解題(後)
16
僕の膝の血を吸うために
コムラサキ、という蝶がいます。構造色による青色の翅をもち、力強く飛ぶ美しい蝶です。
夏のあいだ、やなぎの木の下で休んでいると、ハタリハタリとやって来て、私の汗ばんだ肩にとまります。それはどうやら、汗の水分とミネラルを吸っているようなのです。
あまりにも綺麗な青色なので、少し怖い。すりむいた傷に滲む血の赤と、この世のものとは思えない蝶の青とは、ひどく相応に感じてしまいます。
17
蛍よ眠るな 丑三つの月
暗い夜ほど飛び交うホタル。曇りや新月の日には特にはりきって飛んでいます。さらに、時間帯で言えば午前二時頃が最も盛んであるそうです。
多く「繁殖」と言えば満月を思い浮かべがちですが、ホタルは違うのですね。
霊的なものの時間に光るホタルは、“生命のにぎわい”というよりも“死霊のあそび”。そんな風にも思えてしまいます。
18
夜に紡ぎ、昼に編むのだ。忘れてはいけない
詩を書くようになってから、夜中にメモをとることが増えました。夢との境で産まれた言葉を、朝までとっておくためです。
ただ、その時産まれるのは、あるいはとっておけるのは一・二言、ちいさいフレーズだけです。「詩」と成っていくのは、昼のあいだのふとした瞬間。電車に乗ったり、コーヒーを飲んだり、小鳥を見かけて立ち止まったりした時です。
私なりの詩の書き方を、そのまま詩にしてみたものでした。
19
いっとうの蛍、が川を出ていく夜だ。
『金木犀を追って』で「落蛍」を書いた後の詩。「落蛍」は製作期間が比較的長かった作品で、その間、私の中には常にホタルが舞っていました。
あちらはホタルの季節の終わりを視覚的に表現してみようとした詩ですが、こちらはより私の内面に関わった詩です。
星のように輝くひとつの言葉を、外に出してしまった。その達成感と、ほんの少しの寂しさ。の、詩になります。
20
こだまになるのだ。いつか、この唄さえも。
山肌に反響して返ってきた呼び掛けは、「木霊」とも書かれることを鑑みても、もとの音声ではありえません。これはつまり、どんな想いを籠めたとして、唄/詩がそれを保持できるはずもないということではないでしょうか。
ただし、向こうの山まで届くとするなら、それはそれで嬉しいことですね。
21
満天の青空だ。抜けるような星の空だ。
星空を見て、彼らが自ずから光るものだと、確信できるでしょうか。星は夜空に空いた穴のように、私には思えます。黒い紙に針を刺してから光へ翳すような。
だとすれば青空とはなんでしょうか。空というものが単なるスクリーンに過ぎないとするならば。
後半のフレーズを書きたくて、組み立てた詩です。
22
ネオンの夜に、それでも墜ちる月、流れる星
星の運行は、人の人生とはまるで関係なく進んでいるようですね。少し古臭いビカビカの明かりや、その下にいる人間の事情、夜の街すら視野にも入れずに。
街が朝を迎えるその時にも、街は夜空に見放されています。
23
ひんやりと揺れるあなたの手を夢にみていた
真っ白な白い手が、風になびくように揺れている。というだけの夢。
誰の手なのか、人の手なのか。私には判別できないそれを「あなた」と呼んだのは、その手に近づきたいなどという思いがあったからなのでしょうか。
『金木犀を追って』「ホワイトノイズ」にも近い詩です。
24
俯いて歩く青空から首吊りしている人びと
歩きスマホをして道を行く人びと、その頭上に、夏の真っ白な入道雲。もったいない、なんて言う以前に、不気味な首の角度をした、首吊りの影を感じてしまいました。
と、この詩を書いた私も、道端でスマホをいじっていたわけですが。
25
あなたの故郷を 茶色い川は流れているか
コンクリ三面張りの「川」ばかり見ていると、たまに見かける濁った小川に様々なことを考えてしまいます。
駒引き伝説で有名な淵を訪れたときは、土濁りがひどく、キラキラとした茶色のうねりがゆっくり流れていました。あの底に河童や諸々の怪物が潜んでいないと、誰も言うことはできないでしょう。
そのような川を、見ることはありますか。もしも今、遠く離れてしまっているなら、どのように思い出しますか。
26
幸福である必要はないな 君も 僕も。
詩ではあえてカッコをつけなかったのですが、「幸福」という言葉は個別の前提なしに語ることができないもののはずです。
ヒトは幸せになるために生まれてきた。なんて、君と僕にはそんな風に追い詰められる理由は無いのじゃないか?
「二人居るだけでシアワセ」なんて嘘だけど、このままで悪いことなんて、なにもないかも知れないでしょう。
27
我が児よ、
原型は「我が詩よ」。「円なる幸福」は満月のこと、と思って書きました。
手の届かない満月に、手の届かない「幸福」を重ね、自分の一部を月光へそっと浮かべるように想う。
静かの海へアポロ計画が届いたのは僕らの生まれてくるずっとずっと前ですが、月へ行くことは、未だにとてつもなく難しいですね。
28
かつての 孤独であった夜明は 失われた
たった一人、よいどれの深夜は、満たされた気分でいました。時が経って失われたその時間を、どう伝えればいいのでしょうか。
今は詩も想いも分かち合える、仲間と共に朝を迎えています。その仲間たちに、孤独だった充足を、どうやって。
29
ただ一度だけ行き交わしたひとを想い出した
たった一度の邂逅が、生まれ変わった後にも別たれない永劫の縁であること。袖振り合うも多生の縁、などと、もはやチープかも知れませんね。
失われたものであるかのように想い出すそれは、今生のものなのか、他生のものなのか。
コメントにいただいた「愛を交わす」のような、ロマンティックな縁なのやも知れません。
30
詩は毒だ。遅効性にして死に至らしむ。
ひとつの出来事、芸術によって、それまでの考え方がひっくり返ること。センモンヨウゴでこのような働きを異化というそうです。
過去のじぶんを殺しながら、誰もが生きています。詩人であると自称するなら、それは詩によって為されるのだと、言ってみたいものですね。
何年も前に、何気なく読み飛ばした言葉が、ほんの少しのきっかけでつながることがあります。書かれた言葉の裏には書かれない言葉があり、それらが、ちょっとした光の当て方で二様にも三様にも姿を変えることがあります。
一行しか書かないことで、「書かれない言葉」を作れたら。そんなコンセプトでこの『一行詩』は投稿されました。お読みくださった方々へ遅効性の致死毒を放てたなら、この詩集は完成と言えるのだと考えています。
「解題」は以上となります。
こんな蛇足の部分まで読んでいただいた方には、最大級の感謝の念しかありません。
それでは、また、いつかの詩で。
一行詩 相園 りゅー @midorino-entotsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます