第250話 決着

 リン先生が生み出した『雷帝』と『炎帝』。


 強力な電磁誘導を用いたレールガンと、暴風と豪炎の相乗効果を用いた火災旋風。


 どちらも強力で素晴らしい魔法だ。


 対して、俺が生み出したのは『雷光』と『雷斧』という、実用性はあるが派手さに欠ける魔法。


 俺の貧困な発想では、大した魔法は生み出せなかったが、それでもリン先生の弟子として、英雄アレスに跡を託された身として、何も考えなかったわけではない。


 ただ、魔力も技術も足りなくて、実用に移せなかっただけで。


 自分の力によるものではないが、能力が百倍になってそれらが揃った今、俺は、夢想した魔法を現実にすることができる。


 発想はシンプル。

 子供でも思い浮かぶ簡単な考え。


 強大すぎる魔力で周囲に被害を及ぼさず、且つ、百倍の力を持った史上最強の魔王すら倒しうる強力な攻撃。


 何でも斬れる魔法の剣。


 それが俺の思い浮かべた攻撃だった。


 空間を捻じ曲げるほどの膨大な魔力。

 それを剣の形状に圧縮する。

 眩いほどに輝く魔力が濃密に圧縮されることで、自然界ではあり得ないほどのエネルギーを持った剣となった。


 正真正銘、俺の全力。

 全てを出し切った最後の攻撃。


 ミホの魔法がどんなものかは分からないが、この攻撃が通用しなければ俺は負ける。


 あまり聞いたことのない神の名前を唱えたミホ。


 天照(あまてらす)や伊邪那美(いざなみ)のように、日本人なら耳にしたことのある神の名であれば、その効果を想像することもできる。


 だが、よく知らない神の名前を冠する魔法が、どのような効果を持つのかは想像もできない。


 それでも俺にできるのは、全力で剣を振り抜くのみ。

 俺は、自身の全魔力を注ぎ込んだ、剣を振りかぶる。


 目に映るのは、笑みを浮かべ、右手を前に出すミホ。


 ミホの魔法が俺に届くより速く。

 そう思いながら、剣を振り下ろす俺。


 その思いのおかげか、体がやけに軽い。


 ほぼ全ての魔力を剣に費やしたはずなのに、魔力が体に満ち、自分が思い描くより速く体が動く。


 おかしい。


 そう思ったが、動き出した体の動きは止められない。


ーーズザッーー


 俺の全力を込めた剣が、ミホの体を切り裂く。


 吹き出る血が止まらないミホが、そのままゆっくりと俺の方へ倒れてくる。


 思わず抱き止める俺。


 これが罠なら俺の負けだが、みるみる顔が青ざめていくミホから、俺への敵意は感じない。


「これで、ユーキくんの願いが叶うね」


 そう呟くミホ。


 その言葉にはっとする俺。


「ユーキくんの願いが、誰を甦らせることなのかは分からないけど、私の命でそれが叶うならよかったよ」


 俺は血の気の失せたミホの顔を見る。


「ミホ、正気に戻って……」


 その次の言葉が出ない俺に、ミホが力なく微笑みかける。


「うん。最期がユーキくんの腕の中なら、これ以上の死に方はないよ」


 そう言ってにっこりと笑うミホ。


「ミホなら、この程度の傷、簡単に回復できるだろ?」


 俺の言葉に、ミホは首を横に振る。


「私の全ては、さっきの魔法でユーキくんにあげちゃった。だってユーキくん、私を倒すために全部を出し切ろうとするんだもん。それじゃあその後、あの女神もどきが約束を守らなかった時、どうしようもないでしょ?」


 先ほどの魔法が、俺を倒すものではなく、俺を死なせないためのものだった事実に、驚く。

 百倍になっても俺の目は節穴だ。

 ミホの気持ちが全く見抜けなかった。


「ユーキくんの一番になれなかったのは残念だけど、ユーキくんの役に立てて死ねたなら、いい人生だった」


 俺は首を横に振る。


「一番とか二番とか、そんなのはない。カレンたちも、そしてミホも。俺にとっては何よりも大事な存在だ。俺はミホのことを愛してる」


 俺の言葉に、涙を浮かべるミホ。


「……ああ、幸せ。ユーキくんから、そんな言葉を聞けるなんて。これが嘘でも、その言葉を聞けただけで、私の千年は無駄じゃなかった。幸せな人生だった」


 俺は首を横に振る。


「それだけで幸せだったなんて言うな。ミホ、俺は……」


 続きの言葉を言おうとして、俺は俺の腕の中のミホが、もはやミホではなくなっているのに気付く。


 誰も味方のいなかった俺に、初めてできた母親以外の味方。


 誰より優しく。

 誰より美しく。


 そして、俺なんかに恋してくれた初めての女性。

 俺に初恋を教えてくれた、最高の女性。


 俺は忘れていたのに。

 俺は別の女性と生涯を誓っていたのに。


 千年以上も俺を愛してくれた女性。


 その女性が死んだ。

 他ならぬ俺の手によって殺されて。


 幸せそうな顔をしているミホ。

 その唇に、俺はそっと自分の唇を重ねる。


 しばらくそのままでいた後、俺はそっとミホを地面に下ろす。


 そして俺は、女神もどきの方を向く。


 ミホの最後の魔法のおかげで、体は魔力に満ちている。

 仮に女神もどきが、約束を守らず俺を殺そうとしても、きっと負けることはないだろう。


 ミホの血で真っ赤に染まったまま、俺は女神もどきの方へ歩いていく。


「魔王は俺が倒した。約束は守ってくれるんだよな?」


 俺の言葉に、フフフと笑う女神もどき。


「まさか本当に勝つなんて。神である私の計算を狂わせるなんて驚きです。あの子を痛ぶれないのは残念ですが、約束は約束なので仕方ありません」


 女神もどきはそう言うと、にっこりと笑って俺の顔を見る。


「願いは何でしょう? 神の名において、どんな願いでも叶えて差し上げます。誰かを生き返らせればいいんでしょうか?」


 女神もどきの言葉を聞いた俺は、周りを見渡す。


 そこに横たわる何名もの女性の遺体。


 カレン。

 リン先生。

 ヒナ。

 ローザ。

 レナ。

 リカ。

 そしてミホ。


 俺は彼女たちを順に見た後、ゆっくりと目を閉じる。


 願いは決まっていた。

 大事な存在であるミホを自分の手にかけてでも叶えたかった願い。


 その願いを口にする。


「俺の願い。それは……」

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