第245話 偽りの女神と奴隷

 元生徒会長の存在が消え、代わりに現れた女神もどき。


 偽りの神々しさを纏った女が、にこやかに笑う。


「お久しぶりですね、皆さん。ミホさんに至っては千年ぶりでしょうか」


 そう告げる女神もどきに、こちらにいる全員が警戒体制をとる。


「皆さん、そう固くならずに。だって……」


 次の瞬間発せられる恐ろしい魔力。

 その魔力量は間違いなくミホを超えていた。


「無駄ですから。人間が神に敵うわけないでしょう?」


 女神もどきはそう言うと、俺たち全員を見渡す。


「私は寛容です。今こちらに来れば、許して差し上げます。魔王のお仲間の人間も救って差し上げます。ただまあ、魔王本人と魔族と獣人は残念ながら消えてもらいますが。この世界の汚物は浄化する必要がございますので」


 女神もどきの言葉に、俺は真っ先に反応する。


「それなら俺たちも無理だな。ミホも魔族も獣人も、全員に手を出さずに、お前が元生徒会長たちがやらかしたことの尻拭いまでやってくれるなら、見逃してやってもいいが」


 俺の言葉に、女神もどきは笑顔を崩さずに答える。


「生きていてくださってよかったです、ユーキさん。いえ、今はエディさんの方がいいのでしょうか? 私のせいで辛い境遇を過ごされて腹が立つ気持ちはよく分かります。確かに聖女さんたちの行ったことは、人道に反しているかもしれません。ですが……」


 女神もどきはそう言ってニコリと笑う。


「世界を救うのに多少の犠牲はつきものです。戦争犯罪の全てを認めるつもりはありませんが、千年無敗の魔王と戦うのに彼女たちもストレスが大きかったのでしょう。今回のは許容範囲です」


 女神の言葉に、俺は怒りを通り越して呆れてしまう。


「お前と話しても時間の無駄だ。話して通じ合えないなら戦うのみ。確かにお前の魔力量は多いが、絶望するほどじゃない」


 俺の言葉を聞いた女神もどきは、ふふふと笑う。


「これだから最底辺の奴隷になるような人間は野蛮でいけませんね。私のせいではなく、なるべくしてなったのかもしれません」


 俺はそんな女神もどきの挑発を無視し、刀へ魔力を込める。


「勘違いしないでください。神である私が自らの手を汚すわけないじゃないですか」


 女神もどきはそう言うと、確か『教師』と呼ばれた称号持ちの女のもとへ歩み寄る。


「この子の称号の力は本当はすごくて、必要な魔力さえ注げば、自分のものだけでなく仲間の魔法も使えるようにできますし、魔法だけじゃなく称号の力も使えるのです」


 女神もどきはそう言うと、『教師』の手を握る。


「こう言うふうに魔力を注げば、ですね」


 次の瞬間、女神もどきの手から、『教師』へと魔力が移るのが見えた。


「そして、私がこの子の力を借りて使う力は……」


 女神もどきの視線がミホへと移る。

 その瞬間、何か決定的にまずいものを感じた俺は叫んだ。


「ミホ! あの女の目を見るな!」


 だが……


「遅かったですね。これで私たちの勝利は確定しました!」


 女神もどきが、嬉しさを隠さずに、そう宣言する。

 俺は、恐る恐るミホの目を見た。


 見た目には何の変化もない。

 俺を見つめる目には、俺への愛が込められている。


 女神もどきの言葉で驚かされたが、何の変化もないことに安心しかけたその時だった。


「そいつはユーキくんの姿をした偽物です。試しに聞いてみてください。貴方は私のことだけを愛していますか、と」


 女神もどきの言葉で、ミホの目つきが変わる。


「当たり前でしょ? ユーキくんは私を愛してくれたの。私だけを愛してくれたの。私は千年間ユーキくんを愛した。ユーキくんは千年分私を愛してくれる。ユーキくんが私だけを愛していないわけがない」


