閑話 出迎え作戦()

 突然だが、ラギヴァ将軍の直轄部隊【必滅】には、役職上の序列がない。

 いや、そもそも「副隊長」や「参謀」、「〜長」などの役職そのものが存在しないのだ。


 これは言うまでもなく、部隊としては異例も異例である。


 王国の将軍はラギヴァ含め六人おり、それぞれが自身の直轄部隊を率いているが、その中でも副隊長すらいないのはラギヴァ率いる【必滅】だけだった。


 これは、ラギヴァ自身の考えの表れでもある。

 その考えとは、一言で言うならば“対等”だ。


 ラギヴァは、自身と隊員は対等であり、戦闘においてこそ自身が指揮する形になるが、それ以外は全て対等な関係、一戦友として隊員へ接している。

 つまり、ラギヴァは自身と隊員との間はもちろんのこと、隊員同士もまた対等であるとの考えから、部隊内に隊長以外の役職を設けていないのだ。


 しかし、【必滅】も組織であり人の集団である以上はどうしても発言力には差が生まれ、暗黙の了解による序列が生まれる。

 そして、その暗黙の了解から幹部としての扱いを受けているのが、将軍から直接勧誘されて入隊した者たちだ。


 そんな彼らには、ある魔道具が渡されている。


 〈盟環晶〉

 対となる魔道具が自身からどれ程の距離にあるのかを大まかに教えてくれる魔道具である。

 あくまでも分かるのは距離であって、方向までは教えてくれないが、要人警護には重宝されており、実際に近衛騎士団が一部の王族との間で使用している。

 将軍が手紙に帰還時の出迎えの具体的時間帯を書かなかったのは、この魔道具をレイガス含めた複数人の隊員が装備しているという事実があるからこそのことだった。

 そして、将軍不在のカルゼナス要塞でまさに今、この魔道具はその役目を果たし、一部の隊員に将軍の接近を知らせていた。

 カルゼナス要塞の長い廊下を、二人の隊員が歩いている。

 その二人の特徴的な耳と尻尾から、彼女らが猫人族であることが分かる。

 二人は会話をしながらも早足であることから、彼女らは散歩をしているのではなく、何処か目的の場所へ向かっている最中であることを察して、他の者も道をあける。


 二人が廊下を進んで少しすると、今まで過ぎた部屋に比べて豪華な造りとなっている扉が見えて来た。

 二人はその扉の前に立ち、ノックもせずに躊躇なくそれを開いた。


「レイガス〜、ニナちゃんが来たにゃー! ……うにゃ? ウチらが最初だと思ってたのに。サーロンドが一番とは以外だにゃ?」

「うん、早いね……近くにいた?」


 将軍の接近を察知したニナーニャと妹のニトーニャが入った部屋はレイガスが将軍に代わって押し付けられた仕事を捌く、執務室だった。

 元々将軍が戻って来るタイミングで、一度レイガスのもとに集合する手筈となっていたのだ。


 そんな訳で、ニナーニャ自身他の隊員も自分より先にいるかも知れないとは思っていたが、それがいつも最後に来るサーロンドと言うのは、少し意外に感じた。


「ああ、そろそろ戻って来る頃かと思ってな」

「相変わらず将軍のこととなると恐ろしい察知能力だにゃ……魔道具を超えてるとか意味分からんにゃ」

「アイツとは波長が合うからな。何となく分かる」

「ふーんーーぅにゃ!? れ、レイガスはどうしたのにゃ? 何とも凄いことになってるにゃ……」

「むぅ……今は話しかけるべきでは無いだろう。俺が来た時には既にアレだった」

「これが……瘴気?」


 三人の視線の先。

 そこには、目を赤く光らせ、何やら白い気体をフハァアア!と吐きながら怪しく笑う老兵、レイガスの姿があった。

 【赤鬼】の名で恐れられるサーロンドもこの様な状態のレイガスに声をかけるのは躊躇われ、壁に寄りかかりながら、腕を組んで見ている事しか出来ないでいたのだ。

 今三人の目には、レイガスの纏うどす黒い瘴気が確かに見えている。


「うわぁ、アレだにゃ……少し前のサーロンドみたいだにゃ」

「…うん。戦う時のサーロンドみたい…」

「ーーあれが、俺か……」


 確かに、入隊してしばらくの期間は戦いのことしか頭に無い、所謂戦闘狂であったことは自覚していたが、それも今は過去の事。

 そんな頃もあったなと言う程度の認識しかしていなかった。

 だが、目の前のアレがその頃の自分に似ていると言われては流石に思うところが有るのか、猫姉妹の発言に、サーロンドは顔をしかめて唸る。


「ふっはははは、ハッハッハハハハ……ラギヴァアア……帰ッテ来オッタカ……フハハハハ!」

「「「………………」」」


 その後、一人、また一人と隊員達が入室しては、各々のリアクションをして、遂に幹部とみなされる隊員が全員執務室に集合した頃になってようやく、レイガスは表面上は落ち着きを取り戻した様に見えたが、相変わらずその瞳には不穏な色が浮かび、爛々とした光をたたえている。


「さて、もうみんな集まったし、最終確認としようか」


 レイガスが落ち着きを取り戻したのを確認して、長い白髪の隊員が口を開く。


「先ず、ラギヴァが帰って来るのをみんなで出迎えるのは要望通りにしよう。その後でレイガスが書記官を中に招く。そうして書記官を退避させてから全員でラギヴァにお仕置きの流れだったね。ニナーニャ、トラップの準備は万全かい?」

「にゃっふっふ! 準備万端! いつでもいけるにゃ!」

「うん。ドーナム、今回もお願いするよ」

「むぅ……仕方あるまいの。本当は疲れるからやりたく無いんじゃが、流石に今回は目に余るでな。地形の修復作業は任せい」

「すまぬ、ドーナム殿。毎度苦労をかける」

「いやなに、儂も今や隊員よ。気にせんで良いとも、レイガス殿」

「じゃあ、作戦の具体的内容に入るよ? ラギヴァを食い止めることが出来るのはサーロンド、カスカ、ウルリカ、それとランダスだけだからね。君達は前衛で彼を食い止めて、後衛のーーーー」


 次々と白髪の隊員、リーナによって作戦内容が確認されてゆく。

 今回の作戦において最重視されるのは、作戦開始まで【必滅】以外の者に将軍の不在を知られないことであり、そのためにも今回の作戦への参加者は非常に限られていた。

 

 こうして将軍不在の要塞では、ラギヴァ達の出迎えの準備が着々と進められていく……。

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