第249話 魔王と奴隷④
「ふ、ふざけないで! 貴方には称号は与えてない。予定は狂ったけど、それでも想定したパターンの中だった。それなのに勇者? そんなイレギュラー、私は認めない!」
そう叫び、取り乱す女神もどき。
先ほどの声の持ち主は誰だったのだろうか。
女神もどきより、よっぽど神様のような印象を受けた。
そんな女神もどきを見たミホが告げる。
「……黙りなさい。私、今混乱してるの。貴方の声は耳障り。あんまりうるさいと貴女から先に消す」
それを聞いた眼鏡の十二貴族が噴き出す。
「それはそれで面白いな」
もはや人ごとの眼鏡の十二貴族を無視し、ミホが俺を睨む。
「勇者ってことは貴方も元クラスメイト? なぜか貴方も凄く素晴らしい男性に見えるのだけど。もしクラスメイトなら千年前の私には見る目がなかったみたい……。ユーキくんさえいなければ、貴方と付き合ってあげてもいいくらい。でも、残念ながら私は先にユーキくんに出会ってしまったの。だから……邪魔をするなら消す」
そう語るミホに、俺は苦笑を返す。
「それは残念だ。千年一途に思い続けてくれるような相手なら、真剣に考えたかったんだけど」
俺はそう言いながら、右手に魔力を集中させる。
「これから俺は君を殺すことになるんだが、もし生まれ変わったら、俺のことも真剣に考えてくれるか?」
魔王は首を横に振る。
「残念だけど、それは無理。私は何度生まれ変わっても、ユーキくんと出会ってユーキくんに恋をする。そう誓ってるの。それに……そもそも私は、ユーキくんに会うまで、死なないから」
ミホの言葉に俺は頷く。
「君みたいな最高の女性にそこまで愛されて、ユーキってやつは幸せだな」
俺の言葉を聞いたミホが微笑む。
「うん。ユーキくんは私が幸せにするの」
ただの恋する少女にしか見えない笑みを見た俺は、溢れそうになる涙を拭いながら、ミホへ笑いかける。
「それじゃあ始めようか。どちらが死んでも恨みっこなしだ」
ミホも頷く。
「そう言ってくれてよかった。貴方が死んだ後、あの世から恨まれ続けるのは勘弁だから。ユーキくんに似た、誰とも知らない貴方。貴方に、勝負は魔力の量じゃないってことを教えてあげる」
ミホが話を終えたタイミングで、俺は足元の魔力を爆発させる。
先手必勝。
ローザの閃光の応用。
だが、魔力量が桁違いとなった今、その爆発は地を抉り、瞬間移動にしか思えないスピードで俺の体をミホのすぐ前へと運ぶ。
その推進力を、魔力の壁を作ることで相殺し、ミホの目の前でピタリと止まった俺は、魔力の込められた右手を振り下ろす。
『龍爪(りゅうそう)』
漆黒の龍の爪をイメージした攻撃。
その一撃は、ミホが展開した魔法障壁を簡単に切り裂く。
だが喜んではいられない。
俺より遥かに戦闘慣れしたミホが、何も備えていないわけがなかった。
破られた魔法障壁の、ガラスの破片のような煌めきさえ利用して、ミホはその攻撃の起こりを隠しながら、反撃を繰り出す。
『須佐之男(スサノヲ)』
魔法で剣を生み出すのと、そのまま居合で剣を抜き放つのを、ほぼ同時に行うミホ。
まさに神速の剣を、反射的に後ろへ飛んで躱そうとして、考え直した俺は上に飛んで回避する。
跳躍した俺の足のすぐ下を通り抜ける魔剣。
ミホの剣から放たれた斬撃は、そのまま遥か後方の山を切り裂いた。
テラの攻撃を切り裂いたからこそ予期できた飛ぶ斬撃。
大魔王の称号なしの時でも恐ろしかったその攻撃。
百倍の力を持った今の威力は考えたくもない。
宙を飛ぶことでその攻撃を回避できた俺は、その落下の勢いを利用して、ミホへ攻撃を加える。
空中でニ回転して、撚りを加えた俺。
強力な攻撃を繰り出し、剣を振り切ったミホの、ガラ空きの頭部へ足を振り下ろす。
ーーバキッーー
剣を持たない左腕に魔力を込めて防御したミホ。
その左腕を、俺の蹴りがへし折る。
だが、それは致命傷にはならない。
魔力で瞬時に回復するミホ。
ミホの回復力の高さは、リン先生の決死の攻撃の時に学んでいるとはいえ、せっかく攻撃を当てても効かないのにはため息が出る。
だからといって、大規模魔法は使えない。
全力で使えば、あたり一面が焼け野原になってしまうし、周りに配慮して加減した攻撃が効かないのは分かりきっている。
俺はせっかく生き残った仲間たちを自らの手で殺したくないし、洗脳されているミホも、女神もどき達を殺せない。
魔力だけでなく、筋力も耐久力も回復力も百倍。
さらには、聴覚も嗅覚も触覚も百倍。
目線の動きだけで相手の次の動きが読めて、空気の動きだけでも相手がどう動こうとしているかが分かる。
まるで神にでもなったような万能感を覚えていた俺。
こんな万能感の中、どこかの女神もどきのように驕らず、ただひたすら俺のことだけを思ってくれていたミホに、俺は改めて感謝と尊敬の念を抱く。
そして、ミホという存在が立ち塞がってくれているおかげで、俺はこの万能感が錯覚であると気付き、驕らずにすむ。
俺がミホに勝っているのは魔力量のみ。
戦闘経験も、引き出しの多さも、自分より強い相手への備えも。
全てミホの方が上だ。
決定打に欠く俺が打てる手は少ない。
それでも俺はミホを倒す。
そう決めていた。
「おい、女神もどき!」
俺はミホから目線を逸らさないままそう声を上げる。
「……それは私のことでしょうか?」
顔に笑顔を貼り付けたまま、それでも不機嫌さが伝わってくる口調で女神もどきがそう口を開く。
「お前以外に誰がいる? 念のため確認だが、俺も魔王を倒せば、願いを叶えてもらえるんだろうな?」
その言葉を聞いた瞬間、女神もどきの目が輝く。
「……なるほど。本当はこの魔王が後悔のあまり狂って死ぬのを見たかったですが、私は神です。約束は守ります。魔王を倒したらどんな願いでも叶えて差し上げましょう」
女神もどきの言葉に俺は頷く。
「安心した。どんな願いでも、というのは、本当に何でもいいんだよ? ……例えば死んだ人間を生き返らせるというのでも」
女神もどきは、ニヤリと笑う。
「ええ、もちろんです。生き返らせたいのはカレンさんですか? すずさんですか? 千年貴方を愛した人を殺して別の女性を生き返らせるなんて、貴方も悪い人ですね。それはそれであの世で悔しがる魔王を想像するのも楽しいですし、いいですよ。魔族は全て滅ぼす予定でしたが、そういうことなら、仮に貴方が勝ってカレンさんを生き返らせた場合、カレンさんは生かしてあげましょう」
女神もどきの言質をとった俺は、改めてミホとの戦いに集中しようとする。
「偽物さん。貴方じゃ私に勝てない。確かに貴方は強いけど、百倍の能力を使わなくても、少し見ただけで分かる欠点がある」
ミホはそう言うと、一言呟く。
『伊邪那美(イザナミ)』
次の瞬間、ピクリと動く複数の遺体。
カレンが。
リン先生が。
ヒナが。
ローザが。
リカが。
レナが。
虚な目をしてむくりと立ち上がる。
「貴方は優し過ぎる。一度死んだとはいえ、大事な女の子たちを攻撃なんてできるかな?」
動き出した俺の大事な人たち。
死体だと分かっていても。
魔力で操られているだけだと分かっていても。
平静ではいられない。
「大事な人たちをもう一度殺すか。どうせ私には勝てないのだから、大事な人たちの手で殺されるか。好きな方を選んで」
そう告げるミホに、俺は深呼吸をして答える。
「千年で性格が悪くなったな、ミホ。昔のお前だったら絶対にこんなことはしなかったぞ」
俺の言葉に、ミホはふふふと笑う。
