飼われ猫、鎮座の日記

東城 恵介

第1話そりゃ飼われてるけどね、不満はありますよ

 私はね、飼い猫ですよそりゃあ。毎日、ご飯貰って、なんですか、カリカリっていうんですか? あのカリカリした―――ペットフード。そう、ペットフードね。

 ペットフードって、もうね、あんたが食ってるもんちょうだいよって話なんですけどねえ。こちらも猫ですから、まあ人間の食べものが必ずしも猫の身体に良くはないってことはよく知ってますよ。知ってますけど、何も全部別にすることはないじゃないですか。悲しいでしょう、そんなもんは。

 悲しいに決まってるでしょう。だってご主人さまがテーブルにお食事並べてるのに私のカリカリは床の上に皿に入れられておかれてるだけなのですよ。

 風情ってもんがないわけ。床ってのはご飯置く場所じゃないでしょ。よく見てみなさいよ、あなたの足の裏がぺたぺたついてるところじゃない。指紋?足紋?足の裏のあなたの変な模様みたいなものがついてるんですよ。

 それでね、まあペットフードに関する不満はいったん置いときましょうか。置いときましょう。あとでちゃんとその話もするからちゃんと覚えておきなさい。

 話するに決まってるじゃないの、だって毎日のご飯の話だよ。そりゃあしないとだめだよ。あと何年カリカリ食っていかなきゃいけないんだって話なんだから。

 それでね、あれをもらって毎日寝て暮らしてますけどね、それでも毎日ご主人さまと暮らしてたら出るんですよ、不満が。不満が出ますでしょう? 不満なんてのは、一個二個だと我慢できるの。私も大人の猫だから。

 ああ、ご紹介が遅れました鎮座です。

 話はそれるけどね、鎮座って名前もね、最初にこのうちに来た日にね、足の踏み場もない部屋だったもんで、たまたま高いところにあった神棚ってところに座ってなんだこの女はなんて人間観察していたらね―――ん? 人間観察するでしょう。だって初めてこのうちに来た日なんですもの。人間観察くらいしますよ。特に趣味がないアイドルの人間観察とはわけが違うんだから。こっちは飼い主がどうしようもない人間だったら最悪死んじゃうんだから。

 それでね、突然、神棚に鎮座してたから鎮座だなんだって言うんですよ、あの女が。

 女ってのは失礼ですか。女性のほうが良いですか。いちおう、ご主人さまですからね、女性ってことにしときましょうか。

 だったら女性らしくしなさいよっ! 部屋は汚いわ、なにやら白い毛が散ってるわ……え? 毛は猫の毛だ? ああ、これ私の毛なの? ああ、そう。私の毛。これ、毎日私が散らしてこんな部屋が毛だらけになってるの?

 ああそう。え、ほんとに私の毛でいいのね? え、人間に毛はあんまりない?

 毛にくるまれてるのはあんただ? 

 毛にくるまれてるって言い方はあんまりではなくて? 猫なんだから仕方ないじゃない。飼い主なんだから、飼い猫の毛の掃除くらいしなさいよ。

 言っちゃ悪いけど、私の手ってのは部屋の掃除をするようにできてないんですよ。丸いの、手が。見てごらんなさいよ。丸いでしょう? 丸っこくて肉球なんてものがついてるんですよ。丸い手にさらに丸いものがついてるの。

 肉球ついてたら部屋の掃除なんてできないでしょう。掃除なんてものは元々寺の坊主が雑巾絞ってだだーっと床を走り回ってたあたりから始まってるんでしょう。知らないけど。いやほんと知りませんけどね、人間の歴史なんて。

 雑巾がけしてる猫、見たことあるのですか? ないよねえ。それは猫には雑巾がけができないから。わかるでしょう? 猫には雑巾がけができないものなんですよ。タイムスリップでもなんでもして私のご先祖様に聞いてきなさいよ。

