第252話 最終話〜エピローグ〜

「お母様。今日はこの本読んでください」


 僕は毎晩寝る前にお母様に本を読んでいただくのが好きだ。

 特に、二千年前、この国の始まりとされるころのお話が好きだ。


「いいわよ。でも、貴方、本当にこの時代のお話が好きね。昨日も『女商人と拷問貴族』を読んだし、一昨日も『太陽の王子と雪の花嫁』を読んだでしょう?」


 お母様の仰る通りで、僕は毎日のようにその時代のお話を読んでもらっている。


 人間も獣人も魔族も。

 いろんな種族が一緒に暮らす僕たちの王国。


 この国の王妃であるお母様は人間だし、王であるお父様は魔族だ。


 二千年前は魔族が人間を食べていたと言う信じられない話もあるけど、大賢者様が、人間を食べなくても済む食事を開発してからは、魔族も人間も、同じように暮らしている。


 邪神を信仰する神国や、お金だけが全ての商国、そして武力強化をやめない帝国に囲まれているこの王国。

 そんな環境にある王国が、長い間、平和を維持できるようになったきっかけの時代。

 それが二千年前だ。


 今とは違って争いが絶えなかった時代。


 その時代の話は、嘘か本当か分からないようなことも多いけど、本当に面白い。


 先ほどお母様が話した二つのお話は、この国ではとても有名だ。


 子どもが悪いことをした時には、必ずと言って良いほど、『そんなに悪戯ばかりしていると、女商人に捕まって拷問貴族に売られますよ』と脅される。

 お金のためなら邪神にさえも味方する女商人や、拷問が趣味で奴隷を買っては拷問を続ける貴族なんて、本当にいたとは思えない。

 でも、僕がもっと小さかった頃、大人からそう言われるのは、本当に怖かった。


 ちなみに、モデルとなった二人は勇者様のおかげで改心して、女商人は国の経済を支え、拷問貴族は犯罪者に罰を与える役目になったという話もあれば、あまりにもみんなの恨みを買って残酷に殺されたという話もある。

 本当のところどうなったかは分からないけど、それでも怖いものは怖かった。


 太陽の王子と雪の花嫁は、特に女の子に人気な話だ。

 醜い姿をした女の子が、太陽のように眩しくて素敵な男性と出会って、その男性の魔法で雪のように美しくなる。

 美しくしてもらった女の子は、男性のことを好きになったけど、その男性には別に好きな人がいた。

 しかも、その女の子の他にも、その男性のことを好きな人がいっぱいいた。

 それでも、献身的な愛を注ぎ続けることで、最後はその男性と結ばれるという、恋物語だ。


 どちらも好きなお話だけど、それよりも好きなのは、この国の建国者でもある、伝説の勇者様の話だ。

 勇者様についてはいろんなお話があるけど、今日の話は特に好きだ。


「伝説の勇者と九人の花嫁」


 お母様が本の題名を読む。


 勇者様に関するお話は、色々あるが、簡単に言うとこんな感じだ。


 勇者様は奴隷の子どもで、さっきの話にも出てきた女商人によって拷問貴族に売られる。

 拷問貴族に拷問を受けた後、今度は魔族の食事として売られてしまう。

 そんな悲惨な境遇にもかかわらず、勇者様は自分を食べようとしていた魔族を倒して僕(しもべ)にし、その実力を人間の王様に認められ、お姫様の婚約者になる。

 そのまま幸せに暮らすはずだったのに、一千年の間、誰にも負けたことがない魔王が、手下の四魔貴族に命じて人間の王様を殺して、お姫様を攫ってしまう。

 勇者様は獣人の王に魔剣士様、大賢者様や龍の女王を仲間にして、一緒に魔王の元へ向かう。

 邪神に操られていた魔王は、勇者様以外の全員を殺しちゃうけど、勇者様は魔王を倒した後、邪神を封印し、魔王も含めた全員を魔法で生き返らせる。


 今日の話はその続きだ。


「邪神の呪いが解けた魔王は言います。『私は一千年の間、貴方のような方を待っていた。私と結婚してほしい』勇者様は答えます。『魔王よ。貴女は素晴らしい女性だ。でも、貴女以外に、私との結婚を望む八人の女性がいる。私は全員を平等に愛す。お前もそれでもよいか?』」


