第十一章 悲嘆なる結末の先 第三話 自らの意志

部屋中に冷気がたちこめる。

一番早く行動に出たのはカナリアだった。


「鎖岩!」


部屋の床から岩の鎖が飛び出してくると、

シルファの手足に巻きつく。


「監獄!」


カナリアがさらに地面に片手をつけると、

壁から次々に四角の石が飛び出してきてシルファを覆っていく。


しばらくすると徐々に石の箱が凍り始め、

足下から砕け始める。


「やはりこの程度では時間稼ぎにもなりませんか。

皆様今のうちに先制攻撃を」


「いやいやでもあれシルファさんの体ですよね!?

斬るのはまずくないですか?」


アシェラが刀を握り抜かずに戸惑っていると、

カナリアが声を上げる。


「自惚れないの!!あなたごときの斬撃がリリアに届くわけないでしょう!」


カナリアが叫ぶと同時に、凍った石のつぶてがアシェラめがけて飛翔する。

アシェラは間一髪黒鉄を抜き全て叩き落とす。


「小娘...そのような物、妾にはだたの棒きれにしか見えぬぞ。

妾の前で立って生きていられると思うな!」


シルファの意識を乗っ取ったリリアは、

アシェラに向けて手をかざすと、魔法陣が現れる。


「まずは貴様からじゃ」


「...!!!」


アシェラは瞬時に横へと飛び移動する。


「無駄よ、貴様の内から壊してゆく」


着地したアシェラの片足が凍り始める。


「しまった!アシェラ!」


リークは叫ぶと、片目に古文書の文字を浮かびあがらせる。

リリアの魔法陣を凝視した瞬間。


パリーン


凄まじい破裂音が鳴り響く。


「...ぐっ!くそ!」


リリアの魔法陣とリークの目の古文書の魔法陣が同時に壊れ、

片目を手で塞ぐ。

するとアシェラの魔法が消え、凍った足が元に戻る。


「リークさん!」


「アシェラ!今だ!」


リークが叫び返すと同時に、もう片方の目を輝かせる。


「我に宿りし光の力。駆けろ閃光!」


凄まじい閃光が一瞬、リリアの眼前を通りすぎる。


「シャーユ曲刀宗派奥伝。闇夜桜吹雪」


凄まじい殺気が辺りを包むと、

アシェラが黒鉄を構えリリアに飛び込む。


「...ぬるいな」


リリアがつぶやくと、リリアの回りから冷徹な空気が広がり始める。

アシェラは何かを感じ取り咄嗟に後方に飛び退く。


「ほう......勘だけはいいようだな。

貴様のそれ等とは比べ物にならぬであろう。

永遠に凍てつく山に生まれ幾百年、

数えきれぬ魔神魔法使いを屠り続けた末路がこれだ」


静かにゆっくり広がる冷気。

アシェラがリークの隣にくる。


「リークさんあの間合いに入らないでください、確実に殺されます」


「......感じてるさ...レーミアさんは何をして」


その時、リリアの動きが完全に止まる。

冷気の広がりも止まり、リリアの目がすっと細くなる。


「おのれ小娘が...妾に挑むか......」


リリアが右手を額に充てると、額に魔法陣が現れる。

苦痛に歪み始めた顔を見たカナリアが飛び込んでいく。


「右手にいずるは大地の法!汝を戒めよ!」


リリアがカナリアの方を向くと、ゆっくりと左手を持ち上げていく。


「小癪な魔法を...!」


リリアが左手で魔法陣を出すギリギリで、

カナリアの右手がリリアの頭に触れる。


「審判。牢獄葬」


一瞬リリアが固まると、瞳の輝きがすっと消える。

シルファは目を見開いたまま小刻みに体を震わせる。


「まさか......誰も...殺してないわよね?」


シルファは掠れた声を振り絞りカナリアの腕を掴む。


「......ええ、ご心配は要りません。

リリアが少し動いただけですので......。

あの状態からよく戻られました...少しおやすみください」


「...そう...よかった......」


シルファはカナリアに肩を持たれて長椅子に向かう。

部屋の中で風が吹きはじめ渦を巻くと、中からレーミアが現れる。


「いやはやなんとかなりましたか。

しかしお見事ですね、あの状態から気絶せずに自我を取り戻すなんて。

