◆お喋り禁止のミュージアム◆


 誰もいない館内を歩く。かかとのすり減ったローファーが一歩歩くごとにカツンカツンと音を立てた。綺麗に磨き上げられたフロアに張り替えられた壁紙。外観に似合わず、内装は綺麗なものだ。そして、壁一面に並べられたショーケース。内装の綺麗さが嘘のように雑多にコレクションが詰め込まれている。


「はぁ……」


 ため息が出るのも仕方がない。内装は国が整備したのだが、コレクションの管理・レイアウトは館長が行っている。コレクションの収集や研究には全力を注ぐのだが、いかんせん保管や管理は杜撰だ。また新しいコレクションを収集してきてとりあえず目に入ったショーケースの中に放り込んだのだろう。


 制服のスカートのポケットからジャラジャラとたくさん鍵がついた束を取り出し、鍵穴に差し込む。ショーケースの鍵を開けると、詰め込まれたコレクションを手に取る。とにかく取り出して整理し直さなければならない。コレクションに手を伸ばした時、背後から気配を感じた。


 振り返ると、そこには1人の女の子が立っていた。真っ直ぐ切りそろえられた前髪と長く伸ばされた黒のストレートヘアは日本人形を思わせる。紺色のブレザーに赤いネクタイ。膝丈のスカートから出る足は、膝から下が徐々におり、足先はほぼいる。


「あの……」


 女の子から遠慮がちな声が発せられた。思わす片手で頭を軽く抑える。面倒なことになってしまった。まあ、初めてのお客様が来たときは8割以上の確率で起こるのだが。


 ガタ……

 ガタガタガタガタ……!


 突如鳴り出した音に女の子の肩がビクリと震える。きょろきょろと辺りを見渡し、音の正体に気づくと驚きに目を見開いた。


 ――音を立てていたのはだ。


 あるコレクションはガンガンとショーケースにぶつかり、あるコレクションはブルブルとその身を震わせている。こうなってしまっては止められるのは館長だけだ。


「あの、私……」

「落ち着いて。館長呼んでくるから」


 狼狽える女の子に声をかける。こちらが黙っていてももう意味はない。


「入口の所にも出してたんだけど、案内板見なかった?」


 そう言って壁に掛けられた案内板を指さす。指先を追って女の子も案内板を見た。



 館内での禁止事項

・撮影

・飲食

・お喋り(小声も不可)



 博物館や美術館、所謂ミュージアムでは珍しくない案内板。文字の横にはイラストでも説明されている。


「ここ、小声だろうが話すのは禁止なの。コレクションが声に反応して暴れ出しちゃうんだ」

「……へ?」


 ぽかんと口を開けて呆然とする女の子。何度このリアクションを見てきてことか。詳しい説明は後にするとして、館長を呼びに行くために踵を返す。すると――。


「――、――。――」


 掠れた口笛、空気が抜けるような音が聞こえてきた。通路の奥から館長が口笛になっていない口笛を吹きながらやって来る。どうやら呼びに行く手間が省けたようだ。女の子に向かって唇に一指し指を当てたジェスチャーをしてまた話し出さないように注意する。女の子は口を両手で塞いでコクコクと頷いた。


 ややあって、コレクションは動きを止め、元の静かな状態に戻った。ただし、ショーケースの中はぐちゃぐちゃだ。また後で直さなければならない。一先ず、未だ素直に口を塞いでいる女の子にいろいろ説明をしてあげなくてはならないだろう。手招きをして付いてくるように促した。




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