第28話 八人の勇士、須佐之男命に望みを奏上するの巻
――あれ?俺、死んでないな。
江崎 常雄は不思議そうな顔で周囲を見回した。黄金色の光線に包まれ視界が真っ白になって、てっきり自分は死ぬのだと反射的に思ったのだが、真っ白になった視界が徐々に形を取り戻し、静かに元の世界に戻っていく。
「スサノオよ。人間をかばって深手を負うとは、お前らしくもない」
先ほどまでの激しい剣撃の音と雷鳴が止み、嘘のように静かになった空に、アマテラスの凛とした声が響きわたった。
「お前が身を挺してまで守るほどの者か、その不届きな人間どもが」
そこで江崎たち八人の男たちは、スサノオが自分たちをかばって、アマテラスが放った光の矢から守ってくれたのだということにやっと気付いた。
神の姿は見えないので、スサノオがどのような状態なのかは分からないが、アマテラスの言葉からすると、自分たちをかばったことで、かなりの傷を負ってしまったようだ。
しかしその前に、アマテラスもスサノオの剣を喰らっている。平静を装ってはいるが、アマテラスの呼吸も荒く、口調の厳しさからいって、かなりのダメージを負っているのに違いない。
「未来永劫、お主には分からぬだろうよ、この俺の心根は」
スサノオが苦しそうな声で毒づいた。
「スサノオ。その手傷ではもはや戦えまい。今回の件は不問にしてやるから剣を引け」
「何を言うかアマテラス。お主こそ我が刀傷で、立っているのがやっとではないのか?」
「何を……?まだ戦えぬかどうか、試してみるか?」
「言いおるわ……やるか?」
その時だった。ちっぽけな人間である坂崎 聡が、突然空に向かって、普段の物静かな様子からは想像もつかないような大声を張り上げて叫んだ。
「やめてくださいッ!もうこんなの、やめてくださいッ!
もともと私たちには、別に大した目的も何も無いんですッ!私たちはただ、自分たちを認めてくれる存在と、自分たちの居場所が欲しかっただけなの!それで、スサノオ様が私たちを認めてくれたから……だから!スサノオ様のためにこんなバカなことをしただけで!」
そこまで言ったところで坂崎の気力は限界に達してしまい、腰が抜けてぺたんと地面に座り込んで、そのまま下を向いて幼児のように泣きじゃくった。
「別に……自分たちを認めてくれて……居場所があれば……それだけで……それだけが欲しかった……ただそれだけなのに……なんで……こんな……」
何度もしゃくり上げながら、嗚咽で言葉にならない坂崎の叫び声が、しんと静まり返った空間に響きわたった。
しばらくの沈黙のあと、アマテラスが不機嫌そうに「帰る。理解できん」と吐き捨てるように言った。
「本来であれば、このような前代未聞の蛮行を行った人間の身柄は私が預かって、しかるべき処分をせねばならぬところだ。だが今回はスサノオの顔に免じて、お主らはスサノオの預かりとする。勝手にせい」
その言葉と共に、それまで空に渦巻いていた分厚い黒雲があっという間にかき消され、深い青色をした美しい高天原の空が戻ってきた。
スサノオが、「我々も帰るぞ」と言うと、八人の男たちは来た時と同じような光に包まれ、次の瞬間にはスサノオの巨大な総檜造りの館の中に戻っていた。
男たちはげっそりと疲れ切っていた。
里美が玉梓に誘拐され、自分が伝説の勇士ではなかったことを知らされ、それでも里美を助けに行って玉梓を倒し、やけくそで八犬士とも戦って倒した。その後、ナキメを人質に取って高天原に来て、そしてまだらの馬の皮を剥ぐよう命じられ、最後は自分たちが原因となって神がケンカしはじめた。そして神に殺されかけ、神に命を救われた。
なんなんだこれは。今日の出来事をいちいち思い出してみても、さっぱり意味がわからない。なんて日だ。
「もうこれ以上、悪い出来事はないだろうなスサノオ。まったく散々だ、俺たちは」
崎山 貴一が不機嫌そうな声で言った。スサノオは愉快そうに笑って答えた。
「散々だったかもしれないが、そのおかげなのか、だいぶ良い面構えになってきたじゃないかお前ら」
剣崎 里美の家に集められた頃のお前らときたら、本当にひどかったもんだぞ、とスサノオが笑いながら言うと、崎山は「うるせえよ」と答えた。
スサノオはここで、急に改まった口調になって八人に語りかけた。
「お前らはここに来る時、自分たちの人生をもてあそんだ番組について謝れ、それから自分たちにもう少しマシな人生をよこせ、と言っていたな」
田崎 満がうんざりした様子で答えた。
「もう今さらどうでもいいよ、そんなの。それよりも早く、俺たちを地上に帰してくれ」
八人とも、神々に対する怒りなど、もうどうでも良かった。とにかく早く帰って、泥のように眠りたかった。
緊張の連続で気持ちが高ぶっているせいで今までずっと気付かなかったが、落ちついてみると、いつの間にか全身は綿のように疲れていて、体がこわばって動きが鈍い。
「まず、謝ることの方は今ここで私が応じよう。すまなかった」
「へ?」
八人の男たちは、意外な言葉に不意を突かれて目を丸くした。
傍若無人で、高天原に来てからというもの、無茶で横暴なことを一方的に押し付けてくるだけだったスサノオだ。そんな彼があっさりと謝罪したのがあまりにも予想外で、八人の男たちは拍子抜けしたような顔でただ「はあ……そうですか……」などと気の抜けた返事をすることしかできなかった。
「ただし、もう一つの要求、もう少しマシな人生をよこせ、というのは無理だ。
俺たちは人の運命や人の心を司る神ではない。俺たちは森羅万象の運行を八百万の神々で分担して司る神であって、神々同士で相談して話が付けば森羅万象を操ることはできるが、その結果、それぞれの人間がどんな運命をたどり、その人生についてその人間がどう感じるかは我々のあずかり知らぬところだ。
だから、もう少しマシな人生をよこせと言われても、それはお前らが自分で切り開くべきものであって、俺たちがどうこうする筋合いのものではない。
だいたい、仮に俺がお前らの人生を都合よくお膳立てしたところで、それがお前らにとっての『マシな人生』であるとは限らぬからな」
確かに、スサノオが用意する「マシな人生」なんて嫌な予感しかしない。
代わりに、何か欲しいものがあれば何でも申すがよい、とスサノオが優しい声で言ったので、男たちは車座になって相談した。しかし相談は驚くほど短時間で、二言三言話し合った程度であっさりと終わり、男たちはすぐに正面の神殿の扉の方を向き直った。
「ずいぶんとすぐ決めたものだな。ちゃんと相談したのか?」
「ああ。聞いてみたら全員同じことを考えていたから、相談の必要がなかった」
「ほう。して、何を欲するのだお前たちよ」
スサノオの質問に、崎山 貴一がすっきりとした顔で堂々と、胸を張って答えた。
「八人が一緒に住む家が欲しい。八つの部屋があって、それぞれが自分の部屋が持てて、共同で暮らせるしっかりとした家だ」
その願いを聞いたスサノオは満足げに、「八雲立つ八重垣よな。よかろう。実にお前ららしい、素晴らしい願いじゃ。叶えてしんぜよう」と笑って答えた。
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