「私は貴方なんか知らないけど、もう一度ユーキくんと会って結ばれるためなら、私、何だってするの。もし貴方が本当に千年前の私を知っているのだとしたら、千年の愛の重さを知らないのね」
ミホの言葉に、俺はもう一度フーッとため息をつく。
女神もどきは願いで生き返らせてくれるとは言ったが、遺体の損壊次第では、ゾンビのような姿で生き帰らされるかもしれない。
それでも俺は構わないが、それじゃあ生き返った方が可哀想だ。
俺は剣を振りかぶる。
「あら? 結局自分が一番可愛いのね。それとも、後で生き返らせてもらうつもりの子以外はどうでもいいのかな? どちらにしろ、そんな考え方をするのはユーキくんじゃない」
ミホの言葉は、俺を惑わせるための毒だ。
ミホの言葉を無視し、俺は呟く。
『魔雷斧(まらいふ)』
脳からの電気信号を遮断する電気の斧の応用技。
一定の強者相手には使えなかった雷斧という技だが、百倍の能力を持った今なら、四魔貴族以上の力を持つリカにでも、十分に通用する。
ミホが使ったネクロマンシーとでもいうべき魔法は、みんなを本当に生き返らせたわけじゃない。
魔力で無理やり細胞を活性化し、脳に対して無理やり電気信号を発するようにさせただけだと言うことは、百倍の能力を持った俺には分かった。
だったら電気信号を遮断し、合わせて魔力も乱してやればいい。
再び倒れる俺の大事な人たち。
死体だと分かっていても、その光景を見るのは、身を裂かれるよりも辛かった。
根本から歯が折れてしまいそうなくらいに歯を食いしばる俺。
そんな俺を見てミホが笑う。
「やっぱり、貴方はユーキくんじゃない。外見がいいメスを並べて愉悦に浸っていただけのクズね。そうじゃなきゃ、こんなに簡単にこの子たちをもう一度殺せるわけがない。貴方が人でなしだと分かっただけでも、この魔法を使った意味があった」
俺はそんなミホを、可哀想だと思いながら見る。
「ミホ。百倍良くなってもミホの目は節穴なんだな。リカとレナはちょっと特殊だけど、俺はみんなのことが好きだ。みんなのことを尊敬してるし、命を賭けるくらいには愛してる。……もちろんミホのことも」
俺の言葉に、ミホが一瞬ポカンとなる。
「う、嘘! それなら簡単に殺せるはずはないし、私と戦うわけがない!」
我を取り戻した後、ミホが声を荒げる。
「別に、今のミホに俺の言葉が届くとは思っていない。でも、俺はみんなのおかげで成長できて、自分の気持ちに正直になることを覚えた。一人だけを愛するなんて綺麗事を言ってたけど、結局俺はみんなが好きでみんなを幸せにしたいと思う欲張りな男だ」
俺は右手を天へ掲げる。
「ミホ。ミホのことは愛してる。でも、俺は俺の願いのために、ミホを殺す」
そう告げる俺に、ミホは苦笑する。
「結局、誰かは分からないけど、生き返らせるつもりの誰かが一番ってことでしょう? そんな気休めの愛してるなんていらない」
ミホもそう言うと、右手を天へ掲げた。
「そうだな。言葉なんて今更だな」
俺は、持てる魔力の全てを右手に集中させる。
「そう。私たちの間に必要なのは言葉じゃない」
ミホの右手にも膨大な魔力が集中していく。
「これが俺の全力で、みんなへの愛だ」
俺の言葉に応えるようにミホが告げる。
「これはユーキくんへの愛。私のユーキくんへの愛がどれだけ大きくて深いか教えてあげる」
二人の魔力が頂点まで高まった時、お互いが告げる。
「じゃあな、ミホ。『天帝(てんてい)』」
「さよなら、ユーキくん。『天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)』
……そして、決着が付いた。
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