キオクの約束。

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キオクの約束。

 微かな記憶があります。

 それは、雪の中の記憶で私は

 急いでいました。

 どうして急いでいたのかは

 わからないのだけど

 とにかくとても大切な事が

 あったような……

 そんな気がするのです。




「おい、そろそろ進路決めたか、野宮」

 先生に進路の事では、何度か催促を受けている。

「もう少し、おおらかな気持ちでお願いします。先生」


「だけどお前なぁ、早く決めないとクラス分けにも関わってくるんだからな、頼むよ」


「もう少しだけ、もう少しだけ、お願いします」

 高校2年で先の事なんて決められる訳が無い。結局流されて手頃な大学に行きますなんていうのがお決まりだ……


「栞、また進路の事、先生に言われてるの」

「うーん、考えてはいるんだけどね、ひかりは、短大行くんだっけ」


「まあね、無理をしないのがあたしのポリシーだよっ。栞は、成績悪く無いんだから素直に4年制行けばいいんだよ」


「まだなんか決め切れなくてさ……」

 そう、何かが私の中で引っ掛かっていて先に進めないような気がしてるんだ。




 昼休みになって私は、学校の購買に急いでいた。


 早くしないとモチモチチョコロールが、売り切れてしまうからだ。購買の人気パンのひとつで、もちもちしたパン生地の中にチョコレートクリームが、入っているコロネみたいなパンなのだけど、食感がなんとも言えず、つい買ってしまうのだ。


 おっ、まだひとつ残っている!


 私が、パンを取ろうと手を伸ばした瞬間、横から誰かがそれを掴み取った。


 手の主を見ると、どこかのクラスの男子だった。そいつは、私の方を見るとパンの袋を持って見せつけるようにして言った。


「俺が、早かった」


 くっ、なんてやな奴なんだ、別にいちいち、そんな事言わなくてもいいのに……


「おめでとう、私は、別にいらないから」

 負け惜しみに聞こえただろうか……


 そいつは、ふふんと笑ってパンを買うと、どこかに行ってしまったのだ。

 お陰で、腹が立った私はパンを6個も買ってしまった。どうすんのよ、コレ。


教室に戻った私は、後ろの方の席で弁当を食べている生徒に声を掛けた。


「西田君、パン買いすぎたんで良かったらどうかな? まだ食べられるよね」


 クラスの西田は、野球部員だ。体がデカくて野球部で活躍しているらしい。

 優しいので女子にもわりと人気があった。


「えっ、いいの、野宮のパンなら食べるに決まってるだろ」

 別にあたしが、作ったパンじゃないけどね。


 西田にパンを3個渡して私は、ひかり達のところに行った。


「栞、勘違いされるから西田を餌付けするのやめた方がいいよ」


「ははっ、勘違いしないでしょう、だって女子にも結構話し掛けられてるみたいだし」

 変におとなしそうな男子に渡す方がよっぽど誤解されそうだ。


「栞、あんた自分がモテる自覚した方がいいよ」


「おっ、嬉しいこと言ってくれるね、パンあげようか」


「あたしを餌付けしてどうすんのよ……」


 放課後、私は園芸の水やりに行った、花は嫌いじゃないけど積極的に育てようとまでは思わない。水やりに来たのはクラスの園芸委員だからという理由でしかなかった。


 私が紫陽花に水をやりながら鼻歌を歌っていると笑いながら近づいてくる奴がいた。


 ー あいつだった ー


 パンの恨みはあるが、関わり合いになるのもごめんだ。シカトを決め込もうとしたら、そいつは意外にも話しかけてきた。


「随分楽しそうに水やりしてるから任せちゃっていいかな」

 楽しそうって鼻歌のことかな、これはちょっと恥ずかしい……


「も、もしかしてあんた園芸委員なのっ?」


「ああそうだよ、ハズレくじ引いたー、お前と一緒だし」

 なんだこいつ、絶対モテないよ!