それと......最も驚いたのはリリアの魔力を一気に押し戻した......」


レーミアが目を細めカナリアの後ろ姿を見据える。

しかしカナリアは振り向くことなく即答する。


「いいえ、シルファ様が最初からリリアの力に抗っておられただけに過ぎません。

リリア当人でしたら私ごとき塵ほどにもなかった事でしょう。

救われたのは私の方でございます」


カナリアが長椅子にシルファを座らせると、振り向きレーミアを見る。


「...ご指示を」


「......ま、そういうことにしておきましょうか。

それでは次は黒鉄のお嬢さんです。

この魔法陣の真ん中に立ち、刀の柄を握っておいてください」


アシェラが真ん中にすたすた来ると柄を握る。


「これなんなんですか?何か始まるんですか?」


アシェラが不機嫌そうにレーミアを見ると、


「ええ、これからお嬢さんには自分と存分に戦ってもらいます。

若君、お嬢さんの目の前に立ってください」


「ん?僕が何か手伝いをするのか?」


リークが剣を鞘におさめると、アシェラの前に行き向かい合う。


「いやんリークさん、そんなに近くで見つめ」


「真面目にやれって」


リークがあきれ顔で言うと、アシェラが口を尖らせる。


「それで?僕は何を?」


「若君はただ立っていてくださいね。

お嬢さん、今目の前にいるのはお嬢さんの最も大切な...そうですね?」


レーミアが問いかけると、アシェラは真顔になりレーミアを睨む。


「ええ、それが何か?」


「おお怖い......でしたらお嬢さんは必ず彼を守るのですよ」


「はい?誰からですか?」


「勿論......あなたからです」


レーミアが魔法陣に触れると、魔法陣が輝くと共にアシェラの目が見開かれる。


「さてと若君はこちらへ、右手を出してくれますか?」


レーミアが部屋の奥にある棚から一冊の本を取り出す。


「え?アシェラは...?」


リークがアシェラの目を見つめ戸惑っていると、レーミアが本を開きながらこちらを向く。


「ああ大丈夫、彼女は今若君の事は見えていません。

彼女の心は今成長途中です。

無邪気な殺意や快楽に溺れ斬殺する自分に対して、命の尊さという本来欠けてはならないものを取り戻そうとしてます。

内なる自分に常に勝ち続ける事ができるようになれば暴走することはなくなりましょう。

負けた時はその刀を抜き若君を切り裂きますが...彼女は必ず勝つことでしょう。

目の前にいるのがあなたであれば」


「そうなのか...わかった。

アシェラ頑張って」


リークはアシェラの目を見つめそう言うと、

レーミアの方に歩いていく。



ここは...


(さぁ刀を抜き目の前の生き物全てを斬り捨てなさい)


......何を言っているんです?


(今までもそう、あたしはずっとそうしてきたのよ)


......そうでしたね......でも今は...


(あたしは変わらないわ、今もこれからもね。さぁ斬りなさい、あなたの運命よ)


......剣の鳴き声を聞いたことがありますか?


(何を言って)


あたしの刀もきっと、美しい鳴き声なんでしょうね


.....あの人を守り通せたなら....きっといつか





リークは右手を出し、レーミアを見る。


「何が始まるんですか?」


「まずは......右手の状態を確認しましょう、私は医療はあまり心得ておりませんので本の力を借りてね」


レーミアが本をぽんぽんと叩き笑顔で答える。

レーミアは右手に触れると魔力を集中させる。

しばらくすると本が開きぱらぱらめくれ始める。


「さて、何が出るか......おっと」


本がぱらぱらとめくれ終わると、パタッと閉じてしまう。


リークとレーミアが無言で本を見つめていると、部屋中に凄まじい殺気が広がる。


「まさかそんな!」


レーミアとリークが慌ててアシェラの方に、


「おいこらあたしを騙したなおっさん!!」


アシェラが手を上げて走ってくるのが見える。


「完全に放置されてるじゃないですかあ!

あたしの扱い雑じゃないっすかね!