 お母様はここで話を区切る。


「やっぱりやめない? このお話、子ども向けじゃないし……」


 僕は首を横に振る。


「いやだ! 聞く!」


 駄々をこねる僕に、お母様はため息をつきながら、諦めたように続きを読む。


「魔王は答えます。『それは困る。貴方のように素晴らしい男性には、私のように世界一美しく、貴方を除けば世界一強い私のような女性が相応しい。そうだ。戦って決めよう。邪神が蘇った時、貴方と一緒に戦える女性が貴方には相応しいはず。足手まといはいらない』魔王はそう言うと、勇者様の花嫁候補たちへ次々と襲いかかっていきます。龍の女王も。魔剣士も。獣人の王も。人間のお姫様も。四魔貴族も。獅子の獣人も。大賢者様も。彼女たちは奮闘しますが、一千年不敗の魔王には全員で戦っても敵いません」


 お母様の話に、僕はごくりと唾を飲む。


「その中でも一番何の特徴のない、勇者様の僕(しもべ)の魔族が、戦いの中で魔王の手によって殺されそうになってしまいます。その時でした。『待て、魔王よ。その人を倒すというのなら、私を倒してからにしろ。その人は、私の大事な人だ』。勇者様はそう言うと、魔王を倒した剣を抜きました」


 お母様は少しだけ間を開けます。


「その様子を見た魔王は言いました。『勇者よ。全然平等ではないではないか。貴方は自分に嘘をついている。貴方がその者を誰よりも愛しているのは、誰よりも優れた目を持つ私には分かった。貴方はその者を正妻にするべきだ。ただ、私も側妻として側に置いてもらえると嬉しいが』魔王の言葉で勇者様は気付きます。自分がその魔族のことを誰よりも愛していたことに」


 お母様は続けます。


「しかし、その魔族は言います。『私には何もない。魔王様のような強さと美しさがないのはもちろん、他の皆さんにあるような、特別なものが何もない。大賢者様には知恵があり、獣人の王には忠誠心がある。他のみんなにも強力な爪や牙や魔法があるが、私には何もない。そんな私が正妻になどなれるはずがない』でも、勇者様は首を横に振ります。『人を愛するのに、特別な何かなんて関係ない。私は貴女が貴女だから愛しているのだ。貴女は貴女であるだけで特別なんだ。そう言うと、勇者様は、その魔族の手に口づけをして宣言します。『今日からこの人が私の正妻だ。そしてこの八人が、私の側妻だ。ただ、側妻であろうと、私が認めた、私より素晴らしい、私の大事な人たちだ。私はこの最高の女性たちと、歴史上、最も偉大な国を作ることを約束しよう」


 お母様は一息つき、物語を締めくくります。


「こうして勇者様は、九人の花嫁たちと共に、人間と魔族と獣人、さらには共にいることを望む様々な種族が暮らす偉大な王国を作り上げたのでした」


 最後まで読み終えたお母様は呟く。


「何度読んでも、何で勇者様がこの魔族を正妻に選んだのか、よく分からないのよね……」


 お母様の疑問に、僕は答えます。


「これはあくまで物語だからね。正妻が本当にその魔族だったかも、学者たちの間では意見が割れてるし。普通に考えれば魔王やお姫様が正妻だろうからね。この時代の出来事は、勇者様が意図的に後に残らないようにしたっていうから分からないんだよ」


 僕の言葉に、お母様は頷く。


「そうね。攫われたのが実はお姫様じゃなくて勇者様だったとか、白い獣だったという獣人の王が、定説である白虎じゃなくて可愛いウサギさんだったとか、勇者様は実は龍の女王の子供で、血の繋がった母親と結婚したとか、そんな信じられない話もあるからね」


 お母様の言葉に、僕は頷く。


「でも、分からないから面白いんだよ。勇者様とその花嫁たちが、この平和な王国の礎を築いたのは間違いないしね。それに、何で勇者様がその魔族を選んだのかは分からないけど、この物語が言いたいことは分かるよ。人が人を好きになるのに理由なんかないんだって。好きになった人が好きなんだって」


 僕の言葉に、お母様は頷く。


「確かにね。さすが、恋する少年は違うわね。貴方も、勇者様のような偉大な王になるのよ。そして、あの子を幸せにしてあげなさい。ただまあ、英雄色を好むとは言うけど、九人も花嫁は連れてこなくていいから。勇者様も、女癖の悪さだけはどうにかならなかったのかしらね。勇者様みたいなことすると、貴方の好きなあの子が泣くわよ」


