おそうじ当番

御剣ひかる

おそうじ当番

 ぼくのうちの近くには、花見の名所って言われているところがある。

 毎年、たくさんの人が桜を見に来るから、三月の終わりから四月の初めは、ちょっとユウウツだ。

 桜はきれいだから好きだけど、あのお花見の人達は、はっきり言ってきらいだ。うるさいし、ゴミちらかすし、ぼくの家の前とかに車を勝手に停めたりするし、迷惑なことばっかりだ。

 土曜や日曜の朝は早くから、レジャーシートを広げて場所取りなんかしてたりする。どっちが先に取ってたとかケンカになってることもあって、どなり声が聞こえてきたりしたら、怖いしうっとーしー。

 でも近所の大人の人達は、喜んでる。お店にたくさん人が来るから物がよく売れるんだって。

 散らかった後片付けはボランティアの人達でなんとかなるし、町内会からもお当番が出てるから問題ないらしい。たくさんのきれいな桜を毎年楽しめるうえに商売ハンジョー、バンバンザイ! ……らしい。

 よくわからないなー。ぼくはうるさいのや怖いのがいるよりは、いつも通りがいい。大人になったらわかるのかな。


 今年もまた、お花見の時期がきて、たくさんの人が来て、ちらかって、うるさくなって、桜が散っていくのと同じように、人もいなくなってった。

 公園に残ったのは、いつも通りの静けさと、ゴミと、散った桜の花びらがたくさん。

 多分、明日になったらおそうじの人達が片付けるんだろうな。

 そういえば小学校からも高学年がおそうじボランティアに参加するって言ってたっけ。じゃあ来年はぼくもやるのか、うわー、サイアク。

 お菓子とかジュースとかもらえるみたいだから、悪いことばっかりじゃないけど。

 そんなふうに考えながら、布団に入った。


 夜中、目が覚めた。

 いつもは朝まで寝てるのに、どうしてか今夜は、いきなりぱちっと目が覚めた感じ。

 んー、別にトイレに行きたいわけじゃないのになぁ?

 まぁいいや。何か飲んで、また寝よう。

 台所に行って牛乳をコップに入れて飲んで、よし、部屋に戻ろうか、と思ったけど。

 なんだろう? 外がすごく気になる。

 別に何があるわけじゃないんだろうけど、なんて思いながら居間のカーテンをそっと開けて見る。

 うん、別に何もな……、い……?

 な、なんだ、アレ?

 桜の公園のところに、なにか、いる。

 よおぉく目を凝らしてみると、……おっきいヒツジだ。ピンク色の。あれきっと近づいたらぼくの胸くらいまであるよ。

 もっこもこのうすピンク色のヒツジが、ほてほてっと歩いてる。

 ぼく寝ぼけてるのかな? ううん、でも何度目をこすってもヒツジは消えて無くならない。

 あぁ、すっごい柔らかそうな毛! あそこにボフっと突っ込んだら、ぽわわんって気持ちよさそうだ。きっと上に寝そべったら体がふんわり沈み込んで寝心地よさそう。

 歩き方もかわいい。体は大きいのに、軽やかで、ちょっと跳ねたらそのまま空にぽーんとうかんじゃいそう。

 アレ、何なんだろう? なんか目的あるみたいだけど、何するんだろう?

 目がはなせないでじっと見つめてると、ピンクヒツジは公園の真ん中にもこもこっと歩いて行った。そして、軽やかにジャンプした。

 すごい。ただぴょんと跳んだだけなのに、ぽふぅん、って一メートルぐらいの高さに跳び上がってる。

 どうやってるのか空中にぷかぷか浮いているヒツジは、大きく息を吸い込んで、地面に向けてぶわわぁっと吹きかけた。

 うわぁ! 地面にたくさん散っていた桜の花びらが! 空にたくさんまい上がった!

 公園を照らす白っぽい明かりのなかで、ヒツジのうすピンクと、同じ色の桜の花びら達が、ダンスを踊ってるみたい。

 上にあがった花びらが、ひらひらと落ち始めると、今度はヒツジくん、ピンクだからヒツジちゃん、かな――が、すぅぅっと吸いこんでく。

 空気も花びらもおなかいっぱい吸い込んだヒツジちゃんが、またぽてっと地面におりた。

 全部吸い取ったわけじゃないけど、夕方に見た時より、桜の花びらの量は結構減った。

“今日はこれでおしまい。あーあ、人間がちらかしたゴミがあって、いやになっちゃう”

 かわいらしい声が聞こえた気がした。

 今日はってことは明日も来るの?

 思わず、話しかけるように強く考えた。

 ヒツジちゃんが、ぴくんと小さく跳ねた。

 顔をちょこんとこっちに向けた。うわぁ、小さな可愛い目。あんなにたくさんの空気を吸ったりはいたりしてたのが信じられないくらい、口も小さいや。

“わたし、今年のおそうじ当番なの。あ、わたしを見たこと、ナイショにしててね。人間に見られたって知られたらおこられちゃう”

 あんなかわいい子がおこられちゃうなんてかわいそう。

 ぼくは、うんうんって何度もうなずいた。

 うすピンクのもふもふヒツジちゃんは、うれしそうにぴょんと跳ねてから、すぅっと消えていった。


 次の日、ぼくは放課後に、ボランティアに参加した。

 えらいねってほめられて、ジュースももらえてうれしいけど、それだけが理由じゃないんだ。ナイショだけど。

 ちょっとでもヒツジちゃんが桜の花びらを片付けやすいように。えらい人、……人? かみさま? に怒られないように。

 また、会えたらいいなぁ。

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