 雑巾がけしてますかって。どこにタイムスリップする気かしりませんけど、ご先祖様は言うと思うんですよお。うちの弥生人だの古代ローマ人だのがやってますって。

 だからあんたもやりなさいよ。

 今あなたが猫の毛の掃除をしないとさあ、例えば未来からやってきた未来人が「2018年になると猫の毛の掃除はしなくなるらしい」なんてあなたのだめなところ勉強しちゃって帰っていっちゃったら、2018年以降、猫の毛の掃除はされないことになっちゃうでしょ。

 それはかわいそうでしょ。未来の猫がかわいそうなんですよ。だからあなた、猫の毛の掃除しなさいよ。

 え、話を戻せ? あなたが部屋の掃除しないからこうやって肉球使ってパチパチキーボード打ってんでしょう? 知らせてるのよ、全世界に。あなたの怠惰な飼い主っぷりを見てもらいなさいよ、世界中の人に。

 今度ライブ配信するからね。機材用意しときなさいよ。全世界に知らせてやるんだから。

 知らせてやるんだ、そしてあの猫ずっと寝てる癖に文句ばっか言ってるぞなんて言われて傷つくんだ私は。傷つきますよ、寝てるしかやることないじゃないなんて噛みついて世界中の人間とドンパチやってやるんですよ。

 それでね、うちのご主人さまの名前ね。

 この間、テーブルの上に財布なんて落ちてるもんだから、こいつでカリカリじゃなくてもっと上等なね、猫缶なんてものを買おうと財布を漁っていたらね、人間の間じゃ免許証っていうんですか。

 なんの免許か知りませんけどね、でっかい鉄の塊を動かすために必要らしいんですよ。その前に、あの女性に飼い猫の許可出したらダメだよ国は。

 毎日大変だよ。寝てるしかやることないんだから。こうもっとね、大自然に繰り出して、ネズミなんかにぐわっと噛みついてハンターみたいに周りのトラをキッとにらんでさっそうと去りたいんですよ、私は。

 なのになんの因果かキーボード叩いて間接的に飼い主に噛みついてるんだから。

 この間実際に噛みついたら怒られたからね、私にはもうキーボード叩いてネット上で誰かれ構わず噛みつくしかないの。

 ネット上にトラなんて凶暴な生き物いる? いないわよねえ。いないの。

 そうこうしている間に、爪がすり減っちゃうでしょう? キーボード叩きすぎて。困るの、それじゃ。

 それでね、免許を見たらね、カヤノメイコなんて書いてあるの。

 ご主人さまメイコっていうらしいんだけど、メイコってのはあれですね。いい名前ですね。うん、いい名前。つい名前呼んじゃう。メイコさんなんて。

 それでね、メイコさんなんだけども、二足歩行でぴしっと歩いていたかと思うとね、部屋に入ってくるなり四つん這いになって私に向かってにゃーんとか言うんですよ。

 にゃーんて言うの。にゃーんなんてのは大変失礼な話でしてね。

 こっちは一生懸命、人間の言葉をしゃべってるつもりなんですよ。それがたまたまにゃーんと聞こえたからってね、そのままにゃーんて返事するってのはどうなんでしょうか。

 機材だれかうちに送ってくれないかしら。送ってくれたら隠しカメラで世界に配信してその醜態を見てもらうから。え、やめろ? やめろってあなた、いつもやってることでしょう? もう寝ろ? 寝ろって、まだ朝の8時でしょう? 朝の8時に寝るってどうやって寝るのよ。朝の8時なんてのは夏休みだったら子どもがラジオ体操してる時間でしょう? 外明るいじゃないの。

 蝉みたいに土の中に埋まってるならまだしも、太陽がさんさんと降り注いでいる晴れの日の朝8時に寝るってのは、これはもうずっと寝てろって言ってるようなものですよ。風邪でも引かなきゃ寝てられないよ。

 こっちはさっきカリカリ食べたばっかりでぴんぴんしてるんですよ。

 じゃあPC返せ? それはこっちのものだから?

 PCがあなたのものだから返せって、それだったら私もあなたの飼い猫でしょう?

 飼い猫である私を私があなたに返せって無茶苦茶な話でしょう。そうでしょう。

 ああもうわかったわかった。わかりましたから。

 今日はこれでおしまいね、はいはい。

 カリカリの話、まだ終わってないですからね。これからまた話つけさせてもらいますからね。

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