 お母様の言葉に、僕は自分の顔が赤くなるのを感じる。


「ぼ、僕は別にあの子のことは好きとかそういうんじゃ……」


 僕の答えに、お母様はニヤリと笑う。


「そうなの? でも、私はあの子としか言ってないけど、同じ子を思い浮かべたようね。この話で勇者様の正妻だと言われてる魔族が、あの子と同じ金髪紅眼だから、この話が好きなんじゃないの?」


 問い詰めてくるお母様に、僕は焦る。


「こ、この話はおしまい。さーて、寝よおっと。いっぱい寝て、いっぱい食べて、いっぱい勉強して、いっぱい鍛えなきゃ。そうじゃないと勇者様やお父様のような立派に王になれないからね」


 それを聞いたお母様は、残念そうに呟く。


「そう言われちゃったら仕方ないわね。あの子の話はまた明日にしましょう」


 お母様の言葉に、僕は再び慌てる。


「あ、明日もしないから!」


 そんな僕の様子を見たお母様は笑う。


「明日は神国からお客様がいらっしゃって、お父様も私も手が離せないの。だから貴方には一日中あの子と二人で遊んでもらおうと思ったのに。話を聞かせてもらえないんじゃ、どんな悪戯されるか分からないから、貴方のことはやっぱり、刀神さんに預けて、一日中鍛えてもらおうかしら」


 その言葉を聞いた僕は、反射的に答える。


「明日は話す、だからグレンと遊ばせて!」


 実在したのか定かでない勇者様の半身とも呼ばれる魔族。

 先ほどの話の正妻と同じく金髪紅眼のその魔族の名前は、男に多い名前だ。


 でも、孤児(みなしご)で、名前を持たなかったあの子は、どんな名前が欲しいか聞かれた時に、男の名前でもいいからこの名前が欲しいと言った。

 勇者様の半身であったグレン様と同じく、次の王になる僕の半身になりたいから、と。


 それならグレン様じゃなくて、正妻と言われるカレン様と同じ名前でいいじゃないかと、その時の僕は言おうとして、やっぱり黙った。

 強い心と、伝説の魔王にも負けないくらい綺麗な姿を持ったグレンに心を奪われているのは僕だけで、グレンは、純粋にこの国の次期王候補である僕の役に立ちたいだけなのだろうと思ったからだ。


 だから僕はその時決めた。


 伝説の勇者様にも負けない立派な王様になって、グレンの半身に相応しい存在になったら、グレンに気持ちを告げようと。

 そして、その名前をカレンに変えてはどうかと言ってみようと。


 そんな恥ずかしい想いは、今の僕は口にできない。

 僕はまだ、ちょっと歴史に詳しいだけの、ただの子供だから。


 そんな僕の様子を見たお母様はクスリと笑う。


「それじゃあ明日はグレンちゃんと仲良くね。でも、いくら好きでも、無理やりキスしたりしたらダメよ」


 お母様の言葉に、僕は顔が真っ赤になるのが分かる。


「し、しないから! それはちゃんと僕が立派な王になってからだから!」


 僕の答えを聞いたお母様はニヤニヤと笑う。


「へぇ。キスはしたいのね。やっぱり好きじゃないの」


 僕を揶揄って遊ぶお母様に、僕は怒る。


「お母様のことなんてもう知らない。僕、もう寝るから」


 僕はそう言い残し、ニヤニヤと笑い続けるお母様を背に、お母様たちの寝室を出た。


 こんなふうに揶揄われるのも、僕がまだ子供で何もできないからだ。

 早く立派になって、グレンと結婚しよう。

 そうすれば正々堂々と、グレンのことを好きだと言える。


 僕は男だけど、勇者様のようにたくさんのお嫁さんが欲しいとは思わない。

 伝説の勇者様はすごいと思うけど、何人ものお嫁さんをもらうのは、あまりいいことだとは思わない。


 ただ一人。

 グレンが僕のお嫁さんになってくれればいい。


 僕は改めて決意し、これからより一層頑張ろうと思う。

 ……でも、明日だけはグレンと楽しく遊ぶため、どうしたらグレンが楽しんでくれるか考え過ぎたせいで、結局夜遅くまで眠れずに、翌朝グレンに起こされることになる。

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底辺奴隷の逆襲譚 ふみくん @fumikun

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