高校の隣の駅からバスに乗ると、病院へはすぐに着いた。

 とてもキレイな医療センターだ。

 受付でいろいろ書かされたあと、もらった入館証を下げ、エレベーターで病室へと向かう。

 がいるのは9階にある、かなり立派な個室だった。


はるかぁ、会いたかったよぉ」


 顔を出すなり、ベッドの上から熱烈に歓迎される。

 頬のテープは痛々しいが、思いの外元気そうだ。


「もう、心配したんだぞ」

「ごめーん。わたしもマジ焦ったわ。やべぇ、転生するって」


 気を利かせたおばさんが病室を出ていくと、真緒の顔から笑みが消えた。

 急に真顔になり、「それより」と話題を変える。


「昨日あのあと、指輪を気にしながら歩ってたら、いきなり知らない子に声かけられてさ」

「指輪?」


 そっか、事故で、すっかり忘れてたけど、改めて見た真緒の手に、指輪はもうない。


「外れたんだ」

「ん、まあ……」


 歯切れ悪くうなずいて、彼女は話を再開する。


「でね、紺のセーラー服におさげの、さえない感じの子だったんだけど、その子に『指輪を返せ』っていわれて──」

「それってつまり、その子の指輪だったってこと?」


 聞き返すと、真緒は首を横に振った。


「知らない。でも、なんか面倒だったし、別に渡してもいいかなって。

 ただ、あのとき抜けなかったでしょ。だから、外れたら必ず返すから、連絡先教えてっつったのに、あの子、無理矢理取ろうとしてきて、痛いっつっても全然聞いてくんなくて。

 もめてるうちに足がもつれて、その子の方に倒れそうになって、ぶつかるって思ったのに、ナゼか身体をすり抜けちゃって」

「は?」


 すり抜け?


「ホントだよ。ホントにするんってすり抜けて、車道に倒れて、そこにトラックが……。指輪はそのとき外れたみたい。倒れる寸前キラッて光りながら飛んでくの、なんか見た気がすっから」


 一気に語って疲れたのか、真緒は大きく息を吐き、それから今度はおずおずと、探るように問いかけてくる。


「事故で、頭おかしくなったとか思ってる?」

「思ってないって」


 あたしは、即座に否定した。

 そりゃあ、変な話だとは思うけど、ウソついてるようには見えないし。


「ありがと。ずっと誰かに聞いて欲しかったんだ。家族にいったら別の心配されそうだしさ。今朝なんて、その子が夢にまで出てきて……」

「うーん……、その子が何者かわかんないけど、指輪ももうないし、大丈夫じゃない?」

「だよねぇ」


 あたしに話してスッキリしたのか、真緒は再び笑みを浮かべた。


        *


 ここが現場か……。


 住宅街にある二車線道路の歩道に立って、辺りをキョロキョロ見回してみる。

 真緒の話が気になって、病院帰りに寄ってみたけど、路面に残るチョークの跡以外、事故があったことを示すものはない。

 指輪も落ちてなさそうだし、女の子どころか、人の姿もほとんどない。

 ちょっと拍子抜けしたとき、車道脇の植え込みの影から、ぬっと何かが現れた。


「うわぁ!」


 可愛くない悲鳴を上げ、あたしはる。

 一方、やぶから棒に現れた何か──立ち上がったスーツの男性も、整った白いおもてに驚きの表情を張り付け、こちらを見下ろしている。

 ──って、この人、こないだの……。


石川いしかわウトウ!」


 思わず口から飛び出た名前に、彼は一瞬キョトンとしてから、すぐに「ああ」と声を上げた。


「ヤスカタです。善知鳥ウトウと書いて、ヤスカタって読むんですよ。変な名前ですよね、すみません」

「いえ、こちらこそ、スミマセン」

「いえいえ、こちらこそ本当に、驚かせてしまったようで申し訳ない」


 JK相手にこの腰の低さ。

 なんか調子狂うわ、この人。


「それで、ウ……石川さんは、こんなとこで何してたんですか?」


 道端にしゃがみ込んでたみたいだけど。


「指輪を探していたんです。前にもいったと思いますが、せいぎょくの付いた古い金の指輪を」


 確かに、そんなこといってたっけ。


「じゃあ、貴金属の買い取りじゃなく、無くした指輪を探してるってことですか?」

「買い取り? まあ、必要とあらば買い取りもしますが、今は人に頼まれた指輪を探しているところです。

 その方自身は入院されているのですが、大事な指輪を無くしたことをひどく気に病んでいるから、是非とも探して欲しいと、ご家族の方から頼まれまして。

 似たもので構わない、という話でしたが、どうせなら本物を見つけて差し上げたいじゃないですか」


 そりゃあそうだ。


「それで、これだと思うものを見つけはしたのですが、引き取りにいった者が、途中でうっかり無くしてしまって……。

 本当に、どこへいってしまったんでしょうねぇ。誰かに拾われてしまったのでしょうか?」


 拾われという言葉に、ハッとした。

 まさかとは思うけど、違うとは思うけど、万が一ってこともある。


「あのっ、実は昨日、拾ったんです、友達が。青い石の付いた金の指輪を」

「えっ?」

「お探しの物かはわかりませんが、それ拾ったあと、ちょっと変なことがあって──」


 ついでとばかり、あたしは真緒から聞いた話を、すべて彼に打ち明けた。

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