大手町のゴースト
@red0817star
第1話
ビルまたビル。その向こうもビルディング。見上げれば青空切り刻むアスファルトの断崖迫り・・・見上げつつ回り踊れば、あのいやな「ビジネスのめまい」に崩れそう!
毎朝、課長は、東京駅に降り立つ。
そこには、たちならぶビルたちが課長をお出迎え。大銀行に大新聞、大商社に大メーカー、大会社、大会社、そしてまた大会社。
大手、大手また大手、大手企業のビルだらけ。いやになるほどビルの街。アオゾビル、センタービル、スクエアビルに、ファーストビル。
ビル、ビル、ビル、ビル、ビビビのビル!
東京駅前から大手町・・・といえば、昔は三十三メートル十階だての、切り揃えられた白いケーキのような建物たちが行儀良く並んでいた。それがここ数年の再開発で、ビルたちはわれ勝ちに、不揃いに、思い思いに成長し、オフィスの青い空を、むやみに切り裂いた。オフィス街には開発の、乱調が続いていた。
ああ大手町。東京駅から歩いて十五分ほどのビル二階。そこに総務課長のオフィスがある。そのビルは三十三メートル十階だて、一年後には再開発の魔手にかかる老朽建物「毬ビル」である。
早朝。
今日も課長は一番のりで出勤。デスクについたとたんに電話が鳴る。
「こどもが病気です。お休みさせてくださあい♪」
悪びれもせず、申し訳なさそうでもない、朗らかな女の声。戸惑うでもなく事務的かつ迅速に課長は答えた。
はい。そうですか。お大事に。ああ・・・お大事に。
ついこの間まで三か月の産休をとっていた経理係の宮坂さつき職員(三十二歳)。まただ。職場復帰後、生まれたばかりの赤ちゃんと母親の、親子交代でかわるがわる病気になり、ちょくちょくポカ休する。
「・・・」
ということは今日も私が伝票を切るのだ。自分で切って自分で決裁するのだ。そう課長は思い、観念し、心は萎れた。
そして彼は今日も遅刻だろうか?
彼とは課の筆頭の男子職員だ。名は天野光雄。五十代なかば。課長よりも一回り以上も年長。職位は調査役(そういう名前の実はヒラ社員。失礼!)。
この人は「人生廃業」の人であった。「人生、廃業!」というのが口ぐせだった。もう課長になる目もない。それは俺が悪いんじゃない、上のせいだ。世の中のせいだ。もういい!もう誰にも何も、のぞまない!いうだけいって、しかし、最後はわりと陽気に「人生、廃業!」と叫ぶ。
きっと、また遅れてきて、上目づかいに少しお茶目に、
「すんませえん、地下鉄に乗り遅れちゃってえ」
とか、首肯しえぬ理由を並べて陳謝する。そのとき、職位は上でも会社と人生の後輩である課長は、きっとこういうのだ。この課長はこうとしかいえないのだ。
「いいんです。いいんですよ天野さん。でも、これからは気をつけてくださいね・・・」
・・・それから確か、あと三人くらい部下がいたはずだ。思い出すか?いや思い出したくない。きっと思い出しても、出口なき立腹があるだけだから。きっと。
課の状況など説明してもつまらん。
つまりこんな総務課でよろしいということなのです。総務課には、その程度の仕事しかないってことです。課長がひとりでこなせっていってるのだ。じじつ、残業といえば、課長はだいたいが一人で請け負った。管理職には残業手当がないので会社に経費負担がなくてすむのです。課長が一人でタダ働きして泣けばいいってことなのだ。
ところで、この課長の勤め先のビルには、お化けがいた。そのお化けは、総務課長が一人で残業していた昨晩、あらわれた。
・・・つづく
大手町のゴースト @red0817star
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大手町のゴーストの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます