第二話 バカにつける薬は今回限りの特注品です


「……はは。何だ、結構楽しそうにやってんじゃん」


 オレンジ色の屋根の上から、しゃがみ込むようにして眼下の景色を見下ろす。道武明丸。つい三か月前までは顔色も悪くて、ゾンビみたいだったくせに。

 友達が出来て、街の人と仲良くなれて。一つの目標を達成し、もうすっかり前を向いて歩けるようになった。蹴落としておいてなんだが、まさかここまで変わってくれるだなんて。


「このオレ直々に裁きを下した甲斐があるってことか……へ、へっくしゅ!」


 秋の香りを乗せた海風に金髪を乱暴に弄られながら、くしゃみを一つ。眼下にはエステレラの住民がちらほら歩いているが、彼らが頭上から落ちたくしゃみに気がついた者は居ないらしい。


「あー……また風邪ぶりかえしたかも。くっそー、せっかく一か月ぶりの有休だってのに。あんのクソ上司め、どうせ転生させるならもっと体力があって逞しくしてくれれば良かったのに」

「それなら、薬局カナリスに行って風邪薬でも買って来たらどうだろうか。天使殿?」

「はんっ。バカ言え、何で天使のオレが地上の薬なんかに頼らないといけない……うわっ!?」


 驚きのあまりに、その場に思いっきり尻持ちを付いてしまう。いってぇ! 最悪!! 屋根から落ちなかったのだけは運が良かった。

 いや、でもオレは悪くない!


「テメェ、魔王セト!! 何でこんな場所に居やがる!?」

「それはこちらのセリフなのだが? 魔王が執務の休憩がてら街を出歩くよりも、天使殿が屋根の上からストーカー行為を働いている方が余程珍しいだろう」


 隣で優雅に座って、クスクスとセトが笑う。油断していたとはいえ、天使である自分の隣に気配無く近づくとは。


「貴殿は、サリエル殿でよろしかっただろうか? その派手な格好と口の悪さ、噂通りの方のようだな」

「……マジ不愉快、帰る」

「おや、良いのか? せっかくに会う機会だろうに」


 立ち上がりかけるも、ぴたりと止まる。


「……は? 意味わかんねーし」

「人は死後、天界の民として暮らすか、地上で新しい人生を歩むかの二択。天界の民は悪魔と同じようにファーストネームしか持たず、より良い働きをした者に相応の役職が与えられその名前を名乗るようになる。サリエル殿、こうして知り合えたのも何かの縁だ。貴殿のファーストネームを教えて頂けないだろうか」

「名乗るわけねぇだろ。いくらテメェが魔王でも、天使にとっては関係ねぇんだから」

「そうか、それは残念だ。それでは、あとで彼に教えてあげるとしよう。ルサリィの森で川へ落ちて溺れかけた時、あなたを助けたのは私ではなく、貴殿とお揃いで色違いのブレスレットを付けたガラの悪いストーカー天使だと――」

「ああああー!! テメェ、マジふざけんな!! 見てやがったなクソが!」


 慌ててブレスレットを手で隠しながら、サリエルが吠える。くそう、地上はまだ暑いからと思って、上着を着て来なかったのが仇になった!


「そ、それなら! テメェがドラゴンに攻撃した後、大鎌がツルやら葉っぱやらに絡まって全然動けなくなったこともバラしてやろうか? あー、カッコわる! 魔王のくせに、ダッセェヤツ!」

「……知っているか、サリエル殿。そういうのを共倒れと言うのだ」

「うるせー!! キライ、テメェはキライ!」

「やれやれ。そんなに騒ぐと、誰かに気づかれてしまうぞ」


 呆れた様子のセトに、サリエルが慌てて口を閉じる。うう、顔面が熱い。恥ずかしい。死にたい。一回死んだんだけど。


「……本当に会っていかないのか? アキマルさんは、貴殿のことを本当に大切に思っているようだぞ」


 さらりと銀髪を揺らしながら、麗しき魔王が問い掛けてくる。宝石のような蒼い双眸は、心の中を見透かしてくるようで落ち着かない。

 ふいっと、視線を再び眼下の景色に向ける。


「ふん、絶対にイヤだ。道武明丸は約束も守れないどうしようもねぇヤツだ。まあ……この世界に来て少しは変わったみたいだけど」


 噂をすれば、明丸が再び外へと出て来た。どうやら、先程の親子を見送るつもりらしい。母親が何度も頭を下げて、ほっとした表情で店を後にした。


「……別に、医者だの何だの、そういう大層な職に就けっていう意味じゃなかった。ただ、オレの分まで……いや、そんなのも関係なく人生を謳歌して欲しかった。ただ、それだけだ」


 今でも、全部覚えている。共働きの両親の代わりに、ずっと一緒に居てくれた人。大きくて温かい手も、大きい背中も、全部格好良かった。大好きだった。だから、生きて欲しかった。

 そして、悔しいけど。それらを大切にしてくれる誰かと一緒になって欲しかった。誰かを幸せにする力がある人だと信じていたから。

 それなのに、まさかそれを自分で全部捨てるなんて。許せない。


「……でも、あの時。探してくれたのは、ちょっと嬉しかったな」


 ふっと、無意識に表情を綻ばせる。川に溺れかけた明丸を助けた後、サリエルは大人しく天界に帰ろうとした。大体、あの日は二か月ぶりの半休だったし。

 でも、思いもよらぬことに明丸が探しに来てしまった。相手がもう死んでいるとわかっている筈なのに。

 情けないヤツだと呆れつつも、すっかりその場から動けなくなってしまったのを覚えている。何なら、そのせいで風邪引いたんだし。


「……なるほど、これが反抗期というやつか」

「ウルセェ。ま、そうだな……オレが死ぬ前のカッコイイあの人に戻ったら、ネタばらししても良いかもしれねぇな」


 いつの間にか、仲良し四人組でじゃれつき始めている。久し振りに見た、彼の楽しそうな様子を見守りながら、サリエルは笑った。


「それまで、元気に頑張れよ。なっ、おにいちゃん?」

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ようこそ、異世界薬局カナリスへ! ―バカにつける薬は今回限りの特注品です― 風嵐むげん @m_kazarashi

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