第251話 願い

「俺の願いは、俺の大事な人全員と、俺の大事な人の大事な人全員を生き返らせることだ」


 俺の言葉に、固まる女神もどき。


「……へ?」


 素になり、間抜けな声を上げる女神もどき。


 その姿を見て、眼鏡の十二貴族が声を上げて笑う。


「クククッ。ハッハッハハ。そりゃあ欲張りだ。そんな願いを持ってんなら、そりゃあ大事な女も平気で殺せるな。やけに簡単にミホを殺すかと思えば、そういうことか」


 腹を抱える眼鏡の十二貴族を、女神もどきは睨みつける。


「……何がおかしいの? そんなことしたら、私の今までが、千年以上の準備が無駄じゃない。魔王を殺したご褒美の願いで、魔王を含めた多くの人を生き返らせる? そんな無茶苦茶な願い、あり得ない!」


 そう叫ぶ女神もどき。


「あんたの負けだ、女神様。例えそれが意に反する願いでも、自動的に叶えてしまう。あんたを信用できなかった俺に、あんたが教えてくれたことだ」


 眼鏡の十二貴族の言葉に、取り乱す女神もどき。


「……いや。いやよ。私は理想の世界を創るの。そのために神になったの。私に恐怖を産みつけた魔族も。私を汚した獣人も。みんないない綺麗な世界。それを私は創るの」


 そう呟く女神もどきを嘲笑うかのように、カレンたちの遺体が輝き出す。


 カレンたちだけではない。


 頭が弾けた元クラスメイトたちも。

 ナミに操られていた、ナギもヨミも。

 そして、だいぶ前に殺されたはずのアレスの遺体までも。


 みんな輝き出す。


「ダメ。そんなことあり得ない」


 そう言った女神もどきの体までもが輝き出す。


「元生徒会長も、お前の大事な誰かの大事な人だったみたいだな。元生徒会長が生き返れば、女神様、あんたの居場所もなくなるな」


 それを聞いて慌てる女神もどき。


「ふ、ふざけるな! 私が顕現するためにどれだけ苦労したと思ってるの? 次顕現するのに、どれだけの年月、どれだけの命を生贄として準備しなければならないと思ってるの?」


