第248話 魔王と奴隷③

 これまでに感じたことのないくらい、体に魔力が溢れているのが分かる。


 リン先生が話してくれた通り、今の俺の魔力は、史上最強である魔王すら上回るのだろう。


 でも、そんなことは全く喜べなかった。


 目の前に横たわる六人の女性。


 何より大事な人たち。

 世界と天秤にかけても守りたかった人たち。


 その人たちの命を犠牲にして得た力など、嬉しくもなんともなかった。


 今すぐ駆け寄って、一人一人抱きしめたかったが、そんな余裕はない。


 俺たちのために時間を作ってくれた魔族や獣人たちも、もはや限界寸前だった。


 俺は涙を拭い、一歩踏み出す。


 ここで何もしなければ、彼女たちは本当に無駄死にになってしまう。


「悪い。待たせた」


 俺は最前線でミホを食い止めていたテラとスサに声をかける。


 満身創痍という言葉じゃ足りないほど、身体中血だらけでボロ切れのような二人が振り返る。


「遅い。俺の花嫁を犠牲にしたんだ。必ず勝て」


 テラが俺にそう言った。


「全くだ。まあ、お前の大事な女たちの代わりは、私が勤めてやってもいいが」


 少し顔を赤くしながら、スサがそう言った。

 そんな二人に、俺は答える。


「ミホは俺が倒す。二人はみんなを連れて後方へ。援護は考えなくていい。……恐らく今は、俺の方がミホより強いから」


 そう告げて先頭に立つ俺を、ミホが睨みつける。


「……偽物のくせに。なんでユーキくんと同じ匂いがするの? 何で私より魔力が多くなるの? それじゃあまるで、本物みたいじゃない」


 そう言って混乱した様子のミホ。


 もしかすると、洗脳は完璧じゃないのかもしれない。

 倒さなくても、どうにかする手段があるのかもしれない。


 それでも俺は刀へ魔力を通す。


 ミホは倒す。

 俺がこの手で倒す。


 そう決めたから。


 ミホが狂気に満ちた目で俺を見る。


「あァ。これはユーキくんに会うための試練なんだ。きっとこの偽物を倒せば、本物のユーキくんが現れるんだ」


 ミホがニヤリと笑う。


「じゃあ殺そう。自分より魔力量が多い相手と戦うのは千年ぶりだけど、それでも殺そう。ユーキくんのために、どんな相手にも負けないよう、鍛えてきたんだから」


 ミホが漆黒の魔力を垂れ流す。

 俺も全力で魔力を振り絞る。


 やはり魔力量は俺が上。


 ミホがどれだけ鍛えてきたのだとしても。

 千年もの間、どんな強い相手にでも勝つための手段を用意していたのだとしても。


 俺は絶対に負けるわけにはいかない。


 お互いの魔力が高まり、まさに戦端が開かれようとしたその時だった。


「ダメじゃない、ミホちゃん。本気で戦わなきゃ」


 女神もどきが口を挟む。


 本気じゃない?


 俺はミホを見る。

 手を抜こうとしているようには見えない。


 洗脳されているとはいえ、本気で怒っているし、魔力も全力で搾り出そうとしているように見える。


 訳が分からない俺に対し、女神もどきがミホへ伝える。


「貴女、称号の力使ってないでしょう? ナギは死んでるし、ナミはもちろん私たちの味方。名前を与えた二人は無理やり言うこと聞かせられるんだから、貴女、使えるでしょう? 最強の称号の力が」


 その言葉を聞いたミホが、ニヤリと笑う。


ーーまずい!


 そう思った時には遅かった。


「テラ。スサ。私を魔王だと認めなさい」


 ミホの魔力のこもった言葉で、テラとスサの目から光が消え、二人が頷く。


「私も認めるわ」


 ナミもそう告げる。


 そして、魔力が渦巻く。

 漆黒の魔力が、辺りを闇へ変え、そしてミホの元へと収束していく。


「彼女の称号は『大魔王』。全ての能力が百倍になる最強の力。ふふふっ。百分の一の力の彼女より、ちょっとだけ強いだけだった貴方が、どうやって勝つのでしょうか?」


 女神もどきが笑い出す。


「長かったけど、やっとシナリオ通りになりました。千年想い続けた最愛の人を自らの手で殺して、生きる気力を無くした魔王。ナミに前言撤回させれば称号の力はなくなるから、回復した私なら簡単に殺せる。どうやって遊んで、どうやって殺そうかしら」


 もはや勝利を確信している女神もどき。


 だが、それも無理はない。

 俺自身が、あまりに強力なミホの姿を前にして、完全に戦意を失い、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったから。


 みんなの命を犠牲にしたのに。

 俺は戦う気持ちさえ保てない。


「あの子たちも無駄死にね。まあ、生きてても殺されるだけだから、何分か早いか遅いかだけの問題なんだけど。勝てるかもっていう希望を持ちながら死ねた分、幸せだったのかな」


 女神ぶった口調を忘れ、好き放題言う女神もどき。

 だが、それに言い返す気力もない。


 それでも俺は何とか口を開く。


「ハル。みんなを連れてここを離れてくれ。何とか時間稼ぎだけはする。時間の問題かもしれないけど、みんなは少しでも長く生きてくれ」


 俺の言葉に、ハルが戸惑う。


「早く! きっとそう長くは時間稼ぎすらできない」


 そう言って俺は、刀を構える。


 折れそうになる膝と心を、何とか奮い立たせて、圧倒的暴威の前に立つ。


 膝が震える。

 身体中が全力で逃げろと叫んでいる。

 圧倒的な強者に殺意を向けられた恐怖で、気が狂いそうになる。


 俺に少しでも勇気が残っているのなら、今、全て出てきて欲しい。


 そう願いながら立つ。


 俺に命を捧げてくれたみんなに恥じない戦いを。

 すぐに俺も死ぬのだろうが、もしあの世があり、みんなと再会できるならば、その時に誇れる最期を。


 想いに応えるようゆ、体から更に魔力が溢れてくる。

 どんどん溢れてくる。


 流石におかしいと思い始めた時、頭の中で誰かが囁く。


「転生者の中で一人だけ称号がないのは不公平です。そこで私から貴方へ称号を。努力家で、弱者の味方で、一握りの勇気を持った貴方へ相応しい称号を」


 魔力だけではない。


 活力が湧いてくる。

 肉体の力が高まっていくのが分かる。

 力が満ちて行くのを感じる。


「発動条件は、絶体絶命の状況で、世界の敵と対峙すること。その時だけ、全ての能力が百倍になります。称号の名は……『勇者』」


 俺の魔力が輝き出す。

 金色に輝く魔力は、元生徒会長や女神もどきのものより、更に神々しく感じる。

 自らの体から出たものなのに、人ごとのようにそう感じた。


 その場を埋め尽くしそうだったミホの魔力と、それに拮抗するように押し返そうとする俺の魔力。


 そんな俺を見たミホが、右手を前に出して、俺に何かを撃ち出す。


 それは、魔力が凝縮された漆黒の球体。


 小さなその球には、四魔貴族の全力より強大な魔力が込められていた。


 もし、今の力を得る前にこの攻撃を受けていたら、俺は消滅していただろう。

 だが、恐ろしいまでの威力を秘めていたであろうその攻撃は、俺に当たる前に、金色の魔力によって消滅する。


「……ユーキくん? ユーキくんなの?」


 そう問いかけるミホへ、俺は首を横に振る。


「……いや。俺はエディ。史上最強の魔王を倒す、勇者だ」

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