春の君
六条鎬
第1話
時は大正八九年。季節は新緑を向かえ、青々と若さに溢れた葉が眩しく輝いていた。
独自の文化で発展してきた島国は異国の知識を取り入れ、大きな町は少々ハイカラになっていた。
帝都の女学校の制服が袴からセーラー服になったのもそのせいだ。紺を基調としたセパレート型のセーラー服が主流で、ワンピース型は減ってきている。
桜花は女学校で同室になっている少女と一緒に町へ出かけていた。長期休み以外、制服着用が必須のため、二人の白いセーラー服は街中で少し目立った。路面電車の車内だが、正面に座る幼子には穴が開くほどじーっと見つめられている。
「なーんか見られてるね」
桜花は声を潜めつつ、隣に座るおかっぱ頭の少女に話しかけた。彼女は視線を物ともせず、幼子に小さく手を振った。幼子が笑顔で振り返す。
「全寮制のお嬢様学校の制服きた女の子が、付き人もなしに電車に乗ってたら……ねえ? あたしは庶民だから関係ないけど」
少女の名は
「茜もお嬢様に見られているのよ。私よりよっぽど風格あるし」
ぴんと伸びた背中も揃えられた足も。茜は頭の天辺からつま先までお嬢様なのだ。桜花は見た目と家柄だけがお嬢様である。こんな白いスカートより、汚してもいい格好で野山を駆け回りたい。
電車が目的地で停まった。二人はお金を払い、車掌に声をかけてから降りる。
第四女学校の最寄りの停車場から北に数駅。停車場には『
「これが元
「これは
茜に手を引かれ、桜花は大門をくぐった。
この地は五十年前まで花街だった。
「三門と塀は残ったから、更地にして商店街にしちゃったわけ。うち見たいな昔から店を構えてた人も戻ってきてるし、地方からの行商人や異国のものも扱ってるの」
「立派な街だね。京都の
「せっかくだから見た目もきれいにしようって、こうなったみたい。うちの
大きな通りを歩きつつ、茜に尋ねる。
「茜の家は遠いの?」
「遠いと言えば遠いかな。ここは区画を南北に走る
茜は近くの案内板で現在地と書かれた赤い点を指す。
「全部で二十四の区画があって、
「そんなに!?」
塀の中は意外と広いようだ。茜が商店街と呼ぶからもっと小さいものだと想像していたのに。
「用事のある飴屋は五華。今時流行りの甘味処は二華。停車場近い方が帰りも楽だし、先に飴屋ね。大通りに沿って歩けばこんな格好でも攫われたりしないから。陸軍も見回りするし、
茜に案内を任せ、目当ての飴屋に辿り着く。少し奥まった場所に店を構えていた。『
「看板焦げてるけど、ここも古いの?」
「うちと同じくらいじゃないかな。お店の人は若いよ。若旦那ー、遊びにきたよー」
言いながら茜が
「お邪魔しまーす」
見た目より店の中は広かった。両側の壁には天井に届かんばかりの棚がずらりと並び、大きな四角い瓶がきれいに収まっている。その中に色とりどりの飴玉がたくさん詰まっていた。虹のように鮮やかな色の波が見える。
「ビー玉みたい」
正面奥には勘定する台があり、その先にも暖簾で仕切られた部屋がある。おそらくそちらで生活しているのだろう。
店内中央には腰の高さほどの棚が背中合わせで三列並ぶ。中位の瓶と小さい瓶に飴が入っていた。飴玉も大小様々な大きさがある。模様が微妙に違うので、同じ大きさの同じ飴でも見ていて飽きない。
じっくり棚を眺めていると、奥の部屋から下駄を転がす音が聞こえてきた。暖簾をめくり、紺色の羽織を肩にひっかけた男性が出てくる。確かに若い。三十路手前だろうか。
「あ、若旦那! お邪魔してます」
「おや。茜ちゃんと……」
若旦那は茜から桜花に視線を移し、目を見開く。茜が桜花の隣に並んで紹介してくれた。
「この人が若旦那。ここの店主だよ。若旦那、あたしの友達の三條桜花さん。あの三條のお嬢さんなんだよ」
「ちょっと、私養子だからそういう紹介しないでよー」
三條姓を名乗らせてもらっているが、子供として認められたわけではない。当主の三條
困る桜花に若旦那が頭を掻いて謝った。
「ああ、まじまじ見て申し訳ありません。知り合いに似ていたので……起きたのかと」
「?」
若旦那の知り合いは寝たきりなのだろうか。詳しく聞くのも憚られたので聞き流す。
若旦那は小さい空き瓶を手に取ると、茜に確認した。
「茜ちゃん、いつものでいいかな?」
「はい。二人分お願いします」
店内を回り、瓶に大小さまざまな飴が掬われては落とされていく。きらきら輝く飴は宝石を詰め込んでいるかのようだった。
「今日はお休みかな? 第四は全寮制だし長期休みじゃないと帰ってこないと思っていたよ」
「外出届を出したら出られるの。どうしても桜花にここを紹介したくて」
茜と顔を見合わせ、桜花は笑う。
「茜から分けてもらった飴が美味しかったので。食べたいって言ったら連れてきてくれました」
二人でお金を払い、瓶を受け取った。
「毎度どうも。なくなったらまたおいで。瓶を持ってくれば詰めてあげるよ」
若旦那に見送られ、二人は二華にある甘味処へ向かった。
二人が見えなくなるまで手を振っていた若旦那は、桜花の後姿を目に焼き付ける。
「――彼女が目を覚ましたのかと思った」
若旦那の知り合いに桜花は恐ろしいほど似ていた。もう少し若ければ双子でも通じるほどに似ていた。
「随分似ている子だな……政府が動いたか?」
ぶつぶつ呟きながら店の中に戻っていった。
最近
一口食べれば顔が緩む。茜も幸せそうな顔で食べていた。
「美味しい……今までこんなの食べたことないかも」
二人はあっという間に平らげてしまい、余韻に浸る。腹も落ち着いたのでそろそろ勘定しようかと思っていた時、店内がざわついた。何事かと思えば、陸軍の軍人が見えた。黒髪にきりっとした目元の男前だ。涼しげな顔立ちにどきっとしてしまう。世の中にはあんな格好いい軍人もいるのか。
(利光様もおじじ様も顔怖いし)
みんな厳ついものかと思っていた。
茜が声を潜める。
「なんか格好よくない、あの人」
「うん……ちょっと怖そうだけど」
男は何かを探しているのかきょろきょろしている。視線はやがてこちらを向き、桜花と目が合ったように思えた。
「?」
男の目が大きく見開き、客を掻き分けてこちらに歩いてくる。机の前にこられると、鍛えられた身体から溢れ出る威圧感に小さく震えた。
(こ、こわっ……目力すごい)
一睨みで人を殺せそうな勢いだ。男は茜には目もくれず、じっと桜花を眺めていた。
「あ、あの……何かご用でしょうか?」
「貴様、三條桜花で間違いないか」
「へ?」
名前を言い当てられるとは思っておらず、間抜けな声を出してしまった。
「三條桜花かと聞いている」
少し苛立った声に桜花は背筋を伸ばして答える。
「は、はい! そうです!」
「ならばこい」
男は桜花の手を掴むと椅子から引き上げる。空いた手はポケットに突っ込み、紙幣を机に置いた。
「この娘は所要で借りていく。勘定はそれで済ませ。釣りは要らん」
早口にまくし立て、男は桜花を店の外へ引っ張り出した。甘味処は南門の側なので、五分とかからずに出てしまう。彼と歩幅が違うので足が何度ももつれそうになった。
「あの! どこに行くんですか?」
「陸軍本部だ。手間をかけさせやがって」
どういう意味かと問おうとしたが、相手は軍人だ。逆らってぶたれるのは怖いし、自分が何故引っ張られているのかも分からない。逃げ出そうにも手首をしっかり掴まれているので隙がない。
(軍人さんだから当たり前か)
どうせ引っ張るなら手を繋いで欲しい。手首が痛い。
大門の近くに軍用車が一台停まっていた。ドアを開けて押し込まれる。すかさず彼に詰められ、ドアが閉まる。車が急発進した。見る見る大門から離れていく。
置いてきた茜が心配だが、知った場所だ。一人で学校にも戻れるだろう。
(それより私の方が危ないわ)
流れに呑まれて車に押し込まれたが、本当に本部に向かっているのかも怪しい。桜花は隣の軍人を見つめ、咳払いをして目線を寄越させる。
「あなたの名前と所属を聞いてもいいかしら。見ず知らずの殿方に攫われたとか学校にも家にも報告出来ないもの」
無視されるかと思ったが、男は名乗ってくれた。
「俺は
「中御門って――中御門公爵家!?」
超が付く名門家だ。今まで何人も優秀な軍人を輩出してきている筋金入りの軍人一家だ。
軽く引いている桜花を気にすることなく、四郎丸は腕を組んで話を続ける。
「公爵は俺の爺さん。三條の御隠居と同期だ。お前のことは爺さんから聞いて知っている。七つで三條家に迎えられたと」
(おじじ様と彼のお爺様が同期)
桜花自身がどうこう言われるのは問題ないが、拾ってもらった御隠居に迷惑がかかるのは避けたい。じりじりと距離を取る。出来るだけ離れたかった。
「あの、佐久夜寮って聞いたことないんだけど」
「本年度から新設された寮だ。行方知れずの『
五十年と少し前に
「ええ。でも、一応季節は巡っているわ。作物だって問題ないのでしょう?」
「問題ないように神々が調整をかけている。その有効期限がもうじき切れる」
「え?」
神々が調整をかけている? 有効期限が切れる? 一体なんのことだ。
桜花の頭の中は疑問符が浮かんだまま。車は帝国陸軍の本部に到着し、四郎丸に下りるよう言われた。先をスタスタ歩く四郎丸に遅れないよう、桜花は小走りになる。足を隠すスカートが邪魔で、少し持ち上げた。見張りには素足を晒す桜花が奇怪に映っただろう。
(あの人がもう少しゆっくり歩いてくれれば、こんな格好しなくていいのに!)
足の長さが違うのだから当然歩幅も変わってくる。彼は鍛え抜かれた軍人だ。一歩の幅も、次の一歩を踏み出す早さも桜花とは比べ物にならない。
とある扉の前で四郎丸が立ち止まりノックをする。そこで追いついたものの、中に入ってしまったのでまた走ることになった。
「な、中御門、さんっ! 早い! 歩くの早いわ!」
「武家の養子ならばこれくらいこなせ」
「無茶言わないでよ! 花嫁修業しかしてないわよ!」
――嘘だ。一応剣術と乗馬は出来る。
広い廊下に二人の声が響く。長い廊下の終わりに、他とは違う扉があった。部屋というより物置小屋に見える。
四郎丸がノックをし、中から入室の許可が下りた。扉が開き、二人は中に入る。
室内は倉庫を改装した部屋だった。壁と床だけ新しい。書類の納められた棚が部屋の半分を占めている。空いた場所に机を押し込んだ感じだ。
「三條桜花を連れてきました」
敬礼を取った四郎丸に、桜花は掴んだままのスカートを直す。後ろで静かに扉がしまった。振り返ると優しそうな面差しの男性が閉めていた。彼は桜花に気付くとにっこり笑う。こちらに歩いてきたかと思えば、桜花の隣に並んだ。桜花の顔を覗き込むように腰を屈める。ハンカチを差し出された。
「初めまして。三條桜花ちゃん。随分疲れてるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫……です……ありがとうございます」
ハンカチを受け取り、使わせてもらう。焚き付けた香がほのかにかおってくる。いいにおいだ。男性は上体を戻すと四郎丸を注意する。
「シロー。ちゃんとエスコートしたのかい。三條のお嬢さんだよ」
「エスコートは不要だ。招いたわけではないからな」
「どうせ歩調も合わせずきたんだろう。だから僕が行くって言ったのに」
男性は近くの席から椅子を持ってきてくれた。
「はい。これに座って。ちょっと長話になるから」
「し、失礼します」
桜花は女学校で教えられた通りの動作で腰を下ろす。座って正面を見て、初めてそこの席に誰か座っていることに気付く。熊のような体躯の男性だ。
「急に連れてくることになったのは申し訳ない。三條家には連絡済だ。勝手に連れて行っていいと言うから、シローを迎えにやった。にしても時間がかかったな。探すのに手間取ったか」
冗談交じりの言葉に四郎丸が少しむすっとしながら返す。
「こいつが学校にいなかったんですよ。五華まで出かけてると言われ、散々聞き込みしました。目立つ格好だったのですぐ見つかりましたが……おい小娘、なんでじっとしてないんだ」
「今日は外出届を出して出かける日だったの。
知らないうちに陸軍の迷惑になるようなことをやってしまったのだろうか。女学校に入ってからは家の面子もあるので大人しくしているし、元花街に行ったのも今日が初めてだ。
四郎丸の説明に熊男が呆れる。
「シロー。お前説明もしないで連れてきたのか。そりゃ人攫いって言うんだぞ。三條桜花君。済まなかったね。ワシは
熊男――もとい、金太郎が説明を始めた。
「三條君をここに連れてきたのは、我々の調査に協力してもらうためだ。佐久夜寮は
「何を契約したんですか?」
「春の君がいなくなったことで四季が三季になってしまった。それでもどうにかこの国が滅ばないように季節の調律を願った。春がこなくても草木は芽を出して実るだろう? 春季を曖昧にし、大地に大きな影響が出るのを防いでもらっている。その契約が五十年。来年の春までに春の君が見つからなければ、永遠に冬が終わらない。次の季節が巡らなくなる。ずっと捜索を続けているが居場所を突き止めるものは何一つない。分かっているのは春の君の安否くらいだ」
桜花はひざに置いた手を握り締めた。国家に関わる大事な話を一般人である桜花に説明している。断れば首が飛びかねない。
「探し続けているんですから、無事なんですよね?」
「彼女は眠っている」
「眠っている?」
オウム返しした桜花に金太郎が頷く。
「桜の木々を見れば分かるのだが、春の君が行方知れずになってからずっと眠っている。死んではいない。だから我々は
――でも、見つからなかった。
「ここまで探して見つからないのは、神隠しにでもあったんじゃないかと
呼ばれた理由はなんとなく分かったが、春の君捜索に役立つのだろうか。不思議な能力はたぶん持っていない。
不安そうな顔を浮かべると、金太郎がにっかり笑う。
「君の容姿は春の君によく似ている」
隣で微動だにしなかった四郎丸が一枚の写真を寄越した。古い写真に桜花とよく似た女性が映っている。袴姿が美しい。
「似てはいますけど……この人の方が何倍も美人ですよ?」
言えば四郎丸に言い返された。
「当たり前だ。お前みたいなじゃじゃ馬と一緒にするな。四季神だぞ」
いちいち頭にくる言い方だ。写真を四郎丸に返す。
「似た者は惹かれ合うというし、多少の誤差は目を瞑ってもらおう。三條君。これは御上からの命であり、君に拒否権はない。それでも、進んで協力してくれると我々は嬉しい」
今後の付き合いも考えて強要したくないのだろう。捜索に協力すれば顔を合わせる機会も自然と増える。ぎすぎすな関係で仕事をするより、少しでも気楽にいたい。
桜花は立ち上がり、まっすぐ金太郎を見据えた。
「あと一年で冬しかこなくなるとか言われたら探すしかないじゃないですか。捜索に協力致します」
桜花の言葉に三人が安堵の息を吐く。緊迫した空気が一気に緩くなった。
「はぁ~これで捜索が一歩前進する」
金太郎がだらしなく机に突っ伏した。海斗は桜花が座る椅子の背もたれに肘を置き、微笑を浮かべる。
「ありがとう。と言うわけで早速なんだけど」
勢いよく扉が開き、坊主頭の男性が大股で入ってきた。
「シロー、カイ! 三條への説明は済んだか!」
大きな声が鼓膜にびりびり響いてくる。四郎丸が振り返り、短く答えた。
「はい」
「よろしい! では三條!」
桜花の正面に坊主頭の男性が立った。
(思いっきり軍人さんだ!)
四郎丸や海斗は普通だが、彼は前線で戦っていてもおかしくないような屈強な肉体を持っている。男だらけの部屋に連れられてただでさえ参っているのに、漢と表現した方がしっくりくる相手と対峙することになるとは。
「私は
囚獄司は監獄の管理を任された者だ。怖さが増す。
「三條、貴様は本日付で佐久夜寮に配属が決定した。見習い枠だ。そこで制服を支給する」
「せ、制服ですか?」
「セーラー服では軍務に支障をきたす。捜索にぴったりな物を用意した」
桜花は龍正に抱えられ、近くの空き部屋に放り込まれた。
「そこに着替えがあるから着て戻れ!」
「着ろって一体何を……ん?」
机には着物が畳んで置いてある。側には一筆添えてあった。
『女学生は袴以外許さん』
なんとも男らしい文字で
仕方なく桜花は袴に着替え、脱いだ制服を用意されていた風呂敷に包んだ。先程の部屋に入るなり、龍正が目を輝かせて近付いてくる。
「女学生にはやはり袴が似合う! 長官、これなら春の君も見つかるでしょう!」
座っていた金太郎も席を立ち、桜花を間近でとっくり眺める。
「似てると思ったけど着替えるだけでここまで似るんだなあ……三條の御隠居には感謝しないと」
あまりに見つめられるので恥ずかしくなり、顔を伏せた。海斗がさりげなく助けてくれる。
「長官、若い娘をじろじろ見たら悲鳴を上げられますよ」
「おっと! そうだな。では三條君の護衛はシロー、お前に頼もう」
「俺ですか?」
不服そうな四郎丸の肩を金太郎が叩いた。
「うちで一番若いのはお前と藤原だ。藤原はあの調子だからすぐに打ち解けるが、お前はそうも行かない。剣術の腕も立つしな。お前が側にいれば滅多な輩には絡まれまい。上官命令だ」
命令と言われ、四郎丸が仕方ないと桜花を見下ろす。
「そういうわけだ。よろしく頼む」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」
ではさっそく頼んだと金太郎が朗らかに言った。
「ひとまず女学校まで送り届けてこい。門限は過ぎてしまうが、早めに戻った方が学校も安心する」
「分かりました。行くぞ小娘」
スタスタ歩く四郎丸に呆れ、ふつふつと怒りが湧いてくる。金太郎達に挨拶をし、四郎丸を追いかけた。袴なので少し走りやすい。女史に「廊下を走るな」と耳にタコが出来るほど言われてきたが、今走らねば永遠に追いつけない。
走って四郎丸の隣に並ぶ。彼の歩調に合わせると桜花は自然と小走りになってしまうが、並んで文句の一つも言わねば気が済まない。
「こ、小娘って呼ばないでよ! あなたいくつよ!」
「二十六だ。一回り離れれば小娘だろう。遅れるな」
――確かに小娘だ。だが、せめて苗字か名前で呼んで欲しい。
「中御門さん! 私には三條桜花って名前があるの。小娘呼びは嫌」
「どう呼ぼうが俺の勝手だ。お前が反応するなら小娘だろうがちんちくりんだろうが構わないだろう」
「ち……誰がちんちくりんよ!」
かっとなって荷物を投げた。荷物は四郎丸に当たることなく掴まれてしまう。
「荷物持ちくらいはしてやろう。見た目は女学生だしな」
ふん、と鼻で笑われる。頭にくるのだが、何をやっても通じる気がせず、悔しくて仕方がない。
車に乗せられ、四郎丸が運転する。車内では一切しゃべらなかった。
(藤原さんの方がよかった)
仲良く出来るわけない。出会い頭にちょっと格好いいとか思った自分が恥ずかしい。終始無言のまま女学校の正門に送り届けてもらった。それでも礼だけは言っておく。
「送っていただき、ありがとうございました」
「教師には話してある。まっすぐ職員室に行け。それと、これから毎日袴でいろ」
「はあ?」
この男は女学校の校則を知っているのだろうか。休日でも制服着用が義務付けられている。それなのに袴でいろと言うのか。
「急な召集をかける可能性が高い。着替えを待つのは時間の無駄だからな。政府からも書類が届いているはずだ。お前からの説明は必要ない。じゃあな」
桜花の返答を聞くこともなく、四郎丸は帰っていった。一応車が見えなくなるまで見送り、敷地内に入る。
「なんなのあの男! 私に四六時中袴でいろっていうの!? 目立つじゃない!」
同級生にはなんと説明すればいいのか。
「春の君捜索とか、私に勤まるのかな……」
神々との契約で約束されたこの暮らしもあと一年。暦の上では春が過ぎているので、実質一年もない。
ずるずると落ち込みそうになったが、首を振って気持ちを持ち直す。
「ううん。見つけなくちゃ。冬のままなんて嫌だもの。桜ってすごく美しくて儚い花だっておじじ様言ってたし。私も見てみたい」
今の季節が最後になってしまわぬように。
職員室での説明を一通り考えつつ、桜花は校舎に入って行った。
春の君 六条鎬 @r_sinogi
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