第29話 八人の男、八雲八重垣に妻籠みて慎ましく幸せに暮らすの巻

「何なのよ、これは……」


 剣崎 里美は、自宅の隣にあった雑木林が突然消滅し、そこに総檜造りの神社のような大きな家が建っているのを、呆然とした顔で眺めていた。横にいたお父さんもお母さんも絶句している。昨日までの雑木林に普段と変わったことは一つも無かった。

 一体これはどういうことか。


 檜の家の中から、見慣れた顔の八人の男たちが出てきて、剣崎家の方に向かって歩いてきた。里美が彼らと会うのは、彼らがうんこ水にまみれながら里見八犬伝の八犬士たちを倒して、黄泉の国に送り返した時以来だ。


 あの晩里美は、うんこ水を全身に浴びた男たちのあまりの臭さに、一緒に帰るのを拒否して、携帯でお父さんを呼んで迎えに来てもらった。だから、置いてきぼりにされた八人の男たちがその後に何をしていたのかは知らない。


 玉梓との戦いに、崎山たち八人の冴えない男たちがいきなり乱入してきたところは、里美も木に縛られながら一部始終を全部見ている。

 彼らが卑怯ながらも意外に健闘して、結局勝ったのはほとんど彼らの力だったということも里美はちゃんと見ていた。だから、素直にそこで終わっていれば崎山たちの株も一気に上がり、きっとお父さんとお母さんにも大歓迎されていたはずだった。


 ところがその後、彼らはイケメンの八犬士たちに意味不明なケンカを吹っ掛け、最後はうんこ水を全身に浴びせて黄泉の国に送り返してしまったわけで、そんなことをお母さんには口が裂けても絶対に言えるわけがない。もし正直に事実を伝えてしまったら、お母さんは激怒して、すぐにでも崎山たちを自分の家から叩き出すに違いなかった。

 仕方なく里美は、崎山たちが自分を助けに来たというくだりの説明を全部カットして、本物の犬士たちが颯爽と玉梓と戦い、見事に大勝利して自分を助け出してくれたのだと、お父さんとお母さんに嘘の説明をすることにした。


 そのため、何も知らないお父さんとお母さんは、崎山たち八人の迷惑な居候たちは朝に八犬士たちに組み伏せられて痛い目を見たあと、いじけて全員でずっとどこかをフラフラとほっつき歩いていたと思っている。

 里美はお母さんに、本物の八犬士たちは戦いが終わるとすぐ、この世での用事は済んだからと言ってすぐに人魂になって天に帰っちゃったんだけど、お母さんには何度も丁寧にお礼を言っていたよ、と優しい嘘を言った。


 戦いの翌日、里美は一応、崎山たちに助けに来てくれたお礼を言おうと思って、崎山たちのテントサイトを見に行った。しかし八人の男たちはまだ帰ってきていなかった。


 彼らのことが少しだけ心配ではあったけど、でも無事に玉梓も倒したし、もう本物の八犬士もいないから、これ以上ぶっそうな戦いに巻き込まれる可能性はないはずだ。

 まあ、あいつらも子供じゃないんだし、八人もいるんだから大丈夫でしょ、たぶん温泉センターにでも寄って体の汚れを落として、のんびり休んでから帰ってくるのかしら、などと思いつつ里美はその日の眠りについた。

 そしたら、翌朝いきなり自宅の隣に巨大な檜の家が建っていたというわけである。


「あんたたち、この家、何⁉」


 塚崎 朋也が気まずそうに答えた。

「いや……話せば長くなるし、絶対に信じてもらえないと思うんだけど……簡単に言うとまぁ……神様からもらった」

「はあ⁉」

「本当なんだよ。神様からもらった俺たちの家なんだ。家の中に土地と建物の登記簿謄本もちゃんと置いてあって、ちゃんと俺たちの共同名義になってる」

「何それ⁉冗談も休み休み言ってよ」


 塚崎は説明に困ってしどろもどろになった。

「いや、だから絶対に信じてもらえないと思うって……。実は俺たちは昨晩、神様の所に呼ばれて行って、それで色々あって、ご褒美にこの家をもらったんだ」

 全く説明になっていない。でも、きちんと説明しようとしたらナキメの話、まだらの馬の話、スサノオの話、全部を話さなきゃならないし、話したところで意味不明過ぎて、おそらく全く信じてもらえないだろう。

「ホラ、あの南総里見八犬伝の八犬士だってさ、何百年も前の死者が蘇るとか普通に考えて絶対にありえないけど、でもちゃんと現実に目の前に居ただろ?

