第2話

「ようこそ、本日の幇助さん」


 幇助塔地下3階。

 エレベーターが開くと、別の職員さんが待っていた。

 職員さんは中に入ると、物色するように、私たち1人ひとりの顔を確認した。


「はい、これ」


 手にしていた書類を、エレベーター内の職員に渡す。

 黙って受け取ったエレベーターの人は、それにサインし、彼に返した。


「大人なんだから泣かないでくださいよ」


 ずっと泣き続けてきたスーツ姿の男性の肩に、ぽんと手を置く。

 それでもエレベーターから出ようとしない。強引に脇を抱えて運び出そうとする。


「おっさん行こうぜ。俺たちは選ばれし人間なんだからよ」


 今度は、若い男性が、もう片方の脇を抱えた。

 なんだっけこれ。あ、そうそう。宇宙人を運ぶときのお約束だよね。


 残り1人の中年女性は、ゾンビのように立ち上がって歩き始めたので、私も彼らについていくことにした。

・・・にしてもノリが軽いなあ、この職員さん。



「戸来さんに好きな人っていた?」

「中学の頃に、ちょっとですけど」


 ノリの軽いお兄さんが、私の恥ずかしい過去を暴こうとしてくる。

 はにかみ屋の孝則くんのことは、何人たりとも触れてはならないから。


「その後は?」

「いえ、特には」


 面倒くさかった。

 親と実家暮らしだったこともあり、気を遣うのも嫌だった。


「ふむ」

 かりかりかり。

 別の書類に、軽いお兄さんは何やら書き込んでいる。


 私の過去を記録してどうするんだろう。もう死んじゃうんだけど。

 それはそれで恥ずかしい。

 

 ――どこなんだろ、ここ。


 私は周囲を見回した。

 全面ガラス張り。ピラミッド型。お日様が照っているみたいに明るい。

 他の3人は、私とは別の部屋に案内されていった。


「戸来さんは変だね」

「そうですか?」

「戸来さんくらいの年齢の人は、恋愛志向教育プログラムを施されるはずなんだけど」


 おっかしいなぁ、とお兄さん。

 死のうとする時点で普通じゃない。社の送別会で言われたセリフを思いだす。


「文部科学省と厚生労働省とがタッグを組んで通した、自由恋愛促進法ってのがあってね? 学校のカリキュラムが変わったの」


 ボールペンを手元で遊ばせながら会話を続けるお兄さん。

 口も軽いのだろうか。早く手続きを終わらせて欲しい。


「恋愛して結婚して出産するようにって道徳で習って、高校や大学でも恋愛が必修化した――はずなんだけど、それでも人を好きにならなかったの?」

「すみません、あまり記憶がなくて」

「あ、そ」


 お兄さんの期待には応えられなかったようだ。

 言われてみれば。

 結婚できずに生きる人生は大変だって、先生が教科書片手にしゃべってたような。


「じゃ、脱プロは不要ってことで」

「あのー」


 別の何かを書き込むお兄さんに、私は勇気を振り絞って、質問をした。


「はいはい?」

「私って、すぐに死ぬんじゃなかったんですか?」


 お兄さんはとびっきりの笑顔を浮べた。



「死にたいって言う人が、すぐ死なせてもらえるわけないでしょ」

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持続可能社会実現法 じんたね @jintane

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