ね?リークさんもあたしを置いてっちゃうなんてー」


アシェラがリークの背後から抱きつく。


「いやいやこれは驚きの連続ですね。

まさかこれほど早く戻られるとは」


レーミアが頭をぽりぽりかきながら苦笑いする。


「ざまぁみろですよ!あたしにはちゃんとした信念ができたんですよ!まったく」


アシェラがリークの背中に顔をすりすり擦りつける。


「あのアシェラ?......あとにしてくれない?」


リークがやれやれと肩を落とす。


「あとでならいいんですね!!

聞きましたよ!

では今は我慢します」


アシェラが離れてニコニコと隣に並ぶ。


「それはまぁさておいて...これは困りましたね、医療本が診断不可能ときました。

ふむ......これでは治療の方法が検討もつきませんね」


レーミアがしばらく考えこんでいると、シルファがカナリアに連れられ長椅子から立ち上がり歩いてくる。


「どう治せばいいのかはわからないけど...何があったか...は知っているわよ」


「ほう?と言いますと?」


レーミアがシルファの顔を見る。


「...そういえばグランディールでも右手の事を...」

リークが振り返りシルファの顔を見る。


「ええ、魔法を使った時に右手が輝き出した。

その時に襲われ死ぬはずだった人の傷が無くなったの。

治ったというよりは......まるで襲われた事が無かったかのように。

そのすぐ後に右手の光がおさまった、その瞬間にはもうその右手は鮮血に染まっていたわ。

どうなったかまではちょっと...わからないけど」


「シルファさん何を言ってるのか全然わかりませんよ?」

アシェラが眉を寄せてうさんくさそうにシルファを見る。


「......少し興味深い話ですね」

レーミアが口に手を充て考える。


「...そうか......あの時...僕は守ったんだ......うっ!」

リークは目を見開くと、虚ろな目で虚空を見つめる。

そして頭をかかえうずくまる。


「頭が...!」


「大丈夫よリーク」


シルファがリークの傍にきて被さるように抱きしめる。


「うわぁ!今そんな」


アシェラが大声を出した瞬間、シルファが自分の口に指を充てて見せる。


「静かに!ごめんね...今は静かに見てて...すぐ離れるから」


シルファの真剣な顔を見て、アシェラは唖然と見つめる。


「...はい...わかりました......」


リークの小刻みに震える体が止まる。

呼吸が落ち着くと、静かに声を出す。


「もう大丈夫だ...ありがとうシルファ...」


シルファがゆっくりと立ち上がる。

その後にリークもゆっくりと立ち上がると、うつむいたまま部屋の出口に向かう。


「すいませんレーミアさん...少し休憩させてください」


「その方が良さそうですね、若君は自室にお戻りなさい。

あとで私が伺いましょう」


レーミアは鋭い眼差しでリークの背中を見つめる。


「私がお連れ致します。レーミア様はお二人の訓練の続きを」


カナリアがそう言いリークを追いかけ背にそっと触れると、

手を引いて部屋を出ていく。


しばらくの沈黙が過ぎ、アシェラが声を出す。


「何ですか今のは...リークさんにいったい何があったんですか」


「リークはある時から前の記憶が無いの......忘れてはいないわ、思い出せないの」


シルファがゆっくり長椅子に向かうと腰をかける。


「なるほど......これは父君の魔法ですね。

クロノス塔の時の部屋での話...司書は何かを隠して...」


レーミアが考える素振りをすると、シルファが話を続ける。


「あの人がリークに何をしたのかはわからないわ......それでも、

リークを救ったのはあの人よ」


「......リークさんの過去を...知っているんですか?」


アシェラが悲しそうにシルファを見つめる。


「ごめんねアシェラ、私からは何も......言えないの」


そう言うとシルファはうつむき黙りこむ。


「そうですか......姐さんも何も教えてくれませんでした」


アシェラもうつむくと目を閉じて唇を噛み締める。


「よし、あなたたちは今日はこれで終わりにしましょうか。

姫君もお嬢さんも部屋に戻りなさい。

私は闘技場の四人の所に行きますので」


レーミアは本を棚に戻すと、風の中に消えていく。

シルファも無言で席を立つと、ゆっくりと部屋を出る。


「何であたしは......知らないのよ...」


独り残った部屋で立ち尽くすアシェラ

悔しげに唇を噛みしめ、瞼を少しあげる

その目からは涙がこぼれていた





























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