第十話 ラギヴァ将軍
出発して数時間、もう日も真上に登り切ったころ、俺たちはいくつかの丘や兵站基地を越え、国境を真近としていた。
「ダルトン。そろそろ見えてくるぞ!」
「了解です。 モモ、あと少しだ。頑張れ!」
「クエッ!」
国境に近づく程に、踏みしめる大地から緑が無くなって行き、ついに裸の大地しか無くなった頃、それは俺たちの前方に現れた。
「見えたぞダルトン! あれがカルゼナス要塞だ!!」
「うわぁ⋯⋯、す、凄ぇ⋯⋯!!」
俺たちの前の一際大きな丘に、丘そのものを隠すようにそびえ立つ巨壁!
そして、丘の頂上に立ち、辺りを一望出来るであろう巨塔!
あれが対帝国国境要塞“カルゼナス”か!
要塞その物の巨大さもさる事ながら、あの城壁その物からも、何か不自然な威圧感を感じる。
壁の色と矛盾する銀の光沢からして、あれはただの城壁じゃない⋯⋯⋯⋯まさか、大量の抗魔石が使われている!?!?
「クッハッハッハッハ、分かるかダルトン! あの城壁は王城と同じシロモノだ! 我らが王国の本気を感じるだろう?」
「王城とッ!?!? そ、それはっ⋯⋯すごい! 凄い以外言い様がない! スゲェ!!」
足を動かしたまま、さも自分のオモチャを自慢する子供の様な顔を向けてくるサーロンドにつられて、こっちも素を出してはしゃいでしまった。
だって仕方がないじゃないか。
俺だって男だ。デカイものにテンションを上げずにはいられないのだ。
これを見てテンションが上がらない者は男でないと断言出来る。
その証拠にほら、モモは俺たち男のテンションに困惑気味だ。
「ん? 城門の前に人がいますね。城壁の上にも人だかりが⋯⋯」
要塞に近づくにつれて、その集団がより鮮明に見えてくる。
向こうはこちらが近づいていることにとっくに気がついていたらしく反応は無かったが、城壁の上からは歓声が上がり、風に乗って熱気を伝えて来ていた。
「な、何かすごく盛り上がってますけど⋯⋯一体⋯⋯」
「ああ、出迎えを命じておいたのだ。あれらはその隊員だな」
「で、出迎え?!」
わざわざ出迎えてもらえるとは微塵も思っていなかった。
ラギヴァ将軍がどんな人物か分からず不安に思っていた気持ちが、少しだけ解れるのを感じる。
もしかしたら、俺はここでうまくやって行けるのかも知れない。
解けた緊張に代わって、俺の胸に新たな仲間や仕事への期待感が込み上げてくる。
一書記官にここまでしてくれる将軍の下であれば、事務院にいたときのような扱いは受けない。絶対に!
そんなことを考えながら、もう少しで城門に到着しようかと言うところまで来た時、城門前にいた隊員たちが、こちらに向かって動き出し、その中の一人が声を掛けて来た。
「おーう、お帰りさん。そちらさんが新しい?」
「うむ! ランダス、出迎えご苦労! 彼が今日から我が隊の補佐官となる、ダルトンだ!」
ランダスと呼ばれた男は、槍を持っていない方の手で頭を掻きながら気怠げにしつつも、口調や声のトーンからは、サーロンドへ対する親しみが聞いてとれた。
「その男がダルトンか。お前は先に進め。レイガスが待っている」
「あっ! はい————えっ!?」
ランダスと呼ばれた男の後ろから声を掛けられて、慌てて返事をしようと視線を向け、一瞬思考が停止する。
「⋯⋯? どうした」
「あー、多分お前さんが二人いるからじゃねぇか?」
「え? なんで、サーロンドさん⋯⋯二人⋯⋯え?」
「そうか⋯⋯俺に扮したか、ラギヴァ」
そう。
後ろから声を掛けて来た男は、今隣にいるはずの男……サーロンドに瓜二つなのだ。
違いがあるとすれば、隣のサーロンドは上半身に何も着用せず武器も持たないところ、目の前に現れたサーロンドに瓜二つの男は、真っ赤な防具を全身に着用し、その背に大剣を装備している点くらいだ。
それ以外は、顔も声も慎重も一致している!
「サーロンドさん、これは⋯⋯」
「む、そう言えばずっとサーロンドとして接していたな」
助けを求める様に隣のサーロンドに説明を求めようとした。
現実的に考えて、彼は双子の兄弟か何かだろうとも思った。
だが、隣のサーロンドのとった行動は、俺を更なる混乱へと叩き込むことになる。
サーロンドが首に下げていた首飾りを外す。
すると——
「なっ!?!?」
いつの間かサーロンドの髪は黒く染まり、ただでさえ大きく逞しかった身体は、更に頭一つ分大きく、そして太くなる。
気が付けば、サーロンドと思っていた男は、黒髪の巨漢に変わっていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
あまりの出来事に、開けた口を閉じることすら忘れ、ただ呆けるしかない。
「くははははっ!! 間抜けな顔だなぁ、ダルトン! シャキッとしないか!」
「いやぁ、普通の反応だろうぜ⋯⋯取り敢えず本当の自己紹介でもしておいたらどうだ?」
本当の自己紹介⋯⋯?
⋯⋯てことはサーロンドでないのは確定だ⋯⋯。
じゃあ一体誰なのか。
幹部級であることは確定だろう。
でなければ“権証”なんてとうてい持たせられない。
「私はラギヴァ! 【必滅】の隊長であり、今日からダルトン、お前の戦友となる者だ!!」
「————————」
これが俺とラギヴァとの、初の対面だった……。
ラギヴァ戦記〜剣と魔法の世界を物理最強がねじ伏せる〜 DarT @DarT
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