 女神もどきの言葉に、俺はため息をつく。


「二度と現れるな。それがお互いにとって一番だ」


 俺の言葉に、激しく首を横に振る女神もどき。


「いや! 私は創るの。私の理想の、綺麗な世界を創るの」


 そう言い残した後、女神もどきの体から輝く魔力が消えていく。


「私は神になったの。神の思い通りにならない世界なんてありえない……」


 そして、女神もどきの気配が完全に消えた。


 女神もどきから視線を移し、俺は、横たわっていたカレンたちに視線を向ける。


 ゆっくりと立ち上がるカレンたち。


「ここがあの世ってやつか……。魔王様がいるってことはエディが勝ったのかと思えば、エディまでいる……。

引き分けになってみんな死んだってことか?」


 首を傾げるカレンの元へ駆け寄った俺は、カレンを抱きしめる。


「え、エディ。なんだいきなり?」


 そう言って顔を赤らめるカレンを強く抱きしめ続ける俺。


「俺のために命を捧げてくれてありがとう。生き返ってくれて、ありがとう」


 疑問点はあるはずだが、抱きしめ返してくれるカレン。


「エディさん。カレンさんばかりズルいですよ」


 そう言って微笑むリン先生。


 俺はカレンからそっと離れると、今度はリン先生を抱きしめる。


 その後、次々と立ち上がるヒナ、ローザ、レナを抱きしめていく。


「エディ様、畏れ多いです……」

「エディ、苦しいぞ」

「エディ……。私までいいの?」


 それを眺めるリカが、なぜかうんうんと頷いている。


 そして、最後に立ち上がったのがミホだった。


「ユーキくん。私、なんで……?」


 俺は首を傾げるミホを抱きしめる。


「俺がミホのことを大事に思ってるからに決まってるだろ?」


 その言葉を聞いたミホが目に涙を浮かべる。


「状況が読めないが、そこにいる四魔貴族や、私を殺したはずの十二貴族たちは、敵ではないということでいいかな?」


 そう尋ねるアレス。


「お父様……」

「アレス様……」


 レナとローザが涙を浮かべながら頷く。


「エディ。そちらの女性はグレン様が大きくなったんだと思うんだけど、他の方たちは誰かしら? やけにエディと仲良く見えるんだけど……」


 そう言って少し離れたところから尋ねるのは、随分前に死んだはずの母親だった。


「母さん……」


 随分前に死んだ死体のない人まで生き返るのは、俺の予想を超えていた。


 俺は、込み上げてくる涙を拭い、母親へ微笑みかける。


「母さん。この人たちは、みんな俺の大事な人たちだ。みんなのことを愛してるんだ」


 俺の言葉を聞いた母親は、一瞬驚いた後、苦笑する。


「確かに女性の扱いについて話したけど……。これは成長し過ぎね」


 偶然に偶然が重なった勝利だった。

 もし何か歯車が違えば。

 女神もどきが、やっぱり願いを叶えないと言えば、今はなかった。


 あまりにも危ない賭けを行い、たまたまそれに勝利できただけだ。


 だが……。


「母君。剣術を教えたのは私ですが、これだけ素晴らしい女性たちに愛されるのは天性のものかと。美しい母君の血筋にもよるものかもしれませんが」


「あら? 子持ちの奴隷に勿体無いお言葉です。貴方は?」


 いつの間にか生き返り、なぜかいい雰囲気になっているダイン師匠と俺の母親。


「お前、どうして……」


「何を驚いてるの? 確かに、記憶が曖昧だけど、妻である私が、貴方の側にいるのが、何か不思議かしら? ……でも、貴方だいぶ老けてませんか?」


 こちらも俺の母親と同じように、随分前に亡くなったはずの妻に驚くアレス。


 みんなが生きて動いている姿を見て、再び涙がこぼれ落ちそうになる。


 そんな俺に、カレンが近づいてきて、ある人物たちを指差す。


「あいつらはどうするんだ?」


 指の先にいたのは、眼鏡の十二貴族や、元生徒会長、それにナミたちだった。


 少し考えた後、俺は口を開く。


「王都からも、魔王の城からも追放する。次に俺たちやこの世界の人たちに何かしてきたら殺す。それだけだ」


 その言葉を聞いた眼鏡の十二貴族が笑う。


「甘いな。俺たちの称号の力を全て分かってるわけでもないのに」


 眼鏡の十二貴族の言葉に、ミホがギロリと目を光らせて反応する。


「何かやるならやってきなさい。千年、あらゆる事態に備えてきた私が絶対に防ぐから」


 ミホの言葉に、眼鏡の十二貴族は肩をすくめる。


「俺はもう何もしない。唯一の弱点だったはずのそいつが、弱点じゃなくなった時点で、俺の作戦は詰みだ。殺されても何も言えない俺を生かしてくれると言うんだ。大人しく余生を活くるとするさ」


 どこかスッキリした表情で、そう語る眼鏡の十二貴族。


「私は……私は認めない。貴女なんかが私より優れてるなんて、認めない!」


 そう叫ぶ元生徒会長。

 そんな元生徒会長を、信者たちが嗜める。


「女神様が去った今、貴女は私たちにとって神にも等しき存在です。魔王なんかと貴女の存在を比べることに意味はございません。私たちにとっての。神国に生きる多くの信徒にとって最も優れた存在は貴女です。世界一の野球選手と、世界一のサッカー選手。どちらが上かを比べることが必要でしょうか?」


 奴隷扱いされていた男の言葉に、元生徒会長は、何も言えなくなる。


 この世界の人々からすれば許されざる行為をした眼鏡の十二貴族や元生徒会長たち。


 ここで殺しておいた方が、安全なのかもしれない。


 でも、俺は神でもなければ、裁判官でもない。

 誰かを裁く権利はない。


 裁くのであれば、この世界でその権利を持った別の誰かだ。


 俺がなすべきは、仮に元生徒会長や眼鏡の十二貴族が再度俺たちを襲ってきたとしても、みんなを守れるだけの力をつけることだけだ。


 そんなことを考えていた俺に、カレンが話しかけてくる。


「それで、エディ。これでエディの目的は果たされたと思うんだが、一つ大事な話が残っている」


 カレンの言葉に、俺は首を傾げる。

 みんな助かってハッピーエンドで終わりではないだろうか。

 これ以上、何か残っていただろうか?


