持続可能社会実現法

じんたね

第1話

「105番の札をお持ちのかたは、3番カウンターまでお越しください」


 椅子に座って待っていると、私の番がきた。

 3番カウンターまで向かい、人差し指と中指で折り畳んでしまっていた105番の札を、そっと広げながら受付係にわたす。

 札に見向きもせずに係の人は、青紙を差し出してきた。


「こちらにお名前・ご住所・連絡先・マイナンバーを記入して、チェック欄を埋めたあと、本人証明のできるものを提示してください」


 私は必要事項を埋めると、バッグから免許証を差しだす。

 カウンターの機械に入力を終えると、「チェック欄をお願いします」と続けてきた。


 □心身ともに健康である

 □酒、薬物等の過剰摂取はしていない

 □家族の同意を得ている

 □遺産等の手続きは終えている

 □仏教式を希望します

 □キリスト教式を希望します


「では、こちらを持って奥の診察室に向かってください」

 チェックずみの青紙と引き換えに、今度は白いカードを手渡された。



「悩みごととかはありませんか?」

「いいえ」

「食べ物は美味しいですか?」

「お好み焼きが大好きです」

「はい」


 かちかち。

 白衣姿の初老の男性が、診断結果をコンピュータに入力する。

 すでに聴診器での診察やレントゲン検査などを終えていて、再度、問診を受けていた。


「死後の世界はあると思いますか?」

「とても難しい質問だと思います」

「はい」


 かちかち。

 機械のリーダーには白いカードが乗せられている。薄っすらと青くリーダーは光っていた。


「健康そのものですね。お疲れ様でした」

「いいえ」


 かちかち。

 入力を終え、カードをリーダーから取り、私に渡してきた。「もう1度、3番受付に向かってください」


 受付では茶封筒を渡され、「所定の場所・時刻に集合してください」と指示を受けた。

 私の背後には、黒山の行列ができていたから、邪魔しては悪いと中身を見ないまま、市役所をあとにした。



 自宅アパート。

 仕事の昼休みを利用して訪れた市役所は、手続きに30分もかけなかった。

 茶封筒。

 私は封を切って、中身を確認する。


 保険会社の宣伝パンフレット。相続に関するマニュアル。 場所と時刻が書かれているというものが見つからない。


 あ、あった。

 私はそれをとりだし、まじまじと眺めた。


『おめでとうございます。あなたの人生は祝福されることになりました。つきましては下記の日時・場所にて手続きを行いますので、ご参集ください』


 市役所というのは、こんな文章まで紋切り型なんだなと、思わず笑ってしまう。

 さらに続きを読む。


『2034年5月10日(火) 10:00~17:00 幇助ほうじょ塔地下3階』


 その文章のしたには、丁寧な解説つきの地図と住所が記載されていた。

 市役所の近くにあるし、道には迷わなさそう。

 私は両親に電話をしてから、その日はすぐに眠りについた。



 5月10日。

 幇助塔、玄関。

 やる気のなさそうな警備員さんが、「幇助の方ですか?」と聞いてくる。バッグから茶封筒をとりだし、提示する。


「受付で手続きをすませたら、突き当りのエレベーターに向かってください。そして地下3階まで降りれば、そこが会場になります」

「分かりました」



 エレベーター内は、奇妙な雑音が支配していた。


「なんで、俺だけ……」

 眼の前の男性が、涙をにじませながらすすり泣いている。


「もう腐った世界なんかおさらばだ」

 左の若い人は、激しく貧乏ゆすりをしながら、ガムを噛む。その横では三角座りをしながらじっとしている中年女性。


 これもあの法律が制定されたから。

 私はみんなを眺めながら思い出していた。

 エレベーター内を監視する警備員のプレートには『持続可能社会実現局 自殺幇助課』の文字が光っている。


 持続可能社会実現法。


 政治家の汚職事件のさなかに、あっさり通った法案。

 先進諸国ではなくなっていた日本は、他国の援助なしでは生きていけない。二酸化炭素輩出の取引もそうだけれど、人類増加に歯止めをかけることも、未来の世代つなぐために必要なことになっていた。


 ――人類の明るい未来を切り開くため、志ある人を求めます。


 言いかたはカッコイイけど、死にたい人この指とまれ、ってのがユーモラスだよね。法律ができた頃は高齢者が多かったけど、最近では若い人が増えているらしい。私も若いけれど。多分。


 あと、志願していない者にも青紙が届くらしい。ボランティアじゃなくて強制。あなたは人類の未来のために選ばれましたって。

 さっきから泣いているひとは、きっと青紙さんなんだな。


 ちいん。

 エレベーターが地下3階に到着した。

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