エピローグ
拝啓、ド鬼畜天使様。あなたにお礼を言わせてください。
第一話 ようこそ、異世界薬局カナリスへ!
エルの庭でバカ騒ぎした、翌日。今日は薬局が休業日の為に、明丸とユアは久し振りに店と家の大掃除をすることにした。
最初はユアの部屋から手を付け、次はアキマルの部屋だ。ううむ、それなりに綺麗にしていたつもりなのだが。
「あー、結構埃が溜まってますね」
「そうですね。この三か月、ずっと忙しかったので……。でも、アキマルさんが居てくれて助かります。私では、手が届かない場所もあるので」
ソアが床をモップで掃いて、明丸が棚や窓を雑巾で拭く。手分けしている分効率は良いが、ずっと手抜き掃除だったのが汚れとして見せ付けられてしまう。
幸いにも、今日は透き通るような青空だ。こうなったら、布団やクッションも纏めて干してしまおう。
「久し振りのお休みですからねぇ。掃除が終わったら、買い物にでも行きませんか? 最近、少し涼しくなってきましたし。秋に向けて何かと買い足したいですよね」
「……あの、アキマルさん。私達が最初に出会って、お話した時のこと……覚えていますか?」
「最初、ですか?」
モップで綿埃を集める手を止めて、ユアが明丸をじっと見つめる。はて、何のことだろう。確か……ユアに助けて貰った後、この部屋で目を覚まして。魔改造された薬を飲まされた後、家の中や街を見て回って。
……思い出した。そうだ、明丸はユアと約束していたことがある。
「も、もちろん! 俺が、ここから出て行くって話ですよね!」
危ない危ない。そうだ、最初はユアが一人で暮らしているこの家で同棲するなんて、とてもじゃないが申し訳なさすぎて。でも、例の借金騒ぎのせいで結局今までなあなあとなってしまっていたんだった。
「も、もう少しだけ時間をください。まだ、住む場所とか決めてませんし。色々準備が出来次第、すぐに出て行きますから――」
「アキマルさん。私の話を、聞いてください」
ユアが明丸の傍まで歩み寄り、手に触れた。自分よりもずっと細い指に、思わず胸が高鳴る。
はっ、こ……この展開は、まさか。
「ゆ、ユアさん?」
「アキマルさん……私、ずっと前から言おうと思っていたんです」
瞳を潤ませ、頬を染めながら。ひょ、ひょっとしてこれは! まさか、やっぱりそういう展開かな!
いや、それなら……果たして、女性から言わせるのもどうなのだろう。これはやはい、男から切り出すべきでは。
そうだ、覚悟を決めろ道武明丸!
「ゆ、ユアさん……俺、俺も実は――」
「一か月のお部屋代、一万リレでいかがでしょうか!?」
「…………はい?」
えっ、何の話?
「も、もちろんお給料もお支払いします! なので、ご飯付きで一か月一万リレです!」
「あ、あのー」
「同棲が嫌なんですよね!? だから、私が大家さんでアキマルさんがお部屋を借りている、みたいな。そんな感じで今後はどうか」
「ゆ、ユアさん?」
「うえーん! お願いしますアキマルさーん! 出て行くなんて言わないでくださいー! また独り暮らしなんて嫌ですー! 寂しくて耐えられませんー!」
アキマルの手を掴み、両手でぶんぶんと振り回しながらユアが喚き始めた。な、なるほど。そう来たか。ですよね!