 それと一緒で、俺たちが神様に会って家をもらったってのも、本当に本当のことなのよ。あーもうこれ、信じてもらえなくても仕方ないよね、うん」


 全く要領を得ない塚崎 朋也の説明に、里美もお父さんもお母さんもポカーンと口を開けてただ茫然としていたが、崎山 貴一はそんな三人のことなど構いもせず、堂々とした口調で一方的に言った。


「そういうわけで、剣崎家のみなさん、今まで大変お世話になりました。これから俺たちはこの家で共同生活をするので、今までのように我々の中から二人をお宅に泊めて頂く必要もなくなりましたし、ご協力を頂いていた朝食の準備も今後は不要です。

 我々が建てたこの秘密基地とテントサイトも解体して全て撤去しますので、その作業が終わるまではしばらくお時間をください。

 これまで本当に家族のようなお付き合いをさせて頂いておりましたが、今後はお隣さんとして色々とお世話になることもあるかと思いますので、よろしくお願いします」


 崎山 貴一が深々と頭を下げると、他の七人もあわてて一緒に礼儀正しくお辞儀をした。つい数日前まで、自意識過剰で身勝手で礼儀が全然なってなくて、どこか自信なさげにひねくれていた男たちが、たった二日見ないだけでガラッと一変し堂々と振る舞っている姿に、剣崎家の三人は声も出なかった。


 その後数日かけて、テントサイトと秘密基地に置かれていた荷物は全て男たちの新居に運び込まれ、秘密基地は解体されて鉄パイプとすのことベニヤ板に戻って建材店に売却された。


「あんたたち、なんか雰囲気変わったわね」

 里美がそう言うと、塚崎 朋也は「そう?」とだけ答えた。

「オドオドしてたり、いじけたりする感じが無くなって、とても良くなったわ」


 里美が褒めても、塚崎は過去のように大はしゃぎはせず、ただ淡々と笑顔でありがとうとあっさり答えるだけだった。その堂々とした余裕のある態度に、今まで心の奥底でどこか見下すような目で八人を見ていた里美は、少しだけドキッとしてしまった自分自身を必死で否定した。


 家が変わっても、彼ら八人の暮らしは変わらない。仕事に行ってお金を稼ぎ、仕事が終わったら仲間の待つ家に帰り、一緒に夕食を食べながら楽しく話をする。

 自分たちは運命に導かれた伝説の勇者ではなかったけど、不思議な縁で集められた仲間がいる。仲間と毎日楽しく過ごせるのなら、勇者でなくたって別に構わないじゃないか。


 一つだけ、彼らの暮らしで大きく変わった事がある。

 それまでの人生で一度たりとも女性にモテたことがなく、ずっと女っ気が無かった彼らに、徐々に彼女ができたり、彼女一歩手前の女の友人ができたりしはじめたことだ。


 八犬士との戦い、スサノオとの交流の中で徹底的に自分のダメさ加減と向き合い、自分のような人間でも認めてくれる存在がいるのだという自信をつけたことが、彼らに自意識過剰な態度と服装をやめさせ、自分の身の丈を知って背伸びしないように振る舞わせることになったようだ。そのことが良い結果をもたらしたのかどうかはわからないが、いずれにせよ彼らには一人また一人と彼女ができていった。


 そして隣の家に住む里美は、どことなく取り残されたような寂しそうな顔をしながら、その様子を黙って眺めていたという。


(おわり)

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南総里美八剣伝 白蔵 盈太(Nirone) @Via_Nirone7

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