第247話 魔王と奴隷②

「う、うわーっ」


 クラスメイトの頭が弾けるのを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す元女神もどきサイドだった人間たち。


「うーん。人の話聞いてるのかな?」


ーーポンッーー


ーーポンッーー


ーーポンッーー


 水風船が地面に落ちて弾けるように、簡単に破裂していく人間の頭。

 ……地面に散らばるのは水ではなく、血と脳と肉と骨だったが。


 ミホの手により、何人ものクラスメイトの命が散っていく。


「逃げるな! 逃げると頭が弾けるぞ!」


 以前戦ったことのあるチンピラ風の十二貴族が声を上げる。

 その声で少しだけ正気に戻り、逃げるのをやめる元女神もどきサイドだったクラスメイトたち。


「まあ、逃げないと面倒になるだけで、結果は変わらないけどね」


 今度は、地面から土の槍を生み出していくミホ。


 見えない所からいきなり飛び出してくるとはいえ、魔力の兆候は感じられる。

 戦闘慣れした者には通用しない雑な魔法。


 だが、戦闘慣れしていない者には、突然の惨事にしか思えない。

 股の下から次々と貫かれていくクラスメイトたち。


「くそっ!」


 自らの号令が、結局仲間を救うことに繋がらなかったチンピラ風の十二貴族が、悔しそうに声を上げる。


 今のところ俺の仲間たちは、まだ誰も死んでいなかったが、このままでは時間の問題だろう。


 次々と積み上がる屍を見ながら、リン先生がじっと俺を見る。


「このままでは、こちらは全滅です」


 リン先生の言葉に、俺は頷かざるを得ない。


「……はい。でも、俺にはミホを倒す策がありません」


 俺の言葉に、リン先生は寂しそうな笑顔を見せる。


「そうですよね。でも、私には一つだけ策があります」


 予想だにしないリン先生の言葉に、俺は目を見開く。


「あるんですか! ぜひ教えてください」


 会話の間にもミホの攻撃は止まず、驚きで身を乗り出しそうになった所に生えてきた土の槍を避ける。


「ヒントは元生徒会長がくれました。『サクリファイス』の応用、他人の命を魔力に換えて、誰かの魔力にする。私を含めた何人かの命を魔力へ換えてエディさんに託せば、それで魔王に匹敵する魔力を得られるでしょう」


