◆幽霊の女の子◆

 建物の1階は3分の2が展示スペース、残り3分の1が休憩スペースになっており、2階は館長の生活スペース兼事務所だ。館長の後ろを女の子と一緒に歩く。テーブルと椅子が並んでいるだけの休憩スペースにやってくると、女の子に座るように促した。女の子の正面に館長、隣にわたしだ。


「びっくりしたでしょう」


 小さくなっている女の子に声をかける。女の子はコクリと頷いた。女の子は何か言いたげにこちらを見る。


「ここでは喋って大丈夫よ。わたしは工藤知恵くどうともえ。双葉高校の2年よ。あなたは1年生よね? 名前は?」


 女の子の着ていた制服は国立双葉高等学校のものだった。何故ここの高校の制服か分かったのかと言えば、同じ高校に通っているからだ。学年ごとにネクタイの色が異なっており、1年は赤、2年は緑、3年は青だ。個人的には青いネクタイがしたかった。


「……私は、秋根貴和子あきねきわこ。今日、双葉高校に入学したの」


 大人しそうな外見通り、鈴のような綺麗な声をしている。癖っ毛の上にハスキーと言われる声を持つ側からすれば羨ましい限りだ。


「そう。よろしくね、貴和子。それで、あなたはの?」

「!」


 貴和子は肩を震わせると俯いた。


「先月、死にました」

「なら、割と早く学校に保護されたのね」


 貴和子が不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。


「どうかした?」

「あの、どうして双葉高校の生徒は、幽霊を見ても驚かないんですか? そもそも何故幽霊が見える人ばかりなんですか?」

「まだ学校から詳しい説明を受けてないのね。あの学校は、普通の人は入学も就労もできない変わった学校なのよ。幽霊が見えるくらいなら標準装備ね」


 意識して軽い口調で話すが、貴和子は納得できないようで難しい顔をして睨みつけてくる。


「ごめんごめん。あの学校は幽霊や妖が見えたり、異能力を持ってたり異界に行ったことがあったり、死んでたりそもそも人間じゃない外れモノが通うところなの。国によって保護されていると言えば聞こえはいいけれど、要は隔離され監視されているのよ」


 一息ついて貴和子を見る。貴和子は目で続きを促してきた。


「死んで霊体になった場合は、浮遊しているところを保護されるパターンがほとんどね。貴和子もそう?」


 貴和子が頷いたのを確認して話を続ける。


「あの学校は、普通の人とは違う立場や能力を持った者を成仏させたり一般社会で生きていけるように教育したりする場所なのよ」

「……じゃあ、あなたも普通の人間ではないの?」

「……」


 そう、双葉高校に同じように通っているということは、わたしも普通ではないということだ。


「その話はまた今度ね」


 曖昧に微笑むと、ずっと無言で本を読んでいる館長に視線を向けた。


「世間話は終わったかね?」


 本から目を離さず気障ったらしい口調で話し出す。太い黒ぶち眼鏡の奥にある瞳は死んだ魚のようだ。あの目を見ていると、いつも生気を抜き取られそうになる。ウェーブのかかった黒髪は肩に届くほどで、館長らしくないパーカーにジーンズ、サンダル姿だ。こちらは制服で仕事をしているのに嫌になる。


「終わりましたよ。秋根貴和子さんだそうです。今日、双葉高等学校に入学してここに来たみたいですね」

「なるほど。今日きたばかりか。このミュージアムについて知らないのも無理はない」


 そこまで言うと館長はようやく本から目を離して貴和子を見た。貴和子の顔が強張る。死んだ魚のような目が無駄に整った顔についているのだから確かに初見では怖いだろう。


「私は館長の集形つどいけい。ようこそ、とお迎えしたいところだが、入って来るとき案内板は見たかね?」

「は、はい。すみません。喋るなって書いてあったのに喋ってしましました」


 貴和子は小さくなっていた身体をさらに小さくして頭を下げる。


「ここのコレクションは声に反応して動き出してしまう。ショーケースにぶつかって傷が入ってしまうのだ。今後は絶対に声を出さないでくれたまえ」

「はい……」


 貴和子は素直に頷いたものの何か言いたげに視線をうろつかせる。館長に言うには気が引けたのだろう。こちらに視線を向けてきた。


「あの、訊いてもいいですか?」

「なに?」

「ここはミュージアムですよね?」

「そうよ。博物館とも言えるわね」


「どうして展示品が声に反応して動き出すんですか? それに――なんで展示品に色がないんですか?」


 まあ、不思議に思って当然だ。




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