第6話 帰郷

「おかえりなさい」


 久方ひさかたぶりに家に戻ると、家族や使用人が無駄なほど大々的に迎えてくれた。

 その間始終、にこやかに微笑んでいた蔡の妹は、母親が寝室に下がるとようやく、笑顔を脱ぎ去ってそう言った。

 この妹は、よくよく猫を被っている。


「ああ、ただいま。色々とありがとう。助かったよ」

「そうね、おおいに感謝してもらいたいわ。一角ひとかどの人物ならともかく、ただの凡人をやしきに入れるなんてって言われたり、お母さんをおさえたり、大変だったのよ。それでなくても、お兄さんの上官には色々と言われたし」

「悪かった。今度、何かしてやるよ。どこか連れて行こうか?」

「それじゃあ、どこに行くか考えさせてもらうわ」


 つんと、素っ気無く応じる。しかし実際、迷惑をかけたには違いなく、蔡も文句は言えない。

 それだけで自室に戻るかと思いきや、妹は、意外そうに首をかたむけた。


「ところであの人。人間って、どれもあんなのなの?」

「いやいや、彼は、稀有けうな人材だよ。どうしたんだ、お前が興味を持つなんて珍しい」


 箱入り娘で気軽な外出を禁じられているということもあるが、この妹は、機会があっても人界に出ようとはしなかった。

 妹は、見かけだけは可憐な姿で、可愛らしく肩をすくめた。


「お兄さんが兄弟のちぎりなんて結ぶから、驚いたんじゃない」

「便宜上、そうなっただけだろう? もう二度と会うこともないんだ、どうということはないだろう」

「…お兄さんって、やっぱりお兄さんよね」

「何のことだ?」

「少しは変わったかと思ったら、全然だもの。面白くない。あの人も、災難ね。お礼を言いに行くくらいしないの?」


 妹の呆れたような発言に、蔡は、驚いてまばたきを繰り返した。一体、何を言い出すのだろう。


「礼なら、お前がやってくれただろう?」

「手紙のお礼じゃなかったの?」

「ああ、そうだ。ちゃんとしただろう?」

「椀を戻す手助けをしてくれたことに対しては?」

「必要はないだろう?」


 何故か妹は、深々と溜息をついた。

 相応以上にむくいているはずだ。路銀は渡し、ただふみを届けただけにしては法外な値の礼物も渡した。

 その礼物が戻るべきところに戻ることで、劉は望んでいた金を手に入れ、蔡は家で戻ることができるようになった。一挙両得だ。

 どこに、礼など言う必要があるだろう。


「…あの人、一年以上も市場に立っていたわよ? その手間に、お礼を言う必要はないの?」

「金がほしかっただけだろう?」


 あの椀は、みるべき者が見なければ、その価値には気付かない。その人物に出会うまでに、少々手間取っただけのことだろう。

 蔡には、感謝する必然性も、当然ながら文句を言われる心当たりもなかった。

 だが妹は、呆れるように肩をすくめる。


「ちょっとないわよね、あそこまでの愚直さって。だまして悪いって思うものよ、まっとうな心を持つならね。もう自由の身なんだから、会いに行くくらいすればいいのに」

「気に入ったなら、お前が行けばいいだろう」

「厭よ。私が世話になったわけでもないのに、どうしてわざわざ」


 お休みなさい、とげ今度こそ自室へと去って行った。別に、劉にかれたとか人間に興味を持ったというわけでもないらしい。

 ただの交換条件にこだわるなんて妙な奴だと思いつつ、蔡も、数年ぶりの自分の部屋へと引き上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇縁 来条 恵夢 @raijyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る