 リン先生の言葉を聞いた俺が、そんなことはダメだと言うより早く、ヒナがリン先生へ尋ねる。


「それは、私の命もエディ様の魔力にできるということでよろしいですか?」


 ヒナの問いにリン先生が頷く。


「はい。理論上はできます」


 それを聞いたレナが笑顔を見せる。


「これでようやく、エディに対して贖罪ができる」


 ローザも剣を鞘にしまいながら口を開く。


「私はもとよりエディの剣。剣を振るうか、魔力となるかの違いだけで、エディの役に立てるのであれば是非もない」


 そう言ったローザの表情は、覚悟を決めたものだった。


 俺はそんな彼女たちを怒鳴り付ける。


「ふざけるな! みんなのことは、俺の命より大事だ。それなら俺の命を誰かに使ってくれ」


 その言葉を聞いたカレンが俺の前に来る。


 カレンに対して何か言おうとして、いつの間にか話をする俺たちの周りが、魔族と獣人たちによってぐるりと囲まれて、守られていることに気付く。


 魔族と獣人たちも、リン先生の案に理解を示したと言うことだろう。


「俺たちの中でエディが一番強い。一番強い者が残った方が勝ち残れる確率が高いだろ?」


 カレンの言葉に首を横に振る俺。


「嫌だ! みんなの命を使い潰して生き残るくらいなら、俺も一緒に死ぬ!」


 俺の言葉に、笑顔を浮かべるカレン。


「ここにいる人たちみんなを魔王様に殺させて、魔王様も女神もどきに殺させて、あの最低な女神もどきに世界を支配させてもか?」


 俺は言葉に詰まる。


「誰かが魔王様を止めなきゃならない。そして、女神もどきの蛮行を阻止しなければならない。そうしなければ、この世界は終わる」


 俺はなんとか言葉を捻り出す。


「お、俺にとっては世界なんかよりみんなの方が大事だ」


 紛れもない本音の言葉に、カレンは答えず、俺の唇に自分の唇を重ねた。


「私にとっても同じ。世界なんかよりエディの方が大事。でもそう言わないとエディは、勝手に死んじゃうでしょ。これはエディが死なないための建前なのかもしれない。でも、それくらいエディには死んでほしくない。私の生涯でたった一人のパートナーさん。私の分まで生きて」


 カレンはそれだけ言うと、そっと俺から離れる。


「私の人生は、エディ様があの時来てくれなければそこで終わってました。いただいた人生をお返しするだけです。私に訪れるはずのなかった幸せな日々を。私を頼ってくれた獣人の仲間の未来のためにも、エディ様は生き残ってください」


 ヒナがそう言って、恥ずかしそうにしながら俺に唇を重ね、そして離れる。


「剣だけだった私の人生。その人生にエディは輝きをくれた。彩りをくれた。私に恋の甘さと切なさを教えてくれた。本音を言えば、最後はエディの剣として死にたかったけれど……さっきも言った通り、エディの役に立てるなら、エディの魔力となって死ぬのも悪くない」


 ローザは微笑んでそっと唇を重ねると、清々しい笑顔で離れる。


「私は、元の世界で乱暴されそうになったのを助けてもらったその日から、ずっとエディさんが好きです。強くて優しいエディさんと結ばれることを夢見てました。思ってた形とは違うけど、エディさんと一つになれることは望み通りなんです。だから……」


 リン先生の手が、俺の頬を拭う。


「泣かないでください」


 そう言って微笑んだリン先生の唇が俺の唇に重なり、そして離れる。


「……嫌だ。俺はみんなを失うのなんて嫌だ。みんなを犠牲にして、俺だけ生き残るくらいなら、やっぱり俺も一緒に死ぬ。大切な人のいなくなった世界なんて、滅びても構わない」


 人の目を顧みず涙を流す俺の頭を、誰かが優しく抱く。


「私にはみんなと違ってエディと口付けを交わす資格はない。でも、最後に言葉だけ送らせて欲しい」


 そっと腕を離したのは、レナだった。

 涙で滲むその姿を見ながら、俺はレナの言葉を聞く。


「大切な人がいない世界を生きるのは苦しい。お母様が殺された時も。お父様が殺された時も。本当に苦しかった。お母様が殺された後、少し前までは、お父様だけが全てだった。お父様がいない世界なんて、どうでもいいはずだった」


