第18話:『退魔師とみそ』とは言っちゃいけない
さて。
ここで料理の話にしよう。ラブコメを少々ふりかけて。
引き続き、バトンは
◆
おれが入手したのはモンスター・シイタケオの肉。つまりシイタケだ。これをいまから料理する。
うちは定食屋なので台所は一般家庭より広い。
親父の手で使い込まれた調理器具の
そのなかでも愛用のフライパンを手に取った。油がなじんで
このフライパンを熱してバターを溶かす。
まず炒めるのは長ネギだ。
香りが出てきたらシイタケも投入。これも火が通るまで炒める。
そのあと料理酒を少々。
ジュワアアア。フライパンの上で音が踊る。んー、バターの香りがたまらん。
隠し味程度にしょう油も少々。
そして投じるのがみそだ。火を止めて手早く混ぜる。みその香りが飛ばないうちに仕上げよう。
みそがからまったら完成!
居間では
長い黒髪がちゃぶ台の上で美しい模様を描く。横には読みかけの文庫本とメガネ。ヒマしていたのがわかる。
おれが料理を運ぶと、スイッチが入ったように背筋を伸ばした。わかりやすい。
できたよー。おれは促す。
「け」
お食べ。山形弁を料理にそえた。
「いただきます」
手を合わせて一之瀬さんは一口運ぶ。
ふむ。味を
「なかなかですね」
もぐもぐ。もぐもぐ。淡々とはしを進める。
リアクションが薄い。
あれー?
「一之瀬さん、あんまり美味しくなかった?」
「そんなことはないですよ」
おれもちょっと試食する。
パクッ。
うーん?
たしかに、こう、パンチが足りないかもなあ。
モンスター・シイタケオの肉は濃厚だ。うま味が
ただ、これに負けない工夫も一方で必要かも。
(そうだ)
おれは台所から刻みのりを取ってきた。
上からパラパラかける。
「もう一度、食べてみて」
け。再度促す。
半信半疑と言った感じで一之瀬さんはふたたび口に運ぶ。
「む」
一之瀬さんがうなった。む。む。む。前のめりになる。
相変わらず一之瀬さんの表情筋は仕事をしない。至ってクールだ。
一方、体は語る。語る。
驚いていると。目を丸くしていると。はっきり伝わった。
料理を飲み込んで一之瀬さんは感想を
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………美味い」
です。
万感がこもっていた。
(よっしゃ)
ガッツポーズ。
「一之瀬さん、おれにも一口」
自分でも
さっき言ったとおりシイタケオは通常のシイタケより濃厚だ。うま味の成分のうち、グアニル酸とグルタミン酸が多いのかもしれない。
食べるとしあわせを感じる。
要は
(注:正気度はその人の精神がどれだけ安定しているかを示すパラメータです。低いほどヤバイ。ゼロになったら入院です)
おれはひたすらかむ。
口のなかにうま味が広がる。
かむ。しあわせ。かむ。しあわせ。(エンドレス)
正気度、急降下。
鼻を抜けるのりの香りがまたすばらしい。
思い付きだったが、やはりのりを加えたおかげで劇的に味が変わった。
少し説明を挟む。
のりは食物繊維を多く含む。これが腸の調子を整える。
ときどきテレビの健康番組とかで聞くセロトニン。足りなくなると不安になったりする。
このセロトニンの95%が実は腸で作られる。
それだけじゃない。
のりの香りも重要だ。
つまり正気度を上げる。
すなわち。
シイタケで正気度を急激に下げる。
のりで正気度を急激に上げる。
結果、落差が大きい分、美味しいと思ってしまうような?
味覚への
おっと。
美食家な新聞記者みたいなウンチクを語り散らしてしまった。
だいたいにして全部みか姉の受け売りなんだよな。
かっこつかないね。
さてもう一口。
とはしを伸ばすが、一之瀬さんのはしとぶつかってしまった。
「じー」
一之瀬さんはなにやら視線でアピールする。
どうやらあとは自分でいただくつもりらしい。
(こいつめ)
とは思ったが、別に腹は立たない。
一之瀬さんの食欲にただただ苦笑いする。
その一之瀬さんが改めて姿勢をただす。背筋を伸ばして。気合を入れた。
さらには長い髪をゴムで後ろにたばねる。
いざ。
本気、いや戦闘モードだ。
一之瀬さんは真剣そのものといった感じで言う。求める。
「ごはんを」
「え?」
「白米を
「いやあ、でも。夕ごはんもあるんだよ?」
ギロリ。
一之瀬さんは眼光でおれをだまらせる。
仕方ない。
おれはおとなしく
それからの一之瀬さんは、まさに一匹の
食う。食う。ひたすら食う。
食いっぷりで見せる。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた一之瀬さんは感想する。
「まさかモンスターの肉がみそにも合うなんて。意外でした。もし、わたしの活躍を小説にするなら、『退魔師とみそ』ですね」
「おいばかやめろ」
泣くぞ。
だれがとは言わないが。
「アレだよ!」
おれは反論する。
それはもう、勢い込んで。
「日本の料理にはたいてい合うんだよ! たぶん! きっと! そういうことにしてくれ!」
「なぜ必死?」
とまあ、バカな話でだらけていると。
唐突に、一之瀬さんが言った。
「良い仕事でした」
「そう? ありがと」
「口のなかが
まっすぐにおれの目を見て告げた。
強く、気持ちを乗せて。
メタリックな色彩を持つ瞳がいつもより輝いていた。
不意打ちだった。
たとえて言うなら。
一之瀬さんはなにかを差し出した。おれが侵略してしまったなにかを。
同時に。
おれの侵略を、
いまの言葉はそういうやり取りなのだ。
おれは考えるより先にまず体で理解した。
カーッ。顔が熱くなる。
もしかしたら。もしかしたら一之瀬さんなりの
一之瀬さんの
のあー。つーか叫んだ。心のなかで。
しかも一之瀬さんは表情を変えない。
クールである。
(ズルいよ)
ズルいくらいのかわいさだった。降参するしかない。
こういう気分をなんて言うのか。
すごくいい気分なのはたしかだ。
というところに冷静なツッコミを入れてくるのも一之瀬さんのキャラだ。
「ラブコメなんてしてると病院の面会時間が終わってしまいますよ」
そうだった。
でき上がった料理を親父に食わせなきゃ。
おれは先に玄関へ。
古びた自転車を引っ張りだしてライトなどをチェックする。
ふと手が止まる。
夕日を背に電柱が
目を奪われた。鋭いほど美しい。
墓標のよう? いや、ちがう。
おれの、おれたちの、向かう先へ。ずっと続いている気がした。
未来をつかんだと思った。
ん、そうじゃないな。
実感は、もっと強い。
いまつかんでいるものが未来なんだ。
きっと。
「行きますよ」
一之瀬さんに声をかけられて我に返った。
自転車の荷台に一之瀬さんを乗せる。
出発する前にもう一度、夕焼けに目をやった。
ペプシがほしい。
退魔師としょう油 北生見理一(旧クジラ) @kujira
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