どこか名残惜しい気持ちで、しばらく空を見上げていたら、誰かとしゃべっているような、石川いしかわさんの声が聞こえた。

 見れば電話をかけており、「依頼人はお亡くなりに」とか「たびの案件はおおむね終了」とか話をしている。

 通話を終えてスマホを下ろすと、彼もこちらを見た。


「ところで、お怪我はございませんか?」

「大丈夫です。石川さんも来てくれたし」


 颯爽さっそうと現れて、ちょっとヒーローみたいだったなぁ。


「でも、どうしてここが?」

「占いですよ。指輪の在処ありかを占ってもらったところ、医療センターがアヤシイと出たので、探しに行く途中だったんです」

「なるほど」


 ──って、占いなんてさん臭い話を、すっかり信じてる自分が不思議だ。

 まあさっき、幽霊やら謎の術やら、たっぷり見ちゃったし、無理もないか。


「そういや、タマキさんは病気で亡くなったんですか?」

「おそらくは。まあ、年でしたし」

「年っ?」


 そっか、指輪も写真も古そうだったし、ホントはうちのおばあちゃんと同い年くらいだったのかも。


「じゃあ、リカさんも?」

「彼女は昨年孤独死されて、指輪を含めたすべての遺品が、業者に処分されたんです。おかげで探すのに、少々手間取ってしまいました。

 タマキさんへの罪悪感が、いつしか指輪への執着と代わり、死後悪霊となってしまったのでしょう。

 ですから、あなたに何事もなく、本当に良かった」


 優しく微笑みかけられ、照れくさくなったあたしは、「あ、でも、霊が襲ってきたとき、急にバチってなったんです」と、話題を変えた。


「それで助かったんですが、なんなんですかね?」

「何かお守りのようなものを持っていませんか?」

「縁結びのなら」


 リュックから、それを出そうとしたとき、何かがハラリと地面に落ちた。


「落ちましたよ……って、僕の名刺?」


 拾い上げた石川さんが、じっとそれを見つめ呟く。

 横からのぞくと、確かにそれは名刺だったが、文字がまったく読めないくらい、黒く汚れてしまっている。


「ウソ、なんで、あたし、汚したりなんか……」


 ちゃんと仕舞ってたハズなのに、どうして?

 内心あせりながら言い訳すると、彼はナゼかフッと笑った。


「ああ、すみません。実は、この名刺、魔除けのまじないがほどこしてあるんです。変色してますし、これが霊を退けたのでしょう」

「そうだったんですか」


 いろんな意味でホッと息を漏らしたとき、彼のスマホから通知音が聞こえた。


「ちょっと失礼」


 確認した彼が、「わかりましたよ、すぐ帰りますって」と、ぼやきながら返信するのを見て、あたしは慌てて礼をいう。


「いろいろありがとうございました」

「いえ、どうかお気になさらず。それでは」


 別れの挨拶あいさつを聞いた瞬間、急に強い衝動が生まれ、あたしは思わず叫んでいた。


「また会えますかっ?」


 脈絡なさすぎる発言に、自分でも驚いたが、向こうも呆気に取られたように、こちらを見下ろしてくる。

 気恥ずかしくてうつむくと、スッと目の前に名刺が差し出された。


「何かございましたら、こちらへご連絡下さい」


 汚れひとつないそれを受け取り、意を決して顔を上げると、そこにはもう誰もいなかった。


 相変わらず足が早いなぁと、思わず笑みがこぼれる。


 でも、これくれたってことは、連絡してもいいってことだよね?

 そもそも一番気になってたこと──彼が何者なのかも、聞けなかったし。


 ──って、ヤバい、入館証!


 あたしは名刺を大事にしまうと、リュックをしっかり背負しょい直し、今度は軽い足取りで、病院へと引き返した。

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見知らぬ指輪 一視信乃 @prunelle

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