番外編 お家へ帰ろう、ご主人様

 ミーンミーンと、蝉さんがせわしなく鳴いている。

 季節は夏。毎日暑い日が続いてて、ボクは長く延びた毛を脱ぎたいなあ、なんて思ったりしていた。

 でも、暑さでバテてちゃダメだよね。だってこれから、久しぶりにご主人様と会うんだから。


 今日からお盆。向こうに行っちゃった人達も、この間だけは里帰りする。大好きな人や、懐かしい家がある故郷だもん。やっぱりたまには帰りたいって思うよね。

 ボクもキュウリで作ったお馬さんをパッカパッカと走らせて、お家に向かって一直線……のはずだったんだけど。


 帰る途中、公園の前に差し掛かった時、ボクは立ち止まった。この公園は生前、よくご主人様とお散歩をしていた所だ。

 とっても広い公園で、中を見ると、散歩している犬とそのご主人様の姿がチラホラある。皆とっても仲良しさんで、まるで昔のボクとご主人様を見ているみたい。


 ふふふ、懐かしいなあ。楽しそうに散歩している皆を見ていると、ボクまで幸せな気持ちになる。

 ボクも久しぶりに、お散歩したくなっちゃったよ。そうだ、今日はちょっと寄り道してから帰ろう。


 ボクはお馬さんを下りるとトコトコと公園の中へと入って行った。この公園はとても広くて、楽しく走り回っている子もいれば、ご主人様の投げたフリスビーを追いかけている子もいる。ボクも生きてた頃は、よくあんな風に遊んでもらったっけ。


 昔を思い出しながら、懐かしい公園の散策を続ける。

 おっと、前から人が歩いてきた。ボクはわきに移動して、道を譲る。今のボクの姿は、人間には見えない。だからぶつかりそうな時はこうやって、ボクが退かなければいけないのだ。

 え、面倒じゃないかって?平気平気。もう慣れっこだもん。

 それに姿が見えないお陰で、助かることもある。ボクが一人でお散歩をしていると、普通なら迷子と思われちゃうけど、見えないから勘違いされることは無いんだよ。

 だからこんな風に、堂々とお散歩ができるのだ。姿が見えたら、こうはいかないもんね。


 公園内を見回してみても、犬達は皆ご主人様と一緒にいる。一人でいる子なんて、ボクくらいのものだろう。そう思っていたんだけど……

 あれ、前から一人で、トコトコ歩いてくる犬がいる。焦げ茶色の長毛で、ペタンとしたお耳。まだ小さいけどあれは、ボクと同じゴールデンレトリーバー。というかあの子は……メープルちゃんだ!


 メープルちゃんは少し前にご主人様が飼い始めた、ボクにとって妹みたいな女の子。だけど、どうして一人でいるんだろう?

 首を傾げていると、ボクに気づいたメープルちゃんがこっちに向かって駆けてきた。この子はボクの姿が見えるから、どうやら前に会った時の事を覚えていたみたい。ボクもメープルちゃんに駆け寄り、お話をしてみる。


 メープルちゃんメープルちゃん、こんな所で一人でどうしたの?えっ、ご主人様達とお散歩していたら、途中ではぐれちゃったの?ダメじゃない、迷子になったらいけないって、この前教えたでしょ。


 くぅ~ん。


 うんうん、ちゃんと反省しているみたいだね。よし、もう大丈夫だよ。ボクがちゃんと、ご主人様達の所まで連れていってあげるから。


 きゃん、きゃん!


 心配しなくていいよ。何せこの公園は、ボクにとってお庭みたいなものだから。何度も来ていたから、ご主人様がどこにいるかくらい検討がつくんだよ。さあメープルちゃん、ちゃんとボクに着いてくるんだよ。


 わんっ!


 先導するボクの後ろを、メープルちゃんは素直に着いてくる。

 って、ああ!水道の方に行っちゃダメだよ。暑いのはわかるけど、今はご主人様と会うのが先!どのみちボク達じゃ、蛇口を捻れないでしょ。


 くう~ん。


 もう少し、もう少しだからね。あ、ほらほらメープルちゃん、あれを見て。


 きゃん!


 ボク達の視線の先には、ご主人様とその旦那さんの姿があった。

 ほら、言った通りでしょ。ボクにかかれば、ご主人様の居場所くらいすぐに分かるんだよ。


 きゃん、きゃん!


 嬉しそうに鳴き声を上げるメープルちゃん。するとご主人様達も気づいて、こっちに駆けてくる。


「良かった。メープルいた」

「ダメじゃない、勝手にどこか行ったら。探したんだよ」


 くう~ん。


 まあまあご主人様。メープルちゃんだって反省してるんだし、許してあげて。


「でも本当に良かったよ。迷子になったのはいけないけど、戻ってこれたのは偉いよ」

「本当だよ。メープルは賢いね」


 頭を撫でられて、メープルちゃんもご機嫌。連れてきて良かった。皆笑顔になって、ボクも嬉しい……


「本当に凄いね。昔ハチミツと迷子になった時は戻るどころか、知らない場所に連れていかれたんだもの」


 ……え?


「そんなことがあったんですか?」

「あの時は大変だったよ。ハチミツについていったら、余計に迷っちゃったんだもの。だけどメープルは賢いよね。ハチミツよりも賢いよ」


 ち、違うよ。確かに昔は失敗しちゃったけど、今回はボクが連れてきてあげたんだってば!


 きゃん、きゃん!


 ほら、メープルちゃんもそうだって言ってるよ。だけど悲しいことに、二人にはボクらの言葉は分からないのだ。

 ガックリと肩を落とすボクの頭を、メープルちゃんが申し訳無さそうに撫でてくれる。ううっ、メープルちゃん。ボクの事を分かってくれるのは君だけだよ。そう思っていたけど……


「けど案外もしかしたら、ハチミツがここまで連れてきてくれたのかも。今はお盆だから、帰ってきてるだろうし」


 ……おおっ!

 旦那さん、偉い!そうそう、ボクここにいるよ!


「そうかも。ハチミツのことだから、今でも私達を見守ってくれているだろうし」

「きっとそうですね。ありがとうハチミツ……」


 そうして二人は、遠くのお空を見上げる。たぶんそっちにボクがいるって思っているんだろうけど、残念。本当のボクはすぐ横でお座りしているよ。


 わんっ、わんっ。


 あ、メープルちゃんがお腹すいたって言ってる。するとご主人様達もそれがわかったよう。


「お腹すいたの?それじゃあ、帰ってごはんにしようか」


 きゃん、きゃん!


 ご機嫌なメープルちゃん。よし、ボクも一緒に着いていこう。ご主人様達が歩き出し、メープルちゃんもボクも後へと続く。


 久しぶりにご主人様達とお散歩できて、ボクも嬉しい。メープルちゃんを加えた四人で歩くのは初めてだから、もっと嬉しい。

 皆一緒で、ボクはとっても幸せだよ。仲良くお家へ帰ろうね♪



                           おしまい🐾

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ハチミツ色の日々 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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