第246話 魔王と奴隷①

 覚悟を示す俺たちに対し、ミホも魔力を高める。


 ミホが戦っている姿は見たことがあった。

 その時もミホの強さは感じたが、敵としてこちらを攻撃しようとしている威圧感は、その時とは比べ物にならなかった。


「リン先生は、よくこんな相手に一人で向かっていきましたね」


 ミホ相手に一人で戦いを挑んだリン先生。

 命と引き換えにではあるが、深傷を負わせたリン先生に、改めて尊敬の念を抱く。


 リカの血をもらって強くなってもこれだけの差を感じているのだ。

 それ以下の効果しかなかった魔法をとっておきにして挑もうとした当時の俺は、愚かだったと言わざるを得ない。


「……好きな人のためですから。その気持ちと覚悟は今も同じです」


 リン先生の言葉に俺は頷く。


「ありがとう、リン先生。他の女性のためにみんなの命を賭けさせる俺は最低だけど、もし生き残ったら、ちゃんと結論を出させて欲しい」


 俺の言葉に笑顔になるみんな。


「自分で選んだ結論だ。我ながら馬鹿だと思うがな。だからエディは気にしなくていい」


 ローザが笑いながらそう言う。

 そんな俺たちを見てミホが俺たちを睨みつける。


「他の女とイチャイチャと……。やっぱりお前はユーキくんじゃない」


 ミホが纏う漆黒の魔力がより密度を増し、重く息苦しいものとなる。

 魔力が低い者たちは、この場にいるだけでも、命の危険があるほどだ。


 それでも、俺の仲間たちの中には、膝をつく者も逃げ出す者もいない。

 敵側から寝返った者たちも、半数くらいは戦意を持って立っている。


「逃げない勇気は誉めてあげたいけど、蛮勇は臆病より長生きできない」


 ミホが右手を空へ掲げる。


「まずい!」


 その動作を見て慌て出すテラとスサ。

 空を見上げると、上空に巨大なレンズがあるのが目に入る。


『天照(あまてらす)』


 ミホの言葉と共に降り注ぐ太陽の光。


 言葉だけ聞くと、暖かい印象しかないが、実際は、レンズによって集められた高音の熱線だ。

 太陽の表面温度ほどとは言わないが、想像を絶する高温なのは間違いない。


 残念ながら、これほどの高温の攻撃をこちらには防ぐ手段はない。

 称号の力による『聖域』なら大丈夫だろうが、連発のし過ぎで使えない。


 慌てて全力の魔法障壁を全体へ展開したが、時間稼ぎにもならないだろう。


 一撃目から早くも全滅しかけた俺たち。


『集団旅行(グループツアー)!』


 その言葉と共に視界が変わる。


 俺たちが次に目撃したのは、目の前に広がる高温の熱線で焼き払われた地面と、そこから立ち上る白い煙だった。


「ハル、助かった!」


 称号の力の持ち主であるハルへ俺は礼を告げる。


 もしハルの能力で移動していなければ、この場の殆どの者は、熱線で蒸発していなくなっていただろう。


「うん。でも、次からは期待しないで。私の魔力ももうそんなに残ってないから」


 ハルの言葉に俺は頷く。


 あまりにも強力すぎるミホの魔法。

 そして、ミホの魔力にはまだまだ余裕がある。


 どうするか悩む俺を横目に、テラが右手を空へ掲げた。


「私がそれをさせると思う?」


 隙だらけのテラへ右手を向けるミホ。


「お前たち!」


 スサのその言葉だけで動き出す三人の将軍。


 拳に魔力を込めて飛びながら殴りかかる将軍ナツヒ。

 そのナツヒを撃ち落とさんとするミホへ、高圧の水をレーザーのように放つクラム。

 その水を交わしながら、今度は左手でクラムへも魔法を放とうとするミホ。

 そのミホの足場を土の魔法で崩すイア。


 息の合った連携。

 その連携の先でナツヒの拳が届くより先にテラが叫ぶ。


「引け!」


 その言葉で、一気に後ろへ後退する三人の将軍。


『天照(あまてらす)!』


 先程ミホが放ったのと全く同じ魔法を放とうとするテラ。


 レンズによって集められた高温の光線が、ミホたちへ降り注がんと宙空に集約し始める。


 だが……。


『須佐之男(スサノヲ)』


 静かに呟いたミホは、魔法で剣を生み出すと、その剣に魔力を込めて空へ放つ。