「とにかくあんたも水やりしなさいよ、私だって嫌だし、早く帰りたいんだから」


「お前、本当に可愛げないよな。どうせモテないんだろうけど」


 私は、ホースをそいつに向けて頭から水を掛けてやった。

 やり過ぎたかな……ちょっと後悔した。


「ヒデー、何するんだよ野宮、お前鬼だな」

 そう言って、風邪引いたら困るからとさっさと帰ってしまった。

 なんだあいつ、怒るかと思ったけど……




 次の日にあいつを見かけた。友達となんか楽しそうに話しをしていた。


「栞っ、何見てるの、あれっ、神谷じゃんアレ」


「あの背の高い奴だよ、知ってるの、ひかり」


「2年C組の神谷 古都里、男子にも女子にも人気あるってさ」


「コトリって女の子みたいな名前だよね」


「まあね、それで神谷のこと気になってんの栞は」


「ち、違うよ、むしろ逆、あんな嫌な奴いないと思ってる」


「えっ、おかしいな、神谷は、すごくいい奴で通ってるよ」


 どう言うことだろう。会う度に嫌な印象しかないのに……




 放課後になってまた水やりに行った。持ち回りで今週は、毎日水やりに行かないといけないのだ。

 今日は、鼻歌も歌わず紫陽花に水をやっていた。油断してあいつに笑われるようなヘマはするもんか。

 まあ、昨日の事があったから来ないかも知れないけど、それでもいいや。


 しばらくすると神谷がやって来た。意外と真面目なのかも知れない。ひかりの言った事が、思い出された。


 今日の神谷は、黙って水やりをしていた。


「ねえ、神谷君ってコトリって言う名前なんだってね」

 神谷の水やりの手が止まった。


「うるさいんだよ、馴れ馴れしくコトリって言うんじゃねえよ」


 可愛い名前だと思って言っただけなのに何でこいつは、私にだけひどい言い方をするんだろう。そう思うと涙が、出てきた。


「なんで、なんで、私ばっかり……コトリっていい名前だって思っただけなのに……」

 私の泣いた顔をみて神谷は、驚いた顔をしていた。


 水やりのホースもほったらかして、そのまま私は家に帰ってしまったのだった。


 部屋の机に座って今日の事を考えていた。

 どうして神谷の前であんなみっともない事してしまったんだろう。

 なぜだか、あいつを見るとついムキになってしまう。


 どこかおかしいんだろうか私は……


「音楽でも聞いて落ち着こう」


 ひとりごとを言って、机の引き出しからイヤフォンを取り出そうとしたが引っ掛かってなかなか取れない。このまま引っ張ればイヤフォンが引きちぎれそうだ。


「仕方がない。引き出しごと外しますか」


 机の引き出しは、引っ張って上に持ち上げると簡単に外れた。イヤフォンは、奥のレールに引っ掛かっていたようだ。

 私は、無事にイヤフォンを回収すると奥に見慣れない紙があるのを発見した


「なんだろう、メッセージカードみたいだけど……」


 カードは、二つ折りで外側に薄くハートが型押ししてあるものだった。

 私のものだと思うけどまったく記憶にないものだった。


 思い切って、カードを開いて中を見ると書いたメッセージにバツがしてあった。

 どうやら失敗作のようだった。


 ええっと、内容は……


 古都里へ


 頑張って作ったよ。

 大好きな古都里といつまでも一緒に

 いれたら嬉しいな


 栞より


「な、ななな、何コレ⁉︎」

 私は、大声で叫びそうになった。

 おそらく顔は、真っ赤だろうと思う。


 誰かのイタズラだろうか……

 なんだこれ、おかしい、でも見ると確かに自分の字だった。


 その夜、なぜか私は、わずかに記憶にある、あの雪の夢を見たのだった。

 ただ雪の中を走る夢を……



 次の日になり、私は 神谷 古都里のことを調べることにした、このままでは気になって夜も眠れそうもない。


 神谷は、隣のクラスだ、私の知り合いは……

 牧野京子、マッキョンだ。


「マッキョン、ちょっと聞きたいんだけど」


「あらたまって何よ、しおりん」

 私のことをしおりんと呼んでるのは、マッキョンだけだ、念の為


「あの神谷君ってどんな人なの?」


「おっ、しおりんも遂に思春期に入りましたか」

 やっぱり誤解されるよね。


「そ、そんなんじゃないけど、いい人だって聞いたから」

 まったく理由になってなかった。


「いいよ、いいよ、神谷君は、まずいい人だよ、男にも女にもね、例えば購買のパンをゆずってくれたり、委員の仕事を代わってくれたり、そうそう、この前は園芸委員も代わってあげてたよ」


「えっ、今週の?」


「そうだよ、それから頭がいい、学年10位以内にいつも入っているよ、あと家に遊びに行った人は、いないからどこに住んでるかわからないという謎もある、そうそうモテるけど彼女は、いないから安心していいよ」