「そうね。ユーキくんには決めてもらわないと」


 ミホまでもがそう言い、それにリン先生とヒナとローザ、それに遠慮がちながらもレナも頷く。


「……えーと。何を決めれば?」


 俺の言葉に、リカが横から告げる。


「誰を番(つがい)に選ぶかではないか?」


 リカの言葉に、俺は動揺する。


「みんな……という答えじゃダメ?」


 俺の言葉に、カレンは首を横に振る。


「まあ、リンや魔王様の想いを知った時から、エディを独占するのは難しいというのは分かっていた。だから、今更俺だけを選べとは言わない。でも、誰が正妻なのかははっきりさせたい」


 ニコニコとした笑顔を貼り付けながら、その裏では全く笑っていないのが分かる表情で、カレンがそう告げる。


「いや、急にそう言われても……。まだ戦いが終わったばかりで、頭と心の整理が……」


 そう言ってこの場を逃れようとする俺に、リン先生がカレンと全く同じ表情をしながら告げる。


「エディさん。貴方は世の中的には、千年無敗の魔王を倒し、邪神の手からこの世界を救った勇者になります。今すぐ決めないと、今後エディさんの正妻の座を巡って、他にも候補がわんさか湧いてきて、最悪、世界が割れますよ」


 リン先生までもがそう言って、俺に答えを出すよう迫る。


「そんなに迫られても、ユーキくんも急には決められないよね。それなら、自分たちで決めましょう。ユーキくんの正妻になりたい人全員で戦って、最後に残った人が正妻、というのでどう?」


 ミホのその言葉を聞いたローザがニヤリと笑う。


「全員でということは、魔王様以外の全員で、まずは魔王様を真っ先に倒すことになりますよ?」


 その言葉に、ミホも不敵な笑みを浮かべる。


「もちろんそれを踏まえた上での提案よ。大魔王の称号は流石に反則だから使わないであげる。それでも、私一人で残りのみんなを倒す。そうすれば文句なしで、私がユーキくんの正妻よ。安心して。私が正妻になっても、一年に一回くらいは貴女たちもユーキくんに会わせてあげるから」


 カレン、リン先生、ヒナ、ローザ、レナを、一人一人見ながらミホがそう告げる。


「そういうことなら、我も立候補させていただく。子種を授かる機会は多い方がいいであるからな」


 そう言って、リカが前に出る。


「ご主人には悪いけど、私も立候補するにゃ。私も強い子種が欲しいにゃ」


 牙を光らせながら、獅子の獣人リオも前に出る。


「待て待て。それなら私もだ。テラ兄と父上以外で、こんなに強い男はいないからな」


 スサまでもが、指をポキポキ鳴らしながら前に出る。


「ち、ちょっと待って。俺は魔族じゃないから、流石に強さだけで誰が一番かを決めるのは……」


 そう言って止めようとする俺を、全員が睨みつける。


『それなら今すぐ誰が一番か決めて!』


 あまりの剣幕に、俺は思わず後ろに下がってしまう。


「それでは始めましょう。ルールは簡単。全員で戦って、最後まで残った一人がユーキくんの正妻よ。できるだけ死なないように加減してあげるけど、死んじゃったらごめんなさいね」


 ミホの言葉に、カレンが笑みを浮かべる。


「もとより私はエディのために命をかけている。魔王様こそ、加減したことを理由に後から泣き付かないでいただきたい」


 戦闘開始前から、バチバチと火花を散らす二人。


「まずは全員で魔王様を倒す! それができなきゃ始まらない」


 カレンの言葉に、ミホ以外の全員が頷き、ぐるりとミホを囲む。


「ふふふ。みんな私が誰だか忘れたのかしら? 私はユーキくんを除けば、千年不敗の最強の魔王。その私を本当に倒せるとでも?」


 ここにきて、初めて魔王らしい台詞を吐くミホ。


「もちろん。愛に勝る力はないから」


 剣を構えながらそう答えるレナ。


「愛の大きさは、片思いの時間の長さじゃないことを教えてあげます」


 魔力を練りながら、そう告げるリン先生。


 そうして、決着がついたはずの魔王を倒す戦いが再び始まった。


 元の世界でひとりぼっちだった俺。

 そんな俺を巡って最高の女性たちが争いを続けている。

 こんなことを思っちゃいけないが、俺はこんなに幸せでいいのだろうか。

 彼女たちが傷つくのは嫌だが、悪い気がしていない自分が心底嫌になる。


 彼女たちの戦いを見つめるそんな俺の横で、母さんが俺を突っつく。


「……で。誰が一番好きなの?」


 母さんの言葉に、俺は考える。


 俺はこれまでの自分を振り返りながら、俺のために争う女性たちを見た。

 世界で一番贅沢な悩みを抱えながら、俺は口を開く。


「俺が好きなのは……」

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