◆死者の魂◆
翌日。土曜日。昨日は貴和子のこともあり閉館時間をすっかり過ぎてしまったため、いろいろ仕事を残して帰宅することになった。現在時刻は開館30分前の9時30分。暴れてぐちゃぐちゃになってしまったコレクションと館長が新しく収集してきたコレクションの整理に追われている。このミュージアムは来客がほぼない。開館時間になろうがショーケースを全開にして整理整頓ができる。
ひたすら無言で整理を続けること3時間。一通り片付けたところで一旦休憩を取ることにする。事務所に上がってロッカーからお弁当と水筒を取り出し、1階の休憩スペースに降りる。事務所にも食べるスペースはあるのだが、館長の私物が事務所にまで侵入してきていて落ち着かないのだ。誰だって怪しい呪具らしきものが大量に置いてあるところでランチなんてしたくない。
休憩スペースに来ると、館長がコーヒーを啜っていた。目玉のイラストが描かれたマグカップは一体どこで見つけてきたのか。1人で休憩したかったが仕方がない。敢えて離れたところに座るのも憚られるし、悩んだ挙句館長の正面に腰を落ち着かせた。
「珍しいですね。いつもは自室に籠っているか収集に出掛けているじゃないですか」
働き手が館長とわたししかいないのに、館長が館内の仕事をほぼしないためいろいろ不満が溜まっている。少し嫌味な言い方になってしまうのも致し方ないだろう。
「今日は君と話をしたい気分でね。待っていたのだよ」
「貴重な休憩時間まで仕事させる気ですか?」
「ふふ。私との会話は仕事か」
「館長みたいな人と好き好んで会話する人なんていませんよ」
辛辣な言葉を放って水筒のお茶を啜る。今日はほうじ茶だ。
「……貴和子のことですか?」
昨日訪れた死者を思い浮かべる。館長は機嫌よさげに微笑んだ。ただし目は笑っていないが。
「このミュージアムは特殊だ。彼女がいったい何に惹かれてここにやって来たのか。非常に興味深いよ」
「……また来ると思いますか?」
卵焼きを箸でつまんでかじる。だしが効いていておいしい。
「来るさ。ミュージアムなんて興味のない人間は一生来ない。ただし、惹かれる人間は虜になる」
「それにしても、死者の魂の展示は趣味が悪いと思いますけど……」
わたしは館長のように己の趣味も兼ねてここで働いているわけではない。死者の魂を取り扱うことに何も思っていないわけではないのだ。
「死者の魂を展示することは悪いことかね? 骨やミイラを展示するところもあるではないか。墓を掘りおこしてまでな。 関心を抱く者がいれば、それは立派な研究対象だ。死に興味のない生き物がこの世にいないとでも?」
今日は随分と饒舌だ。貴和子というめったに訪れない来館者に興奮しているらしい。白米を口に放り込み咀嚼し、飲み込んで一言。
「死者の魂を見世物にしているだけじゃないですか?」
「ふふ。世の中ただの石でさえ美しいと見世物になる。収集され保管され展示されるのだ。コレクションに決まりはない。関心を持つものがいればそれで成り立つ。ここは死者の魂を収集し保管し研究し展示する立派なミュージアムだ」
ことこのミュージアムに関して、館長の執着は異常だ。口で勝てるはずもない。押し黙っていると、館長が再び話し出す。
「私は疑問に思うよ。君のような能力を持つものがこの分野に熱心にならないのは」
「わたしも対象が死者の魂でなければ、もう少しこの能力を積極的に使いますよ」
そもそもわたしは館長の研究を手伝う気はないのだ。
「まあ、どんな理由であれ、君がここにいてくれることには感謝しているよ」
「わたしは新しく人を雇って欲しいですけどね」
「ふふ。無能な人間をわざわざ雇う気にはならないな」
「知ってます」
館長にとって有益か無益か、ここで重要なことはそれだけだ。わたしがここにいるのは、ただわたしのエゴのためだ。
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