 最後のは、余計だけど方向性が見えてきた。


「わかった、ありがとね。マッキョン」

 マッキョンは、頑張ってねと私にエールを送った。頑張る意味は違うが、私が今、頑張るのは神谷の家を突き止めることだ。


 その日から、神谷の尾行が始まった……


 最初の日は、電車の乗り換えで見失ってしまった。ラッシュアワーの人混みにのまれてしまったのだ。

 2日目は、通りの角を曲がったらもういなかった。

 3日目は、公園のトイレに入ったあいつが出てくるのを待っていたが遂に出てこなかった。

 4日目は、信号が変わる瞬間に渡ったあいつにまかれてしまった。


 どうにも、うまくいかない。もしかしたら気付かれているのかな……


 5日目の今日こそ何とか頑張ろう。

 だいたいの方向は、掴めてきているから先回りして待っているのもアリかも知れない。


 思った通り公園の横を通り過ぎた。

 後は、追いかけるだけだと思い私が隠れている木の陰から出ると後ろから声がした。


「野宮! いい加減にしろよ毎日尾け回してさ、何の嫌がらせか分かんないけどもう俺に近づかないでくれよ、でないと……」

 神谷 古都里は、私の尾行に気付いていたようだ。


「私は、ただ……」

 自分が、神谷にこだわる理由、メッセージカードの意味を私はただ知りたかったのだ。


 逃げ場のなくなった私は、走り出していた。


 私は、公園の入口を飛び出して通りに出た、交通量が少ないはずの通りに偶然一台の乗用車が走ってきていた。

 私は、その車の前に飛び出す形になった。


「あぶないっ! 栞っ‼︎」


 急ブレーキを踏む金属音が聞こえた時、私は思い出したのだ。あの日の事を……


 あの日は、朝から雪が降っていてとても寒い日だった。

 私は、前の日から手作りチョコを綺麗にラッピングして用意していた。

 もちろん今日が、バレンタインデーだからに決まっている。


 ちょうど日曜日だった事もあり古都里には、待ち合わせをしてチョコを渡す事にしていた。そう、デートなんだよ。ふふっ


 古都里は、甘いものが好きなのでたくさん作って用意したのだけど喜んでくれるといいな。


 メッセージカードは、恥ずかしくなって何度か書き直して一番シンプルな内容になってしまったのだけど気持ちは伝わってるからいいよね。


 雪のせいで、待ち合わせの時間に遅れそうだ、私は少し急いだ。


 公園が見える通りまで来ると古都里の姿があった。


「おおい、栞、そんなに急ぐと転ぶぞ」


 古都里は、いつも私の事を子供扱いするけどほんとに優しくて、素敵な人だ。


 私が、公園の入口へ入ろうとした時、雪でスリップしたトラックが、こちらに向かって突っ込んできていた。

 そして私の意識は、そこで途切れた。


 それが、私の失われていた記憶だった……


 だったらなぜ私は、生きてたんだろう。

 なぜ記憶を失っていたんだろう。


 ああ、そうだった……


 気がつくと私は、古都里に抱きかかえられていた。古都里が私を助けてくれたようだ。


「大丈夫か!しおり、しおり」


 車にぶつかる瞬間誰かに引っ張られたような気がする。


「古都里、わたし思い出したよ。

 あなたが、死神だった事をそして誰よりもわたしを愛してくれていたことを……」


 あの雪の日に、あなたは死んでいたはずの私の命を繋ぎ止めた、私の記憶とあなたが私に関わらないと言う条件を盟約にして。

 虚ろな意識の中で私は聞いていたんだ盟約を破った死神は、消えてしまうと言う事を……


 あなたが私に意地悪をしたことも

 園芸委員を代わって会いに来てくれたことも

 わざと消さなかったメッセージカードも


 あなたは、本当は私に忘れて欲しくなかったんだね……


 そして、私はすべてを思い出した、忘れるなんてできるわけがない。


「栞っ、よかった、今度は間に合った」

 そう言ってあなたは、泣いたままの顔で笑っていた。


「ごめんなさい、古都里。私記憶が……」


「おれは、大丈夫だよ、栞に忘れられたままの方がつらかったから、これでよかった」


 盟約を違えた死神は、消えてしまう、

 私の大切な人が消えてしまう……


 私は、泣きながら古都里が消えてしまわないように強く強く抱きしめた。


 やがて古都里の体は、薄くなり何も無い空間に私の腕だけが残された。


 もう、古都里は、いないんだ……


 その日から1週間、私はただ泣いて過ごした。そして泣き疲れた後、このままじゃ古都里が悲しむと気付いて久しぶりに学校に行くことにした。


 結局、学校に来たものの授業も友達の話も上の空だった。姿を見せなかった私をひかりは、すごく心配してくれたのだけど……


 昼休みになって、私は購買に向かった。

 何も食べないとひかりに怒られるからだ。


 私がモチモチチョコロールに手を伸ばした時、誰かが先にそれを掴みとった。


「俺が、早かった」


「ど、どうして……」

 そこには、優しく笑う古都里の姿があった


 古都里は、私の手を引っ張って階段まで連れていった。歩きながら私は、涙が止まらなくなった。


 理由なんかどうでもよかった、ただ古都里がここにいることが嬉しかった。


 今度は、消えないように私は、ぎゅっと抱きついた。古都里も私を強く抱きしめてくれた、痛いくらいに


「俺、死神じゃなくなった、人間になったみたいだ」


 人間になることで死神の盟約を免れたのだと古都里は言った。


「じゃあ、ずっと一緒にいられるかな」


「それは、無理みたいだ、罰だからね。

 期限が来ればまた消えてしまうらしい」


「そんな……だったら、また……」


 悲しそうな顔をする私の頭に手を置いて古都里は、笑った。



「はちじゅう」



「…………はちじゅう?」


 古都理の言った意味が分からず、繰り返す私





「たった、80年間だってさ、俺の期限」




 古都里の意地悪だった……



 でもそれはとてもとても優しい意地悪だったのでした。

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