2 蒼也

   ■



「蒼也くん、ミルクを飲みなさい」


 赤岸もな美は数回繰り返したが、蒼也は背を向けたままで、要らないとぶっきらぼうに返すばかりだった。

 夜になっていた。あまねは既に帰ってしまい、部屋にはもな美と蒼也のふたりきりだ。


「飲まないとおおきくなれないわよ」

「おおきくなんかならないよ、知ってるくせに」

「あっためてあげようか?  それとも、ココアを入れたら飲む?」


 もな美を聞こえないふりをして重ねて云った。


「昨日から何も飲んでないわ、一体どうしたの」


「……あいつ、誰なの」


 蒼也がじっと黙ったあとぽつりと云った。怒っているうえに、傷心であるようだ、と、もな美は思う。蒼也は重ねて云った。


「どうして毎日一緒にいるの? お茶なんて飲んじゃってさ」


 左近あまねとは、この建物で暮らし始めてから仲良くなった。それが以前から親しかった蒼也には面白くないのだろう、と、もな美は思った。


 蒼也と知り合ったのは、もな美が十二歳だったときのこと。彼は一冊の推理小説のなかにいたのだ。もな美は彼が大好きになったし、蒼也はそれからずっと、もな美の傍に一緒にいてくれた。


 それから六年経った今、少年はそのときも今も変わらず十一歳で、もな美だけが歳をとってしまった。


「あまねなんてさ、変な名前」


 蒼也が唇を咬んで付け加えた。


「もな美だって……変な名前だけど」

「あたしの名前?」


 もな美は少し驚く。


「モナミは仏蘭西語で、愛する人、という意味よ」


 もな美がそう云うと、蒼也は彼女の首に腕を回して抱きついてきた。


「もな美、好きだよ」




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