4
扉がすーっと開いた瞬間、緊張の糸がぷつんと切れて、あたしはなかば転がるように、慌てて外へ飛び出した。
天井が高いロビーには、まばらだけれど人がいて、ようやくホッと一息つく。
今日はもう早く帰ろう。
そう思ったのに、バス停に行くと運悪く、駅行きのバスは出たあとだった。
仕方ない、歩くか。
一刻も早くここから離れたくて駅を目指し歩き出したが、いくらも行かぬうちに気付いてしまった。
入館証、返すの忘れてた!
首から下げっぱなしだったそれを急いで外し、すぐ返すべきか明日でもいいか、しばし迷う。
ああ、でもやっぱ、返さないとまずいか。
しぶしぶ回れ右したところで、あたしの動きは止まってしまった。
人気のない住宅街のまだ浅い闇の中に、女が一人
紺のセーラー服を着た、髪の長い女だ。
顔は下ろした髪に隠れ、はっきりとは見えないが、こちらを見つめてくる視線を強く感じる。
『返せ』
割れた声が、ポツリといった。
『指輪を返せ』
もしやと思ったけど、そのセリフで確信した。
コイツ、真緒がいってた女だ。
今日もなんか視線を感じるとかいってたし、あれからずっと真緒の
それが今度は、あたしに憑いてきたってこと?
なんで?
だってあたし、指輪なんて──
「持ってないわ!」
『ウソつき!』
叫ぶなり、女が動いた。
驚くべき早さで、目の前に現れる。
『早く返せ!』
掴みかかるように伸びてきた手は、寸でのところで弾かれた。
バチバチと、静電気に似た衝撃が走り、女を後ろへ退けたのだ。
その瞬間、長い髪が乱れて広がり、ギャーと叫ぶその顔が表に出る。
骸骨に皮だけを張り付けたような、ひどく
病気のせいか知らないが、そこに写真の面影はない。
あんなキレイな子だったのに、これじゃあまるきり別人じゃないか。
生き霊かもって
少し離れたところから
真緒からこっちに来たってことは、単純に考えれば、指輪もこっちへ来たってことだ。
でも、そんなものもらった覚えはない。
ノートとお菓子しか……もしかして!
リュックを前に回し、急いでファスナーを開ける。
出したのは、真緒からもらったコンビニの袋。
真緒の荷物は、道に散らばったのを、誰かが拾って入れてくれたっていってた。
そのとき、外れて飛んでった指輪も、紛れ込んでしまった可能性がある。
例えば、何かの間、もしくは袋の中に。
まずはお菓子を抜き取って、袋を逆さに振ってみる。
「ビンゴ!」
道路に転がり落ちたモノに、思わず声が出た。
細部はよくわからないけど、多分間違いないだろう。
「それでしょ、あなたが欲しいのは」
そこから距離を取って叫ぶが、女はナゼか動かない。
見えてないのかな?
迷った末、指輪を拾い、彼女の方へ投げようと構える。
「ダメだ、渡すな!」
聞き覚えのあるその声に、あたしは動きを止めた。
「石川さん?」
「『
何か不思議な、呪文みたいなものが聞こえたかと思うと、女の全身から闇色の、霧のようなものが吹き出してきた。
それと同時に、
身の毛もよだつ
「やはりお前は、持ち主ではない。
あたしをその背に
「『
言葉とともに生まれた光が、あれを攻撃したのだろうか。
ドンッと激しい衝撃が起こり、目も
やがて光も消え去ると、そこには手を付き
透ける身体は
「タマキさんの、ご友人の方ですね」
石川さんの呼びかけに面を上げたその顔は、年相応のふくよかさを取り戻していたが、写真で見たあの少女ではなかった。
もっと素朴であどけない顔立ちをしている。
「指輪を元の持ち主に、タマキさんに、お返し願えますか?」
そう声をかけたとき、彼女の隣にもう一人、セーラー服の少女が現れた。
とてもキレイな、あの写真の女の子だ。
目を見張った石川さんは、「間に合わなかったか」と悲しげに呟く。
『リカ』
『ごめんなさい、タマキさん。わたし、あなたの婚約が許せなかったの。あなたを誰にも渡したくなくて、それで指輪を……』
『いいのよ。わたくしは指輪より、急にあなたがよそよそしくなったことが、ずっと気になっていたの。指輪をなくした責任を感じているなら申し訳なくて、学校へ持っていったこと何度も後悔したわ。だって指輪なんかより、あなたの方が大切だから』
『タマキさん……』
タマキさんが差し伸べた手を取って、リカさんが立ち上がる。
「タマキさんですね。遅くなりましたが、ご依頼の品、お届けします。どうぞ、お納め下さい」
石川さんは、あたしが持ってた指輪を受け取り、スッと
「『
そう唱えると、指輪は光の玉に変わり、
それをぎゅっと握りしめ、タマキさんは、『これですべて元通りね』と満足げに微笑む。
『指輪と一緒に、リカまで戻ってきてくれた』
『でもわたし、タマキさんと同じところへは……』
確かに、彼女のしたことを思えば、地獄行きとかになってもおかしくはない。
『大丈夫よ。リカは反省しているし、送って下さる方がいらっしゃるもの』
タマキさんの言葉に、石川さんは苦笑した。
「ええまあ、送って差し上げることは可能ですが、そのあとのことまでは、どうにも出来ませんよ」
そしてまた、胸の前で手を合わせる。
「『
一言一句はっきりと、神に祈りを
キレイに
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