とりあえず、お約束な勘違いをしてしまった自分を殴りたい。グーで。
「この三か月、本当に楽しかったんですー! 独り暮らしだと色々不便だし、嵐とか雷の日は怖いし! それに、まだまだお薬のことをお勉強したいし。だから、一生のお願いですアキマルさん! 私と一緒に居てください! 見捨てないでくださいー!!」
「わ、わかりました。わかりましたから、落ち着いて!」
「ほ、本当ですか?」
ぴた、とユアの猛攻が止まる。うーん、振り回されて肩のコリが和らいだ気がする。
「でも、一つだけ良いですか?」
「は、はい。何でも言ってください!」
「食事つきで家賃一万リレは安過ぎます。一か月五万リレ払います、それでどうでしょう?」
空いている方の手で、明丸が指を五本立てる。風呂、トイレ付。更には家具と食事付物件で五万でも破格だ。
「そ、そんなに頂けません! では、二万リレでどうでしょうか?」
「大して変わってないですよ! それなら、四万で!」
「さ、三万リレ! 三万リレです! これ以上は上げられません!」
むむむ、と見つめ合う。家賃をつり上げていく交渉って、一体何なんだろう。
思わず、二人してぷはっと吹き出して笑ってしまう。
「あっはは。あー、もうわかりました。それじゃあ、一か月三万リレお支払いします」
「はい! やった、ありがとうございます。アキマルさん、改めてこれからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
お互いに、頭を下げて。まあ、何はともあれユアとこれからも一緒にいられるようになっただけ良いか。
……いずれは、自分の気持ちを打ち明けないといけないのだろうけど。
「アキマルさん」
「はい、何ですかユアさん?」
「えへへ。なんか、新婚さんみたいですね。私達!」
爆弾発言! 気を抜いた瞬間に爆撃してするんだからこの人はもー!
「そうだ、アキマルさん。記念にちょっと、窓から叫んでも良いですか?」
「えっ、唐突! ま、まあ良いですけど」
顔面の熱さに悶える明丸を尻目に、ユアが窓から顔を出す。そして、息をいっぱいに吸い込むと、空に向かって大声で叫び始めた。
「おとーさーん! 私、薬局を護ることが出来ました! お友達も、頼りになる方も出来ました! だからもう、私はだいじょーぶでーす!! 安心してくださーい! ……ふう。久し振りに叫んで、すっきりしました」
「久し振りって、今まで定期的に叫んでたんですか?」
「はい! 天国のお父さんにも届くように、時々叫んでいるんです。アキマルさんも、弟さんに向けてどうですか? 結構すっきり出来ますよ」
ささ、どうぞどうぞ。場所を譲られてしまい、断るタイミングを失ってしまう。マジか。薬局にお客さんが来なかったのって、もしかしたら薬の魔改造だけが原因じゃなかったのかも。
……ええい、ままよ! 明丸も窓から顔を出すと、胸が軋むくらいに大きく息を吸って。叫んだ。
「あきやー!! おにーちゃん、まだまだ格好悪いけど! もう二度と、お前との約束破らないから! 逃げないから! だからー、安心してくれよなー!」
「お見事です! どうですか、アキマルさん」
うん、微妙! 爽快感よりも、恥ずかしさの方が遥かに勝るわ! せめて、誰にも聞かれていないと良いんだが。
「……何してんだ、お前ら」
「にゃーん! シナモン抜きで楽しそうなことするにゃ! ずーるーい!」
……何故だ。どうしてこういうタイミングで知り合いと遭遇するんだ。
「あ、ハルトさーん。シナモンさーん。おはようございます、どうしたんですか?」
「いやー。なんかこの人が困ってるみたいだからさー」
「そうにゃ! にゃんか、お子さんの熱が下がらないんだってー!」
「ご、ごめんなさい。お店、お休みだったんですね。でも、この子……昨日から熱が下がらなくて……」
聞き覚えのない声に、明丸とユアが窓から覗き込む。見ると、ハルトとシナモンに挟まれる形で、子供を抱いた若い女性が申し訳なさそうな表情で立っていた。
子供は三歳くらいの女の子だろうか。確かに顔が真っ赤だし、元気がなくて辛そうだ。
明丸とユアが顔を見合わせる。そして、
「……俺が先に行きます!」
「ええ! ずるい!」
掃除道具をその場に放り投げて、急いで一階へと降りて店のドアを開ける。
「全然構いませんよ。ようこそ、薬局カナリスへ! うちには魔王さまの病気さえ治した、凄腕の薬師が居りますよ?」
「照れます! 薬局カナリスでは、病気や怪我で困っている人を全力でお助け致します。中へどうぞ、詳しい症状を聞かせてください!」
「ああ、良かった……! ありがとうございます!」
親子と、ついでに友人達も招き入れ。結局、薬局カナリスはいつも通り。季節が移り変わっても、借金が無くなっても、何も変わらなかった。
まだ、前の世界への未練は断ち切れない。恐らく、一生後ろ髪を引かれることになるのだろう。それでも、明丸はこの世界で全力で生きていくことに決めた。
星になって、空の向こうに行ってしまった明弥にも見えるように。精一杯、やれるだけのことをやっていこう。そう、決意を新たにしたのだった。
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