 ミホの目が俺を見つめる。

 その目には相変わらず愛が込められている。

 それと同時に、愛を上回る狂気が込められている。


「ミホ。ミホも気付いている通り、俺は……」


 そう話しかけた俺に、ミホがヒステリックに叫ぶ。


「聞きたくない!」


 ただの叫び声。


 だが、無意識のうちに魔力が込められたその声は、簡単な攻撃魔法ほどの破壊力を持って周囲を襲う。


 今や四魔貴族並の魔力を持つ俺にはダメージはなかったが、俺の仲間だけでなく、女神もどきサイドも含めて、魔力が低い者たちが耳を押さえて、引き攣った顔をする。


「私にはユーキくんしかいないの。ユーキくんだけが全てなの。そんなユーキくんが私のことだけを愛していないなんて耐えられるわけがない!」


 俺を見つめるミホの目に、疑念の色が含まれ始める。


「貴方はユーキくんだよね? ユーキくんだったら私を愛してくれるよね? 私だけを愛してくれるよね?」


 ミホはそう言った後、俺の後ろに控える、俺の仲間の女性たちを見渡す。


「後ろのメス共がユーキくんのこと、色目で見てるけど、あんなメス共より、私の方が大事だよね?」


 突然のミホの変貌に、思考が追いつかない俺に対し、女神もどきはクスクスと笑う。


「洗脳が効きすぎてびっくり! ほとんど全魔力持ってかれたけど、これなら魔力を賭けた価値があるわ」


 女神ぶった言葉遣いも忘れ、子どものようにおかしがる女神もどき。


 対する俺は笑ってなどいられない。


「ミホ。俺にとってミホも大事だよ」


 俺の言葉に、さらにヒートアップするミホ。


「も? もって何? 私を、私だけを愛してるんじゃないの? もってことは、後ろのメス共も大事ってこと? 私以外のメスと浮気してるってこと?」


 今にも爆発せんばかりのミホを見たカレンが口を開く。


「エディ。今の魔王様は普通じゃない。私たちのことは気にしなくていいから、今は魔王様だけを愛していると言え」


 カレンのアドバイスに従い、ミホだけを愛していると言おうとした俺。

 そんな俺を凝視するミホ。

 その貫かんばかりの視線は、全てを見通すように俺を捉えている。


「ミホ。俺はミホのことを愛している。ミホだけのことを愛している」


 そう言った瞬間、ミホの視線に込められた敵意が弾けんばかりに膨らみ、それまで多少なりとも含まれていた愛情が消える。


「……嘘つき。私のことを愛してるっていう言葉は本当かもって思ったけど、私だけをっていうのは間違いなく嘘。貴方は……お前は。ユーキくんなんかじゃない。ユーキくんなら嘘をつくわけがない。ユーキくんなら私だけを愛していないわけがない!」


 今、この瞬間、ミホの中で俺は敵になった。

 千年愛した最愛の人から、最愛の人を騙る敵へと変わった。


 それでも俺は言葉を届けようとする。


「悪い、ミホ。ミホが言う通り、俺は嘘をついた。ミホのことは大事だ。世界と天秤にかけても、ミホの方が大事だ。でも俺には、同じくらい大事な人が他にいる。命をかけても守りたい人が他にもいるんだ。将来は分からないが、今この瞬間は、ミホは俺にとって何よりも大事な女性の一人だとしか言えない」


 俺の言葉を聞いたミホが口を開く。


「……今の言葉は本当。でも、その言葉が本当だとしてもお前がニセモノであることには変わりない。ユーキくんが、私のユーキくんが私以外の人を私と同じくらい大事に思うなんてありえない。私にとってユーキくんが全てで、ユーキにとっても私が全てのはずだから」


 ミホの身に纏う魔力が急速に高まる。


 そんなミホを横目に見ながら、俺は女神もどきに尋ねる。


「俺たちは恐らく、ミホに殺される。だが、そうしたら、誰もミホを止められなくなるぞ?」


 俺の言葉を聞いた女神もどきは面白そうに笑う。


「魔王が貴方を殺したら、魔王を正気に戻します。千年愛した最愛の人を自分の手で殺した魔王が、生きる気力を持てるでしょうか?」


 女神もどきは、笑いを堪えられずに声をあげて笑う。


「自殺するか。自暴自棄になったところを私が殺すか。いずれにしろ、貴方を殺したショックで精神的にボロボロになった魔王を殺すのは容易いことです」


 最低な発想。


 だが、強力な敵を相手に、精神をボロボロにして戦うのが、効果的なのは間違いない。


 人の精神を弄ぶ闘い方は、女神としては最低だが、魔王殺しとしては正しいのだろうか。


 だが、正しいか正しくないかは関係ない。

 ここで俺が殺されてしまえば、ミホも死んでしまうのだ。


「お前の読みで一つだけ計算不足がある」


 俺の言葉に女神もどきが首を傾げる。


「……何かしら?」


 俺は女神もどきを睨みながら答える。


「ここで俺たちが勝ってミホを止めることなんて、かけらも思っていないことだ」


 それを聞いた女神もどきがニヤリと笑う。


「そうですね。千年以上魔王を倒すシミュレーションはしてきましたが、貴方が勝つパターンは考えていません。だって……」


 女神もどきはそう言って笑う。


「龍の血が混じったとはいえ、千年誰も倒せなかった魔王を、ただの人間の貴方が勝てるわけないでしょ。こうなる可能性を考えて、貴方にだけは何の称号も与えてないのに」


 女神もどきの言葉に何も言い返せない俺の前に、カレンがスッと現れる。

 リン先生も、ヒナも、ローザも、レナまでもが現れる。


「エディだけではそうだろう。でも、エディだけじゃない。魔王様には正気になってもらって、その上でエディに誰か一人を選んでもらわなきゃならない。そのために、私たちも全力で魔王様を止めよう」


 カレンたちだけでなく、リカにテラにローザ。

 その他の仲間たちも前に出る。

 ……その膝を震わせながら。


「最後の戦いだ。ミホを止めるぞ」


 こちらの全員が頷き、そして史上最強の魔王との戦いが幕を開けた。

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