと、リークは自室に戻る。
「さて、一度も行けなかったけど、今夜は見に行っておかないとな」
耳を澄ませ廊下が静かな事を確認すると、ドアをそっと開ける。
「わ!!カ...カナリア、どうしたんだい?」
静かに開いたドアの前に、カナリアが黒いマント姿で立っている。
「静かに、ちょっと入るわよ」
カナリアがリークを部屋にぐいぐい押し込むと、そっとドアを閉める。
「司書の命令に背くのね、どうなっても知らないわよ」
少し背の低いカナリアが至近距離で上目遣いでリークを見る。
「自分の道は自分で決める。
それに君を一人で行かせるつもりはない」
リークが強い口調でそう言うと、カナリアはしばらく見つめていたが、ふっと視線を逸らせ椅子に座る。
「......あっそ、助かるわね。
命拾いしたわ、ありがとう。
ああそれと、偵察なら済ませてきたわよ。
入り口も見つけたから今夜は休みなさい、
どうせ行くつもりだったんでしょう」
「偵察って......まぁわかったけど...」
リークが納得いかない様子でベッドに座る。
「じゃあお風呂借りるわね、あなたも後で入りなさいよ。まだなんでしょ?」
カナリアが服を全て脱ぐ。
「おい!脱ぐ前に何か言え!」
リークが顔を逸らして言うと、カナリアは風呂のドアを開ける。
「ちょっと恥ずかしいけど、ドキドキはするでしょ?」
クスクスと笑うと風呂に入りドアを閉める。
「出てくる時はまた裸なんだよな...はぁ」
リークは着替えを持ち立ち上がると、部屋を出て大浴場に向かう。
幸い誰とも会うことなく大浴場から出て部屋に戻る。
静かにドアを開け中に入ると、カナリアがベッドの壁際に寝ているのが見える。
リークはベッドのそばまでくるとため息をつく。
「......おいおいここで寝るのかよ」
「......となり寝たら?半分空けてるでしょ?」
カナリアが目を閉じたまま声をかけてくる。
「...まったく、僕の部屋なんだけど...」
リークは着替えを椅子に置くと、ベッドに横になる。
肩が触れるが十分に広いベッドなので、そこまで窮屈でもないのが幸いだ。
「じゃあおやすみカナリア」
「あら、紳士なのね。
ちょっとじっとしててね」
そう言うとカナリアはリークの胸に手を置く。
「ガイアの神子が紡ぐ。我この者死域に踏み込みし時、
大地の契りを以て生命を繋ぎ止めん。
我の魂、汝の魂はこれより死を共に生を共に」
リークの胸の辺りに魔法陣が浮かび上がると、すぅっとリークの体に吸い込まれていく。
「......これは?」
「御守りと思ってくれればいいわ。
あなたかあたしが死んだ時、もう片方の魔力を半分使い命を繋ぎ止めるの。
あとは少し魔法への耐性が上がるくらいかしら」
カナリアは胸に手を置いたまま、再び目を閉じる。
「あたしが死ぬのも...あなたに死なれちゃうのも困るのよ。
それじゃあおやすみ」
リークも目を閉じると、意識が闇に消えていく。
寒気がして目覚める。
目の前に下着姿のカナリアが着替えをしているのが見える。
「......おはよう、見ちゃったごめん」
リークはぼーっとしながら上体を起こす。
「あらおはよう、別に気にしないわよ。
朝食の準備があるから、あたし先に行くわね。
遅れないように来るのよ」
着替えを終えたカナリアは部屋から出ていった。
それから皆食堂での朝食を終えると、屋敷から出て門へと向かう。
屋敷から出たところに、レーミアとカナリアが並んで立っている。
「諸君、今から君達が挑むのは魔神だ。
死者が出る可能性が高いだろう。
だが皆無事で戻る、それだけは絶対に守るように。
私からは以上です」
「......レーミア様申し訳ないのですが、私も同行したくございます。
シルファ様も不完全の状態...少々不安に思うところがございます」
「ほう......君が...よし許可しよう。
さぁ皆の奮闘を見せるときです!」
ヒューと突風が吹き荒れると、レーミアが風に消えていった。
リークがカナリアの隣に寄ると、耳元で囁く。
「案内頼んでも平気か?」
「ええ、でも皆の前であんまりあたしに近づかないでバレるから」
そういうとカナリアがスッと離れる。
「よし!町のみんなの仇だ!行こう魔神の巣窟へ!」
リーク達は満を持して、ボルグ討伐にネルストへと旅立った。
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