見知らぬ指輪

一視信乃

「あのー、すみません」


 自分ちの門の前。

 いきなり後ろから声をかけられ、条件反射であたしは振り向く。

 そこには、グレーのスーツを着た背の高いお兄さん──よく見ると、日本人形を思わせるみやびなイケメン──がいて、目が合うと彼は、にこやかにいった。


わたくし、ただいま、指輪を探しておりまして──」

「は? 指輪?」


 何いってんの、このヒト──って思ったが、すぐにピンときた。

 貴金属、買い取りますってヤツか!


「……くの、こういった古いものなのですが──」


 そういって上着のポケットから無造作に取り出したのは、小さなチャック付きビニール袋だ。

 中には、青い石の付いた、金の指輪が入っている。

 18金のサファイアの指輪──なのかもしれないが、全体的にくすんだ感じで、子供のオモチャにしか見えない。

 古めかしいデザインに、ちょっと、おばあちゃんのに似てるって思ったけど、アレ勝手に売ったりしたら、間違いなく怒られるだろう。

 だからあたしは、「知りません」と、きっぱり答えた。

 もっとしつこくねばられるかと思ったが、男はあっさり「そうですか」とうなずき、「もし何かございましたら、こちらにご連絡下さい」と、名刺を差し出してくる。

 白い紙に、『石川善知鳥』という文字と、電話番号らしき数字だけが書かれたシンプルなそれをながめ──


 コレ、名前? なんて読むの?


 ──と顔を上げたとき、そこにはもう誰もいなかった。


        *


「──ってなことが、あってさ」


 学校帰り、あたしはに、昨日あった話をする。

 ちなみに、気になりググったところ、『善知鳥』は「ウトウ」と読むらしい。

 海鳥の名前だそうだ。

 幼稚園から高一まで、ずっと一緒の友人は、「ほほう」と強く相槌あいづちを打った。


「そんなスゴいイケメンなんだ」


 やっぱそっちに食い付くかぁと思いつつ、うなずく。


「物腰柔らか、和風美人って感じ。スーツより、冠束帯かんそくたいが似合いそうな」

「いいなぁ、わたしも見てみたーい。あっ、そうだ!」


 真緒はブレザーのポケットをあさり、スッと何かを取り出した。


「コレ、その人に見てもらうってのはどうかな?」


 彼女の手にあるものは、昨日見たのと同じくらい古そうな、金の指輪だ。

 別物だけど、青い石が付いてるせいか、似た印象を受ける。


「どーしたの、それ?」

「拾った」

「は?」

「今朝、落ちてんの見つけてさ。交番に届けるべきか、そもそもコレ本物なのか、あれこれ迷ってるうちにどんどん時間なくなってきて、やべぇ遅刻するって、そのまま持ってきちった」


 てへぺろって表情かおしてから、彼女はひょいと指輪をはめた。

 しかも、左手薬指に。


「オイオイ、抜けなくなったらどうする」

「まさかぁ」


 真緒は手を得意げにかざし、ためつすがめつ、うっとりつぶやく。


「キレイ……」

「まあね」


 古くても、石はキレイだ。

 明るく澄んだ青紫が、光を宿しキラキラと、揺らめくように濃淡を変え、心を捕らえ放さない。


「もらっちゃダメかなぁ……」

「ダメ」


 しっかり理性を働かせ、あたしは友を制止する。


「ほれ、さっさと外す」

「ちぇっ、はるかのマジメっ子」


 不服をあらわにしながらも、素直に外そうとした真緒の手が、ピタリと止まった。


「……けない」

「は?」

「抜けないんだよ、指輪が!」


 「うわぁ、どうしよう……」とうろたえる真緒の横で、「ほら、いわんこっちゃない」と、お約束な展開に、あたしも頭を抱えてしまう。

 人のモン勝手にはめたりすっから、バチが当たったんだぞ──っていってやりたいとこだけど、今は早くなんとかしないと。

 とりあえず、困ったときはネットだ!

 あたしはスマホを取り出し、『指輪 抜けない』で検索する。


「ほら、いろいろ出てきたよ。石鹸せっけんとか糸とか」

「ありがと。家で試してみる」


 駅に着き、改札口で別れるまで、真緒はずっと半泣きだった。


        *


 真緒のヤツ、あれからなんもいってこないけど、どうしたかなぁ?


 時刻は、すでに22時過ぎ。

 いつまで経っても既読にならないメッセージを気にかけつつ、あたしはいつもと同じように、部屋でスマホをいじっていた。

 ベッドにゴロゴロ転がって、動画を見たりしていたが、なんだかソワソワ落ち着かない。

 仕方ない、もう一度送るかと、身体をノロノロ起こしたとき、真緒から電話がかかってきた。

 ソッコー、画面をスワイプする。


「もしもし、真緒っ」

『ゴメン、だけど』


 電話の相手は真緒じゃなく、お姉さんの美緒ちゃんだった。


『あのね、驚かないで聞いてくれる? 実は真緒、帰る途中、事故に遇って──』

「えっ!?」


 驚かないでといわれたが、それは無理な話だった。

 スマホを落としそうになり、慌てて両手で持ち直す。


『永ちゃん、大丈夫?』

「大丈夫です。それより真緒は、大丈夫なんですか?」

『大丈夫よ。命に別状はないっていわれたから。でね、あの子、永ちゃんに、どーしても会って話したいことがあるみたいで、もし良かったら、明日病院まで──』

「行きます、絶対行きます。場所どこですか?」


 通話を終え、あたしはようやく一息ついた。

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