吾輩はパイロットである

甘味亭太丸

第1話

 タマは猫である。

 東京は神田、下町などと呼ばれる狭い地域にタマは住んでいる。

 タマは雄猫で、日がな一日、飼い主であるトメの膝の上で日向ぼっこをして過ごしている。

 きっと、死ぬまでそうしているであろう。


「みゃぁ」


 そんなタマは時折トメの下を離れて、どこかへと消えていく。

 タマはすっくと立ちあがると、ぴょんとトメの膝の上から飛び出していく。


「おやおや」


 トメは気にしない。猫とはそういう生き物だからだ。

 気まぐれで、その日の事はその時考える。ふらりと姿を見せなくなったと思えば、いつの間にか帰ってくる。

 だから、トメはタマの自由にさせてやった。


「はて、タマがいなくなると、外が嫌に騒がしいねぇ」


 よっこらせと、トメは立ち上がる。家の外ではどたん、ばたんとものすごい音が響いていた。


「あらぁ、また出てきたのねぇ」


 トメは手で日差しを遮りながら、見上げた。

 そこには巨大ロボットがいた。


†††


 タマは猫である。そしてパイロットである。


「みゃおぉぉぉん!」


 タマが乗り込むのはロボットである。

 全長三十メートル、しなやかなスタイルながらも両腕、両脚は二回り以上大きく、頭部は長い首を持ち、両目は金色に輝いていた。

 人の形をしている。タマは思った。なんでこいつはこんなにでかいのだろうかと。これでは昼寝にも困るだろうし、住むところも少ないだろうと心配になる。


《ナイトライシー起動》


 コクピットの電子音が響く。

 ロボットの名前はナイトライシーとかいう奇天烈な名前だった。意味は知らぬ。

 それはさておきタマはこのロボットを動かせる。原理は知らない。猫だから。

 だが、それでもわかることがある。


「しゃぁ!」


 これからやってくる連中がとても嫌な奴らだという事だ。

 タマはコクピットで、毛を逆立て、尻尾をピンとたたせて、牙をむき出す。

 モニターに表示。タマは人間の言葉が読めないので、意味は分からないがそこには『空間跳躍反応』と記されていた。


 表示の通り、神田の街上空に花火のような光が走る。

 瞬間、敵は現れた。それらはナイトライシーと同じく人の形をしていた。

 その正体を、タマは一切わからぬ。恐らく人間たちも知らぬであろうとタマは思う。

 だが、敵であることは間違いなかった。なぜなら奴らは意味もなく命を奪うからだ。仲間たちが殺された。その飼い主も殺された。知らぬ人々が殺された。知らぬ動物が殺された。

 そして、トメの旦那も殺された。

 ならば、奴らはタマにとっては敵だ。


「にゃぁーお!」


 空間跳躍で敵が実体を現す瞬間。タマは鳴き、ナイトライシーは飛ぶ。背部、そして両腕の肘、両脚のふくらはぎに装備されたジェットパックによる大出力飛行である。巨体ながら、それらの装備のおかげで、ナイトライシーは身軽で軽やかな動きを見せる。


「にゃっ!」


 タイミングはばっちり。猫の勘が冴えわたる。

 敵が実体を現すその瞬間、ナイトライシーは鋭い爪を装備した右手で貫手を放つ!

 敵はその一撃で胴体をぶち抜かれ、ガクガクと機体を痙攣させながら機能を停止する。


「にゃあぁぁふ」


 タマはあくびをする。

 ナイトライシーは無敵だ。どんな敵が来ようとも、返り討ちにできる。

 なぜそんなものがタマのものか、それはタマ自身もよくわからなかった。


†††


 タマは猫である。地球を守る猫だ。

 戦いがないのであれば、トメの膝の上で昼寝をするのが大好きな猫である。

 それでも戦いともなれば、いつも体を張る。

 これまでにどれだけの敵と戦ってきただろうか。実は数えていない。

 で、結局敵の正体も不明だがタマには関係のない事だ。敵なのは間違いないから。


 そんなある日の事、神田の街を巨大な空中戦艦が覆った。それは城のようにも、山のようにも見えた。

 とにかくデカイ。


「みゃ」


 ピン、とタマの尻尾が高く天を突くように伸びる。

 ひげがぞわぞわする。こめかみの部分がひくひくする。 


「おや」


 トメ婆さんはいつものように、タマを見送る。


「にゃ」


 タマはいつものように、しかし、一旦立ち止まり、トメの方を振り向いた。

 もうここには戻れないかもしれないな。タマはそう思った。

 猫は、死期を悟ると、死に場所を求めて消えるという。


「日が暮れる頃には帰っておいでよ」

「にゃ」


 約束は、できない。


†††


 戦いは熾烈を極めた。

 流石のナイトライシーも多勢に無勢ではダメージを負う。勇壮な姿を見せていた全身はボロボロになり、あちこちから火花が飛び散っていた。


「うぎゃうん!」


 攻撃警報。艦砲射撃。一斉にビームが放たれる。殺到する光の束、だがタマは避けない。避ければ、トメ婆さんたちが危ない。

 だから、ナイトライシーは盾になる。


《プロテクションアーム》


 電子音声と共にナイトライシーの両腕の装甲が展開し、無数のレンズ状のパーツが飛び出す。それらが光輝くと、光の幕が放出され、ビームを次々と消滅させていく。

 が、負荷により右腕が吹き飛ぶ。


「にゃむん!」

《クラスターブレイカー・シュート》


 構わず、タマはナイトライシーを突撃させた。

 戦艦は構わず砲撃を続けていた。搭載されていた敵兵器も次々と現れる。

 傷つくナイトライシーから無数の閃光、それそれが意志を持つかのように現れた敵めがけて殺到する。光の矢は、小刻みに逃げ回る敵を執拗に追いかけ、貫く。雑魚はそれで蹴散らす。


「にゃおうん!」


 そして、ナイトライシーは巨大戦艦めがけて、真っ白な閃光となって、激突していく。

 刹那。巨大戦艦は大爆発と共に、その巨体を崩していった。 


†††


 タマは猫である。

 ほんのちょっぴり右の耳が欠けてしまったが、元気だった。

 結局ナイトライシーとはなんだったのか。タマにはわからぬ。そして、敵の事も。ま、猫にはどうでも良い事だ。


「はぁ、そういえば」


 トメはタマを撫でながら、遠い記憶を思い出していた。


「あのロボット。勇さんが若い頃に研究していたロボットそっくりだったわねぇ」


 なるほどそういう事かとタマは納得した。

 それなら自分が動かせた理由もわかる。

 勇は、トメの旦那で、ロボット工学の権威とやらだった。

 タマは大きなあくびをした。

 

「にゃふ」


 そして、タマは、膝から飛び降りる。

 いい加減、昼寝をさせて欲しいと思うが、仕方がない。

 なぜなら、吾輩はパイロットであるから。

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