「──ということなんですけど」


 ほぼ初対面の女子高生が語る怪談じみたヘンな話に、オトナである石川いしかわさんは、黙って最後まで付き合ってくれた。


「なるほど……。それは運が良かったですね。その霊はきっと、指輪にしか興味がなかったから、お友達は無事だったのでしょう」


 返ってきた感想に、こっちの方が驚いてしまう。


「信じてくれるんですか?」

勿論もちろん信じますよ」


 事も無げにそういってから、彼は細いあごに手をあて、「うーん」と何やら考え込む。


「セーラー服におさげ……ひょっとして彼女が……」


 やがて石川さんは、上着のポケットからスマホを出して操作し、画面をこちらへと向けた。


「色せていますし、画像もあらいので、わかりにくいかもしれませんが、これが例の指輪です」


 拡大された手の写真をまじまじと見つめてみたが、確かによくわからない。

 そう伝えると、彼はまたスマホを操作し、写真を元のサイズに戻した。

 指輪のあるじの姿が、完全にあらわとなる。

 あたしと同い年くらいの、とてもキレイな女の子だ。

 長い髪をおさげにし、私立のお嬢さまっぽい濃紺のセーラー服を着ている。


「指輪は彼女が16の誕生日に、許婚いいなずけから贈られたもの、だそうです」

「許婚!」


 あたしも16だけど、そんなのいないし、いるって子に会ったこともない。

 完全に別世界の話だわ。


「ですが、親友に見たいとねだられ、こっそり学校へ持っていったところ、なくしてしまったとか──と、すみません。

 依頼人のこと、無断で話すのは良くありませんね。ただ、強い想いがあれば、魂を飛ばすことも可能かと思いまして」

「じゃあ、あれは、その子の生き霊?」


 あたしの問いに石川さんは、「その可能性もあるかと」と、曖昧あいまいに答える。


「指輪というのは、教では《合一ごういつ》の象徴であり、例えば、結婚指輪には、与えた相手の人格と合体するといった意味合いがあります。

 お友達の前に、その霊体が現れたのも、指輪をはめたことで両者の間になんらかの繋がりが生じたからでしょう。

 今回は軽傷ですみましたが、また同じことが起こらぬよう、一刻も早く見つけなければ」


 「それでは」と、きびすを返しかけた石川さんへ、慌てて「あの」と呼びかける。

 肝心なことを聞いてなかった。


は、友達はもう、大丈夫ですか?」


 振り向いた彼は、にこやかに「ええ」とうなずく。


「指輪が近くにないのなら、繋がりも次第に解消されるはずです」

「良かった……」


 そりゃあ、この人のいってることが、100パーホントかわからないけど、誰かに大丈夫っていってもらえるのは、やっぱ心強いわ。

 明日、真緒にも教えてあげよう。

 大丈夫って、今度ははっきりいおうと思った。


        *


 放課後、真緒の病室を訪ねると、昨日より少し顔色が悪い。


「実はまた、あの子が夢に出てきてさ……。つーか、なんかずーっと見られてるような気がして」

「えっ」


 真緒が視線を向けたのは、カーテンが細く開いた窓の方で、その前に置かれた椅子の上には、見覚えのある通学カバンが置いてある。


「まあ、ただの気のせいだと思うんだけど。ほら、病院ってなんか出そうな感じするじゃない?」


 弱々しく結論付けて、真緒は「そうだ」と手を打った。


「カバンの中に、めぐみから借りたノート入ってるから、返しといてくんない?」

「いいけど……中ぐちゃぐちゃだね」


 立ち上がってカバンを開けると、とても女の子のとは思えぬほど乱雑で汚い。


「あーそれ、道に散らばったヤツ、誰かが適当に入れたからじゃない? あっ、そのコンビニの袋に入ったお菓子あげる」

「いいの?」

「いいから、袋ごと持ってって」

「ありがと」


 ノートとお菓子の入った袋を、忘れないうちリュックへしまい、今度はくだらないお喋りをして、あたしは病室を出た。


 たまたまそういう時間なのか、廊下に人の姿はない。

 建物はすごくキレイだし、窓の外もまだ明るいのに、なんだか心細さを覚え、自然と足も早くなる。

 ちょうど開いてたエレベーターへ小走りで乗り込むと、一階のボタンを押し、急いで扉を閉めた。


 ストレッチャーを入れるためか、やけに広い箱の中も、やはり無人だ。

 機械の音や謎のきしみが、いやに大きく感じられる。

 それらをすべて閉め出すように、あたしは扉のそばに立ち、階数表示を見上げながら、真緒のことを考える。


 またあの子の夢見たとかいってたけど、ホントに大丈夫なのかな?

 結局、石川さんの話も出来なかったし──!


 なんか一瞬、明かりがチカッと暗くなった気が。

 あれっと首を傾げたとき、背後に何か、気配を感じた。

 じっと誰かに見られているような……。

 リュックを背負った背中が、ぞくりと強張る。

 頭に勝手に浮かんでくるのは、テレビで見た病院の怪談。


 ──ってこんな風に思うのは、真緒の話を聞いたせいだ。

 なんなら今すぐ振り向けばいい。

 何もないってわかるから。


 だけど身体は、凍ったように動かない。

 ただならぬ雰囲気に息苦しさが増していく中、エレベーターはノンストップで、無事一階にたどり着いた。

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