 レナはそう言って、少し遠い目をする。


「でも、実際は違った。エディと出会って自分の至らなさを知り、エディと出会って本当の意味で成長できた」


 レナはそう言うと、今まで見たことのないくらい大人びた、美しい笑顔を見せる。


「エディから大切な人を奪った私が言えることではないのは分かっている。大切な人を失った世界で生きるのは辛い。でも、それでも私は、私たちは、エディに生きて欲しい」


 レナの瞳に涙が浮かぶ。


「だからエディは、魔王を倒して、女神もどきも倒して、私たちがエディの魔力となった後も、エディの人生を生きて欲しい。それがどれだけ残酷なお願いだったとしても」


 レナはそれだけ言うと、俺にくるりと背を向ける。


 五人の女性がそれぞれ俺に言葉を送る。

 ……最後の言葉を送ってくる。


「エディ、愛してる」

「エディ様、愛してます」

「エディ、愛してるぞ」

「エディさん、愛してます」

「……エディ、迷惑かもだけど、私も愛してる」


 全員が言葉を送り終えたところで、リン先生が輝き出す。


 一人一人との思い出が蘇る。


 ミホと離れ離れになり、こちらの世界での母親を失い、一人きりになりそうだった俺。

 魔族の食事に過ぎないはずの俺を支えてくれたカレン。

 一生を誓いあったパートナー。


 貧乏で友達もいなかった元の世界での俺。

 そんな俺のことをずっと好きでい続けてくれたリン先生。

 尊敬すべき恩師。


 自分には何の価値もないと思い込んでいた俺。

 そんな俺を主人として認めてくれ、奴隷にまでなってくれたヒナ。

 俺に全てを捧げてくれた家族のような存在。


 アレスに忠誠を誓い、誰よりも剣を振り、一生を剣に捧げるはずたったローザ。

 それが、歳下の頼りない俺に仕えてくれた。

 美しく折れない俺の剣。


 初めは殺そうと思っていたレナ。

 いつの間にか成長し、人として俺なんかよりよほど立派になっていた。

 もはや憎み切ることのできない、次代の王になるべき少女。


 一人ひとりのことを思い返すと、溢れる涙を止められない。


 人との付き合いがほとんどなかった俺にとって、さまざまな人と縁を結んだこちらの世界の生活は思っても見ないものだった。

 特に、今俺のために命を捧げてくれようとしている女性たちは、今の俺の全てだ。


「全員合わせてもまだミホちゃんには届かなそうです。申し訳ございません」


 そう謝るリン先生の言葉を聞いたシャクネが口を開く。


「それなら、私も……」


 だが、リン先生は首を横に振る。


「さっき貴女の魔力をフワさんに送った時と同じく、二人の間に強い絆がなければ、ほとんどがロスしてなくなってしまいます」


 リン先生の言葉を聞いたシャクネが下を向き、同じことを考えていた様子の『軍師』や『剣聖』も、悔しそうな顔をする。


「それなら、我ならどうであるか? 愛とやらはないかも知れぬが、血と誓約の絆はあるぞ」


 そう言葉を発したのは、血だらけで左眼と左腕をなくし、人の姿をしたリカだった。


「第一階位の龍はなんとか倒したが、肝をやられた。我はそう長くない。自ら子を産めぬのは残念ではあるが、その夢は、我の血が流れる旦那様へ託そう」


 リカの言葉に、リン先生が頷く。


「恐らく大丈夫です。……これで魔力量は魔王を上回るはずです」


 何千もの時を生きてきた、誇り高い存在であるリカ。

 ずっと守り抜いてきた純潔を俺に捧げ、義理もないはずなのに一緒に戦ってくれた。

 恋愛ではないが、それに負けない絆を結んだ龍。


 その龍までもが、俺に命を捧げてくれる。


 リン先生が笑顔を作る。


「それでは皆さん、魔法を発動します」


 そう言って魔法を発動しようとするリン先生に、俺はみっともなく懇願する。


「やっぱり、全部の魔力を吐き出して死ななくても、一部だけでも……」


 そんな俺に対し、リン先生が厳しい顔をする。


「エディさん。貴方の先生として、最後の指導です。それでは魔力量が全然足りず、魔王には勝てません。今時男だ女だ言うのは時代に遅れているのを承知で言います。優しさも大事ですが、女の覚悟を無駄にしないのも男として大事ですよ」


 それを聞いた五人がが笑う。


 俺はそんな彼女たちへ、失礼のないよう、溢れる涙を拭いながら、自分にできる最高の笑顔をろうとする。

 俺なんかのために命を捧げようとしてくれる大切な人たちへ、ちゃんと言えなかった言葉を伝える。


「みんな、今まで本当にありがとう。みんな……愛してる」


 俺の言葉がちゃん届いたかは分からない。

 ただ、全員が涙を浮かべて笑顔になっていた。


「それじゃあ魔法を発動します。エディさん、必ず勝って、幸せな未来を。『サクリファイス』」


 俺なんかを愛していると言ってくれた五人に、リカも加えた六人。

 その六人が、一生忘れることのできないくらい最高の笑顔を浮かべて……そして俺の魔力となった。

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