第244話 ある少女③

「ふふふっ。あははっ」


 誰もいない部屋で彼女は笑う。

 右手を失ったのも忘れ、高らかに笑う。


 彼女は魔王を倒した。


 クラスメイトをだしにして。

 自らの純潔を奪った獣人の盗賊団の頭を魔王に殺させ。

 そのために満身創痍となった魔王を自らの手で殺して。


 彼女は、一通り笑った後、主人を失った寝室の窓を開け、天を睨む。


「見てるんでしょう? さっさと現れなさい」


 彼女が天に向かってそう声をかけると、辺りは眩い光に包まれる。

 奇しくも、彼女が魔王を倒すために放った魔法の光のように。


 しばらくして、光が収まると、彼女がこちらの世界に呼ばれた時と同じ白い空間に、女神が立っていた。


 彼女は女神に告げる。


「魔王は倒しました。私がこの手で」


 そう言って右手を前に出そうとして、右手が失われたことを思い出す。


「……手はないんでした。私は自らの体を犠牲にしながらも魔王を倒しました」


 そう誇らしげに告げる彼女へ、女神は侮蔑の目を向ける。


「犠牲にしたのは右手だけではないですよね? 共に戦うべき仲間も。貴方のことを思ってくれた獣人も。そして討伐対象である魔王すらも騙して。貴方は全てを犠牲にしました」


 女神の言葉を聞いた彼女は不敵に笑う。


「それが何か問題でも? 目的のために最善を尽くすのは当然です。何を犠牲にしてでも成し遂げなければならない目的があるのなら、そのためにどんな犠牲も厭わないのは当たり前では?」


 彼女の言葉を聞いた女神は、彼女との対話を諦める。


「貴女とは意見が合わないようです。……とはいえ、貴女は魔王を倒しました。これで、数百年はこの世界の平和は保たれます。約束通り、願いを一つ叶えましょう。望むなら、元の世界へも返して差し上げます」


 その言葉を聞いた彼女はニヤリと微笑む。


「元の世界へなんて帰りません。だって私の願いは……」


 そう言った彼女は、つかつかと女神に歩み寄ると、女神の顎を掴んで持ち上げる。


「貴女に代わってこの世界の神になること。私が神になれば、貴女よりもっとこの世界をよくできます」


 彼女の言葉に、目を見開く女神。


「……本気ですか、人間の身で神になるなど。精神が保ちませんよ」


 女神の言葉を無視し、再度要求する彼女。


「いいから早くして。私は、一刻も早くこの世界を立て直したいの」


 彼女の言葉に考え込む女神。


「……分かりました。ただ、神とはいえ、直接世界に干渉はできません。できるのは、間接的に一部影響を与えるくらいです。あとは、せいぜい、数百年から数千年に一度、私が貴女たちを呼んだように、異世界からの人間をこの世界へ呼ぶことくらいです」


 女神の言葉を聞いた彼女は、女神を急かす。


「そんなの、やってみたら分かるから、早く私を神にして」


 彼女の言葉に女神は溜息をつく。


「確かに、神になった瞬間、自らにできることは分かるようになります。でも、本当にいいのですか? 神になるということは……」


 彼女は、そんな女神の言葉を遮る。


「いいから。さっさとお願い。それとも、神のくせに、自分の言葉に責任を持てず、私の願いを叶えるのが嫌になった?」


 聞く耳を持たない彼女に、女神はそれ以上の言葉を告げるのを諦める。


「貴女の選択がこの世界を良くも悪くもします。基本的には貴女の意思を尊重しますが、あまりにもひどい場合は、この世界のために、私も干渉させていただきます」


 女神の言葉に、彼女は肩をすくめる。


「監視付きってわけね。まあいいわ。私が完璧な世界を創ってあげるから、貴女は大人しく見てなさい」


 いつの間にか横柄になった言葉遣いで彼女は女神へそう告げる。


「それでは目を閉じてください」


 そして女神は過ちを犯す。


 異世界から人を呼んでまで、人間が魔族に食べられることのない平和を築きたかった世界に、最悪の悪魔を産み落とす。







「あぁ。最高」


 神の力を手にした彼女は恍惚の表情を浮かべる。


「やっぱり魔族は滅ぼさなきゃね。獣人はムカつくから、滅ぼさずに魔力を奪ってペットとして生かそう。あとは……」


 彼女は嬉々として世界を改編する。


 人間以外の種族の力と尊厳を奪い、人間中心の世界を創ろうとする。


 その過程で、自らが倒した魔王より、百倍の強さを持つ魔王が誕生することが発覚した。


 直接は倒せないため、人間たちに倒させるしかないが、百分の一の強さの魔王でさえ、倒すのは相当な困難だった。


 彼女は手段を考える。


 ただ転生させるだけでは勝てない。


 いっそのこと、魔王へ異世界の人間の魂を埋め込んで、人間としての精神の弱さを持たせよう。

 そしてその弱さにつけ込んで魔王を倒そう。


 それが彼女の出した結論だった。


 そのためのクラス転生。

 そのための称号。


 彼女は綿密な計画を立てる。

 一千年以上に及ぶ準備期間。

 魔王を倒すためだけの策を考える。


 次善の策だけでなく、何かがうまくいかなかった時の対応を何十何百通りと考える。


 魔王さえ倒せば、あとはどうにでもなる。

 転生させた人間に、邪魔な種族たちを滅ぼさせたり従わせさせたりして、人間の楽園を作ればいい。


 彼女が完璧だと思えるくらいに策が練り終わったタイミングで、彼女は、魔王に転生させる人間と、その刺客を先に転生させることにした。


 ここでの失敗は織り込み済み。


 作戦は千年かけてしっかりと完遂する。

 本命は千年後だ。


 彼女は千年先を思いら思わずにやけてしまう。


「ふふふっ。あははっ」


 彼女は高らかに笑う。

 千年後の成功を思い、笑う。





 ミホを魔王にした後、ミホが愛する人にふさわしい世界を作ろうと決意するのを見て、笑う。


「無駄なのに。何をやっても無駄なのに」


 彼女は、健気に努力する魔王を見ながらくすくすと笑う。


「ふふふっ。この策を破ったってどうせ最後はダメなのに」


 己の用意した小手調の策を突破していく魔王を見ながら、テレビでも見ているかのような気分で、彼女は笑う。


「待っていなさい、魔王。貴女がどれだけ備えても無駄。千年後、貴女へ最高の結末を届けてあげる」


 もはや、理想の世界を創ることすら忘れ、魔王であるミホを残酷に殺すことだけを夢想していることに気付かず、彼女はその時を待つ。


 それは最早、神の所業とは言えないのに。

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