 魔剣による魔力の斬撃が、上空の巨大なレンズを一刀両断する。


「その魔法を考えたの、誰だと思ってるの? 自分が考えた魔法なら、対処法を用意しておくのは当然でしょ?」


 攻撃の手を封じられたテラ。

 だが、こちらの味方はテラだけではない。


「小さい人間!」


 スサの言葉に反応し、小さく頷くリン先生。


 スサの魔力が爆発的に膨らみ、それに呼応するように、リン先生も魔力を膨らませる。


 スサの右手から生まれる巨大な竜巻。

 そこへリン先生が炎を注ぎ込む。


『炎帝!』


 二人の共同作業で生まれた巨大な竜巻が、ミホたちを飲み込もうと襲いかかる。

 熱風が周囲の空気を熱しながら進んでいく。


 対するミホは魔法障壁を張った。


 スサとリン先生の魔法は、恐るべき威力を持っていたが、ミホの強固な魔法障壁を破れる気配はない。


「おい!」


 カレンがスサの後ろに立つテラの配下の将軍へ声をかける。


「今更だが、お前生きてたんだな。今は敵じゃないのなら、俺に合わせろ」


 カレンがそう言うと、右手を前に出し、炎と魔力をスサとリン先生の炎の竜巻へ注ぐ。

 それに合わせるように、テラの配下の将軍も右手を前に出す。


「ボクはテラ様以外の命令聞きたくないんだけど。今はそうも言ってられないから、今回だけだよ」


 テラの配下も風と魔力を吹き込むことで、炎の竜巻が威力を増す。

 だが、スサがいる分、風と炎のバランスが悪く、炎が弱まっていく。


「お姉様。微力ながら私も」


 そこへシャクネも炎と魔力を注ぐことで、再び炎が勢いを増し、バランスが取り戻される。


 五人がかりの強力な炎の竜巻。

 だが、それでもミホの魔法障壁は破れない。


 しばらくすると、炎の竜巻の力が弱まり始め、そして消える。


「今のはいい魔法ね。でも、その程度じゃ私は倒せない」


 びくともせずに残るミホの魔法障壁。


 だが、全くの無駄だったわけじゃない。

 魔法障壁は、魔力そのもので作られているので、通常の魔法に比べて魔力効率が悪い。


 ミホの魔力だって無限にあるわけじゃない。

 魔力を削るのも意味のある行動だ。


 だが、魔力の削り合いによる持久戦になると、こちらが不利になるのも事実。

 俺やリカ、それに四魔貴族の二人はともかく、他のメンバーが、いつまでもミホの攻撃に耐え続けられるとは思えなかった。


 正攻法で倒すのは難しいかもしれない。


 そう思い始めたその時だった。


 突然ミホの背後に現れる黒い影。

 その影が、短く持った短刀でミホの首を攻撃する。


 正攻法でダメなら不意打ちによる暗殺。


 考え方としては悪くない。

 むしろ、本当にミホを倒すならそれ以外ないという手。


 メイド服を着た女性による必殺の攻撃。


 ……だが。


ーーガキンッーー


 ミホはその攻撃を、視線も送らずに止める。


「それは悪手ね。私がナミの暗殺をどれだけ警戒してきたと思ってるの? 暗殺で私を殺すのは無理よ」


ーードンッーー


 そのまま弾き飛ばされるメイド服の女性。


「クシナ!」


 叫ぶテラの声も虚しく、クシナと呼ばれたメイド服の女性は数十メートル先へ落下する。


 正攻法もダメ。

 暗殺もダメ。


 どんな攻撃も通じないと思わせる鉄壁の守り。


 魔力量も多く、攻撃も強力なミホに対し、こちらが手を止めてしまうとマズイのは分かっている。


 だが、最大戦力であるリカは未だ金色の龍と交戦中。

 テラやスサの攻撃も通じない。


 そうなると、俺がどうにかしなければならないのだろうが、残念ながら、俺にテラやスサ以上の攻撃手段はない。


「終わりかな? 私、本物のユーキくんを探さなきゃならないから、そろそろみんな殺してもいい?」


 ミホが退屈そうにそう言いながら右手を前に出す。


「こ、こんなの勝てるわけがない!」


 そう言った元女神もどきサイドだった一人が逃げ出そうとする。


「あーあ。みんなの側にいたからまだ生きていられたのに」


ーーポンッーー


 絶望の花が開く音が戦場に響いた。

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