4 モナミ
□
私は部屋を出て、白い廊下を歩いて別の部屋の扉を叩いた。
「左近です」
「ああ。お早う。彼女の調子はどうかな?」
部屋に入ると、先生が振り向いて云った。私は細く息を吸い、落ち着いた口調を心がけて報告した。先生には優秀な学生だと思われたい。
「比較的元気です。現在のところ認められている人格はふたりです。十八歳の少女である赤岸もな美、それから蒼也という十一歳の少年」
私が云うと先生は可笑しそうにわらった。
「残念ながら、それでは成績は、可しかあげられないだろうね」
「えっ……何故ですか、」
私はかおが火照るのを感じた。先生の課題だけは、優等を修めなければならないのだ。出来れば優。少なくとも良でこの課程を終えなければいけなかった。可なんて駄目だ。絶対駄目だ。
先生が片手で私を制し、私の眼を見て云った。
「ほんとうは、三人居るんだ」
「え、だって、そんな……」
「人格はふたりじゃない、三人居るんだ」
モナミ、蒼也。それから、
「……私は誰ですか?」
「良い質問だね」
「先生は、誰なのですか?」
「音楽を掛けよう」
先生が右手をひらりとさせると、セレナーデのト長調が鳴り出した。私は急速に眠気を感じる。先生のおおきくてあたたかい手が、私の額に触れ、長い指が瞼を優しく閉ざした。目を閉じた私はそのまま首を垂れる。
「三人居るんだよ、モナミのなかに。モナミ、きみは賢い子だから、ひとりのふりをして上手く生きてゆけるよ、大丈夫だよ、モナミ」
あたしがこくりと頷くと、やわらかい闇が落ちてきた。
──大丈夫だよ、上手く生きてゆけるよ、大丈夫。
この広い建物のなかで、独りきり。
あたしのなかの四人目は、いつもあたしを勇気づけてくれる。
(了)
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 泉由良 @yuraly
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