エピローグ

 監禁事件の後、失踪した一馬は数時間のうちに警察に捕えられた。これから裁判などを行なっていく予定だ。親権喪失は免れず、懲役は十年を超えるだろう。



――…


 全治二週間の治療もようやく終わる。

 内臓の損傷や骨折はなく、肋骨のヒビと数カ所の打撲で済んだ。

 今日は退院日。

 妄想に浸らず、前を向くことができた悠は、まず最初にやりたいことがあった。

 

 通学路を歩く悠の姿は、今までとは違っていた。目元まで伸びきっていた前髪がばっさり切られ、遮るものがなくなった目には意思が宿っている。

 学校の門に着き、昇降口への道のりを歩いていると、前に見知った後ろ姿を見つける。声をかけると彼女はこちらを振り向いた。


「おはよう悠。今日退院だったのね。体調はどう?」

「はい、おかげ様で、とても快調です。ところで、少し時間頂いてもいいですか?」

「ん? どうかした?」


 悠は無言で駆け出して、奈津海の真横を追い越した。そのまま先の方で立ち止まり、彼女に振り返る。

 決心して頷き、深く息を吸い込むと、思いの丈を彼女にぶつけた。


「僕と付き合って下さい!!!」


 奈津海は驚いて目を見開く。開いた口を手で塞ぎ、硬直している。

 校内にこだました愛の告白。生徒の好奇な視線が二人に刺さる。周りにはいつの間にか野次馬が集い始めていた。

 悠は片手を伸ばした状態で顔を下に向けたまま、返事を待つ。

 だが彼女の返事は予想外のものだった。


「いやよ! 私はギャルゲーのヒロインみたいに軽い女じゃないの。ていうか、今まで私が散々アプローチしたのに何度無視されたと思ってんの? その辺自覚ある? 」


 悠の心情を代弁するかのように、野次馬が驚愕の声を上げる。


「そ、そうですよね。す、すみませんでした」

「だからその代わり、私の好感度アップに付き合いなさい。今からデート行くわよ」

「で、デート!? って学校はどうするんですか?」

「学校なんてサボりに決まってるでしょ」

「ほーう、堂々とサボり宣言とはいい度胸だな海野」


 二人を取り巻く人垣の中から、一際ガタイのいい男が現れる。


「げっ、生徒指導の郷田じゃん。あいつに捕まったら一貫の終わりよ。今のうちに逃げるわよ!」

「え、ちょっと奈津海さん?」


 彼女は茶目っ気たっぷりにウインクすると、悠の手を掴み、郷田とは逆方向の人垣に向かって走り出した。

 二人を祝福するかのように自然と人垣が割れる。


 過ぎ去って行く風景。目まぐるしく変化する日常。

 不安感はいつのまにか消え失せ、期待感が芽を出す。


「この世界はこんなにも希望に満ち溢れているのか」


 奈津海の後ろ姿を追いかけている悠の顔は、今確かに笑っていた。

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あたしは絶対あいつを振り向かせる! 不破とろ〜り @renta2

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