3 もな美

   □






 朝はいつもだるい。白い寝具にかおを押しあてて頭痛を堪えていると、ノックの音がしていつもの声が聞こえた。


「赤岸さーん」


 習慣化した呼び声。


「起きてくださいね、赤岸さん」


 起きてるわ、と、あたしは心のなかで呟く。でも、のどが気持ち悪くて声が出ない。


 昨日一緒のベッドに並んで手を繋いで眠っていた筈の蒼也くんは、朝にはいなくなっていた。音を立ててカーテンが開かれる。朝の光が窓ガラス越しにいっぺんに入ってきて、あたしはあたしの隣の、からっぽの場所を横目で見た。


「赤岸さん、検温ですよ」


 ベッドの傍らには左近あまねが立っていて、水銀体温計を差し出して微笑している。あたしは凄く変な気がした。


「あまねは友だちでしょう? どうして毎朝あたしに体温計を持ってきたりするの?」


 上半身を起こして疑問を訴えた。あまねはそれには応えず、


「先生から云われているんです。測ってくださいね」


「……」


 今日のあまねは、なんだか他人行儀だ。


 水銀体温計はあまりに鋭く光っている。それは細い刃物のようで、あたしはつい怖じ気づいた。それでもあまねは尚もそれを差し出して来て、仕方なくあたしは手を出す。片手を引き気味にしながら、そっと、怪我をしないように。


 体温を測っているあいだ、あまねは猫を見るような眼であたしを見ていた。いい子ねえ、云いたげに首を傾げている。


「朝食、残さず食べてくださいね。先生にそう云われていますから」


 あまねは云い、あたしは微笑む。また蒼也くんが厭がるかな、と思った。


 ベッドの傍らのテーブルに置かれているトレイの朝食を横目で見る。茹で卵、温野菜、グレープフルーツ、ミルク紅茶。どれも食べられる気がしなかった。食べられる気がしないのに、あたしの唇のうえから、ぬるい微笑みのかたちが外れない。


 テーブルの近くに落ちている、つめたい日溜まり。


 こころのなかで呟く。


(この家には微笑家がうようよしていやがる、)


 ああ、これは、蒼也くんの声だ。


 腐乱と憎悪。




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